第3話 どんな願いも叶える天使
そこには白い仮面で顔を覆った背の高い男が立っていた。
背丈は2メートルはゆうに超えているだろうか。天井すれすれのところに頭があり、白くて表情のない仮面がこちらを見ている。ヒョロリと長い体にピッタリあった黒いスーツを着ている。
「なんだおまえは!!ど、どこから入ってきた!」
すると男はこう告げた。
「わたしは天使だ。」
「け、警察を!」
突然あらわれた怪人に呆気にとられ、妻を殺したことも忘れて警察にすがる信博。
「警察を呼ばれて困るのはおまえのほうじゃないのか?」
天使はニヤリと笑った。
「ぐ・・・!み、見てたのか!?」
信博は殺意をもって天使を睨みつけた。
「ならおまえも殺してやる・・・」
天使は、信博の殺意の眼差しを眺め、呆れたように首を振った。
「やれやれ。警察を呼ぶだの、殺してやるだの軸のブレた男だな。私はな、多くの人の願いをかなえる天使だ。」
「人の願いを叶える?なんでその天使様がオレのところに来るんだ。」
「罪なき善人の願いを聞きすぎて、少し疲れてしまってな。お前みたいな悪人の願いはどんなものか聞いてみたくなったからさ。」
それを聞いて信博は激昂する。
「悪人だと!?これは事故だ!」
自己弁護するためなら自分のやったことを捻じ曲げてでも自分をかばう。信博は死に至らしめた妻に責任をなすりつけようとした。
「悪人?なぜだ!?こいつが悪いんだぞ!ウスノロで気が利かない女!躾だから殴ったんだ。殴ったくらいで死ぬ女が悪いんだ!!」
天使は信博の身勝手な言い訳に聞き入り、嬉しそうにうなずく。
「あぁ、いいなぁ。そういうクズみたいな言い訳が最高だ。心が臆病で弱く、強いものに逆らえない人間の遠吠え。これだから人間はたまらない。もっと聞かせろ!」
「なんだと!」
信博は天使に殴りかかる。
天使は信博の拳をかわすと、腹に一撃みまう。信博の膝は産まれたての子鹿のようにガクガクとなった。今にも泣き出しそうな信博の顔面に、天使は強烈なパンチを見舞う。
まるで乾いた枯れ枝が折れたような音がして信博の鼻がへし折れた。更に顔面にパンチをいれようとすると、怯えたような顔をした。天使はあざわらった。
「その表情!強い者を前にすると遠吠えをやめる負け犬の顔!弱いくせにプライドだけは高いところも素敵だ!」
「ひいいいい!」
床を這いながら逃げようとする信博。
「おいおい逃げるなよ。悪い話じゃない。願い事を叶えてやるんだぜ。出ていっちまっていいのか?」
「たすけてくれぇー」
涙ながらに暴力から逃げようとする信博。
「おいおい、助けてもらうのが願い事か?おまえに願い事はないのか?なければ他をあたるが。」
「う・・うぅ。どんな願いでもかなえられるのか?」
「あぁ、そう言っただろう。」
天使はニコリと笑う。
「そ、それなら・・・この傷!鼻の傷をもとに戻してみろ。」
顔面をおさえ、鼻血をボタボタと流しながら、信博は天使に訴えかける。
「そんなことでいいのか。妻より自分の傷を治せときた。自分ばっかりだな、おまえ。」
信博はハッとしたが、すぐに天使が指をパチンと弾いた。
すると鼻の焼けるような痛みがスッと消えた。折れた鼻がもとにもどっているのは鏡を見なくてもわかる。
「ほんとうに願いがかなった」
「そうだな、じゃあこれで」
天使はそう言って去っていこうとした。
「待ってくれ、願いは一つなのか?それなら」
「それなら?」
「あいつを生き返らせてくれ。いや、生き返った妻が警察にかけこむかもしれない。死体を消してくれ!いや・・・待ってくれ!!失踪したことを近所が怪しむに違いないな。そうだ!何事もなかったかのようにこいつを戻してくれ!!」
「・・・決まったか?」
「あの死んだ妻を何事もなかったように戻してくれ。そうだな、今晩殴る前の状態だ。」
「なるほど」
「できるのか?」
信博は天使ににじりよる。
「はははそんなこと。お安い御用だ」
それを聞いて信博はニタリと笑みを浮かべてこう付け加えた。
「できれば、もっとキビキビした女にしてくれ!俺をイライラさせないように!」
「ははは、どこまでもクズ野郎だな。悪人ってのはそうでなければ!」
天使はパチンと指を鳴らした。
すると二階から大きな何かが落ちてきた音がした。
「おい・・・何が起きた。」
「すぐにわかる。ほら二階で物音がしただろう。もうすぐ降りてくるぞ。」
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