七不思議の存在意義

「辿り着いた時にはもう遅かった。全身は父親の返り血で真っ赤に染まって、まるで眠っているように香那は首を吊って死んでた」


 夜遅くという事もあり、現場に集まったのは警察と学園の一部関係者と池月先生。そして香那の母親。他の生徒や学園の人にも伝えないといけないけど、しばらくは控えて欲しいと懇願し、時間が経ってから学園関係者全員に報告した。彼女の事態を聞いた全員同情し、無闇に話題にしないようにという箝口令に似た処置も施された。


「でも、人の口は閉ざせない。私が学園を卒業して二年が経った頃。久し振りに学園に足を運んだの。そしたら生徒の中で桜の木で自殺した生徒がいるといる噂が広まっていた。悔しさもあったけど、仕方ないという方が大きかった。けど、それ以上に驚きの話を聞いたわ。七不思議である桜の木の内容が変わっていたの」

「変わった? 加わったんじゃなく?」

「そうよ。蜷川君は加わったと推理したみたいだけど、実際は違うわ。本来は【サクラノ木ノ下ニハ引キズリコマレタセイトノ死体ガ埋マッテイル】よ」


 桜の木の下には引きずり込まれた生徒の死体が埋まっている。なるほど、生徒と表現されているし、他の七不思議と同様になっている。


「おそらく、噂が広まったことで変わったみたい。おかしいわよね。噂が七不思議を上書きするなんて」

「いや、でも……」


 その噂は池月先生の友達の事だ。それが七不思議に置き換えられるなんて許せないはず――。


「でも、先生はそれが嬉しかったんですよね」


 おい、アホ! 嬉しいわけが――。


「……ええ。その話を生徒から聞いた時、私は涙が出るほど嬉しくて笑っちゃったわ」


 えぇぇぇ!? 笑ったの!? 何で!?


「香那はオカルトが大好きだった。その自分がオカルトである七不思議の一つに加わったのよ。あの子なら興奮してるわね。『私! 自分でオカルトになっちゃった!』って。絶対に喜んでいる。親友の私だから分かる」


 そういうものなのか? いや、親友の先生がそう言うのだからきっとそうなのだろう。


「だからあなたは七不思議を調べる生徒を止めようとはせず、アドバイスを与えて協力しようとしたんですね」

「ええ。七不思議を追う生徒がいる限り、香那はずっとこの学園で永遠に生き続けるから」


 空を見上げ、池月先生はどこか誇らしげだった。


「でも、生徒が常に純粋に調べるとは限らないですよね? 今回の星野先輩や七瀬さんみたいに、その……」

「いるでしょうね。香那をバカにする人は」

「先生はそれでいいんですか?」

「よくないわ。香那をバカにした人は私はこれからも絶対に許さない」

「そんな……」

「それは先生のエゴでは?」

「エゴね。否定はしないわ」

「でも、そんな我が儘がいつまでも通せるわけないじゃないですか」

「分かってる。それは分かってるわ。でも、頭では分かってても変えられないんだからしょうがないじゃない……」


 葛藤があるのだろう。自分の言っていることがエゴだと自覚している。でも、心がそれを認めようとしない。池月先生も苦しんでいるのだ。


「だから、私からあなた達にお願いがあるの。七不思議を調べているあなた達だからしたいお願い」

「お願い、とは?」

「桜の木の不思議の真相をきちんと後世に伝えてもらいたい。ただ気味悪がるだけの不思議にするんじゃなく、意味のあるものにして欲しい」

「つまり、田島香那の事を教えてもいい、と?」

「それは任せるわ。もし難しそうなら本来の七不思議に戻してもいい。私は、香那がバカにされなければそれでいい」


 難しいお願いだ。要は、七不思議に残しつつ田島香那さんを守るようにするということだ。今いる生徒達ならともかく、それを私達が卒業した後も引き継がれなければならないのだから。


「いいでしょう。やります」


 しかし、蜷川は即答。そんな安請け合いをして大丈夫なのかと不安になる。


「あっさり受けてくれたわね」

「その点については俺も似たような感情を持っていますから。先生の気持ちが少し分かるつもりです」


 似たような、と聞いて私は思い出した。


 声優をしていた蜷川の母親、蜷川勇子。彼女は病気で亡くなり、担当していたアニメの声は後継に変わった。しかし、それを観ていた人が後継の声がしっくりくると称賛し、前任である蜷川勇子を貶した。それを聞いた蜷川は怒り暴力沙汰を起こした。


 大切な人を貶された。池月先生と境遇が似ている部分がある。蜷川だからこそ理解できたのだろう。だから即答で先生の願いを受け入れたのだ。


「ありがとう。じゃあ、私は行くわね……そうだ」


 入り口に向かう途中、足を止めた池月先生が振り返った。


「最後に一つだけ、七不思議についてアドバイスをあげる」

「アドバイス? いいんですか? 七不思議はあまり人から聞いてはいけないんでは?」

「大丈夫よ。これは七不思議の謎とは別物だから」

「じゃあ、是非ご教授を」

「私は七不思議の背景を考えるように、とアドバイスをしたわね。あれは蜷川君の言うように、香那の事を知ってもらいたいという意味も含まれていたけど、他にもあるのよ」

「他にも?」

「というか、そっちがメインね。七不思議の舞台となっている六つの場所。その共通点は何なのか」

「共通点がある、と?」

「そう。その共通点とはということ」

「代表的な場所?」

「思い出してみて。七不思議の文句を」


 え~と、たしか……。


【一、啜リ泣ク女ノ声ガ音楽室二響イタ】


【二、理科室ノ人体模型ガ廊下ヲ駆ケ回ッタ】


【三、中央広場ノ桜ノ木ニジョシセイトノ首吊リ死体ガブラ下ガッテイタ】


【四、屋上ヘ続ク扉ノ前デ鬼ガ現レタマシイゴトクワレタ】


【五、誰モイナイ体育館デボールノ跳ネル音ガ響イタ】


【六、事故デ死ンダ部員ガイマモプールデ練習シテイル】


 順番に場所を言っていくと……。


 ①音楽室

 ②理科室

 ③中央広場

 ④屋上

 ⑤体育館

 ⑥プール


「気付かない? これらの場所はということに」

「たしかにそうですが、それに何か意味があるんですか?」

「もちろん。白峰学園七不思議はね、ただのオカルトじゃないの。七不思議となる場所を辿ることで、


 学園の思い出……。


「三年というのは長いようで短い時間よ。学園を卒業したら、忘れてしまう人も少なからずいるわ。でも、それでも思い出として残して欲しい。あなたが過ごした三年という時間を七不思議の形で心に残して欲しい。それが七不思議の背景よ。だから、どうかそれを忘れないで」


 最後のアドバイスをすると、池月先生はもう二度と振り返ることなく、屋上を後にした。

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