真相の奥のさらなる真相
なん、だって? 七不思議の首吊り死体は先生の友達? いやいや、そんなバカな。だって、先生も生徒の頃に七不思議を突き止めようとしたはずでしょ。だったら、桜の木の首吊りも当時からあるはずだ。
私は混乱の渦に飲み込まれたので腕の力にまで気が回らなくなった。しかし、それも問題はなかった。なぜなら、池月先生も動きを止め、目を見開いて蜷川に向き直っていたからだ。
「七不思議を調べていく内に、俺は違和感を覚え始めました。その違和感が何なのかまでははっきりしませんでしたが、それもつい三日前に分かりました。きっかけはそこにいる堀田です」
「えっ、私?」
「お前、俺の水樹奈々のアルバム見て【粋恋】を選んだよな。その理由は何て言った?」
「え~と、たしか……楽曲の中でそれが唯一漢字の曲名だったから、だったかな?」
「そうだ。そして、それと同じものが学園七不思議の中にも含まれていた」
「どんな?」
「今言った【中央広場ノ桜ノ木ニジョシセイトノ首吊リ死体ガブラ下ガッテイタ】だ。他のに比べてその不思議だけ異様だ」
どこが? 別に異様に聞こえないんだが。
「分からないか? なぜかその不思議だけ女子生徒と限定されているんだ。他の七不思議の【啜リ泣ク女ノ声ガ音楽室二響イタ】は女、【事故デ死ンダ部員ガイマモプールデ練習シテイル】は部員とだけ記されているのに対し、性別と年齢がはっきりしている」
たしかに! 性別が女性であるなら、音楽室と同じように“女”で済むはずだし、生徒でも十分問題ない。でも、わざわざ女子生徒と表しているのは蜷川の言うように異様に感じる。
「なぜこれだけ女子生徒と表しているのか。俺はそれを調べた」
「じゃあ、この二日間それを?」
「そうだ。そして調べた結果、数年前にこの学園の生徒が自殺したという情報を得た。その生徒の名前は田島香那。先生の当時の友達ですよね?」
池月先生は膝から崩れ落ち、力なく項垂れた。
「田島香那は桜の木で首を吊って自殺した。その件がきっかけなのか、七不思議に加わった。だから、先生は桜の木の不思議をバカにする生徒を許せなかった。桜の木をバカにするということは、自分の友達をバカにされたことと同意だから。だから星野先輩と七瀬に危害を加えた」
今だからはっきり思い出せる。池月先生と合流した桜の木でのやり取りの中で、星野先輩と七瀬さんの会話を。
※※※
『七不思議の背景、か』
『じゃあ、この桜の木で首を吊った幽霊も何か意味がある、ってこと?』
『学園で首吊ること自体に意味なんかないと思うがな。正直迷惑だ」
『星野先輩らしい意見ですね。でも、私も似たような感じありますよ』
※※※
「直接、田島香那に言ったわけでもなく、二人の内容も大したものでもない。でも、先生はどうしても許せなかった。些細な罵りさえも我慢ならなかった。きっと親友以上にお互いに信頼し合っていた仲だったんでしょう」
何も言わない。ただ呆然と地面を見つめる池月先生。鬼のように見えた姿はどこにもなく、脱け殻のように脱力している。
「自分の友達が自殺した。一般的に考えれば誰にも触れて欲しくない話だと思いますが、先生は違った。むしろ逆。七不思議に関わる人間には特にあの桜の木の不思議に触れて欲しかった。だから七不思議の背景を考えるように俺達に教えたんですよね」
「どういうこと?」
「俺達は最初、七不思議の背景には共通点があるんだと考えていた。だが、それは考え過ぎだった。あれは、ただ先生が親友である田島香那の事を知ってもらいたいという願望だったんだ。あの桜の木で死んだ彼女の事を」
蜷川が一息付いたからだろうか、池月先生がゆっくりと口を開いていった。
「あの子は……香那はね、本当に優しい子だったのよ。誰にでも分け隔てなく接して、悩みがあれば真剣に向き合って話を聞き、絶対に見捨てることはしなかった。あの子を嫌う人なんてどこにもいなかった」
思い出も加えながら、池月先生が田島香那の事を綴っていく。
「香那はオカルト系の話が大好きでね。家にはその手の雑誌なんかが棚にぎっしり詰まっていたわ。好きな番組は何か、って聞いたら【世にも奇妙な物語】って答えるのよ? しかも意気揚々と」
まるでりっちゃんだ。りっちゃんと会っていたらきっとすぐに意気投合しただろう。
「学園七不思議も香那から誘いを受けたのよ。私は苦手で嫌だったけど、あの子強引に……」
※※※
『ねぇねぇ、双葉。一緒にやろうよ!』
『いやよ。私はそういうの苦手』
『大丈夫だよ。呪いなんてないんだから』
『ちょっと。オカルト好きがそれを否定する?』
『呪いが好きなんじゃないよ。その呪いを解明しようとする過程が好きなんだよ、私は。呪いに立ち向かう二人。けど、一人はもう時間がない。『か、必ず呪いを、解明して、香那……』『ダメよ、双葉! 諦めないで!』『今まで、あり、がと……』『双葉ー!』』
『いや待てい! それあたし死んでない!?』
『よーし、死なないために呪いを解こう!』
『いやよ! あたしは死にたくなーい!』
※※※
なんか、明里みたいな性格の人だな。りっちゃんと明里をミックスした感じ?
「私は、子供のようにはしゃぎながら楽しそうに謎を解いていく香那が大好きだった。怖いと思っている幽霊や呪いなんか、香那と一緒にいれば霞んで見えた。七不思議の謎全てを解いた時の香那の笑顔、今でも鮮明に思い出せるわ」
「そんな明るい人が、どうして自殺なんか……」
「……香那はね、親から虐待を受けていたのよ」
虐、待……。
「中学までは普通の両親だった。でも、高校二年の頃に父親が事故に遭い、それが原因で職を失って自暴自棄になった父親は酒に溺れて暴力を奮うようになったの。最初は母親も庇ってくれていたんだけど、暴力に怯えて香那を見離すようになった」
「親が子を見離すなんて……」
「私も心配になって香那に家を出るよう何度も説得したわ。でも、いつも決まって『大丈夫。今はまだ混乱してるだけ。もう少し頑張ればまた元の家族に戻れるから』と言うだけ。自分が誰よりも辛い人生に苦しんでいるのに、他の人の悩み相談に乗ったり向き合っていたのよ。こんなに優しい子が他にいる?」
地面にポタポタと雫が落ち始めた。それは池月先生の涙だった。
「そして三年の頃。いつものように父親から暴力を奮われてたんだけど、その日は包丁で刺し殺されそうになったらしいわ。香那は必死で抵抗して、その拍子に父親の腹部に刺さって逆に殺してしまった」
自分の父親を殺した!?
「でも、それは正当防衛として情状酌量の余地があると思うんですが」
「もちろんよ。でも、香那はショックでパニックを起こしてそれどころじゃなかった。家を飛び出して、学園の桜の木に向かった。そこで私に連絡をしてきた」
※※※
『ごめんね、双葉。私、もう限界みたい』
『香那! 今何処にいるの!?』
『学園の桜の木の所。この七不思議が一番興味あったからかな。自然とここに来ちゃった。えへっ』
『待ってて! 今行くから!』
『楽しかったね。七不思議の解明。私、ずっと忘れないから』
『何言ってるの! 香那!』
『今までありがとう、双葉』
『香那!』
※※※
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