解決へ向かう
休みが明け、待ちに待った月曜日。ついにこの時がやってきた。
放課後になった私達は下駄箱で神島先輩を待ち伏せる。テニス部は今日部活が休みとのことで、真っ先に帰ってしまう恐れを無くすためホームルームが終わるとすぐに集まった。
「なんか緊張してきた」
「私も。そわそわして落ち着かない」
二年生の下駄箱の前で待ちながら、私と明里はじっ、としていられず小刻みに体を動かしていた。
「緊張、って。何を緊張するのよ?」
「いやだって、証拠も揃っての犯人と対面ですよ? ミステリー小説で言えばクライマックスじゃないですか」
決定的なのは七瀬さんのスマホにあったLINEの内容。美術室の傍に呼び出し、そこで七瀬さんを階段の上から突き落としたに違いないのだ。
「証拠といっても状況証拠よ? 決定的とは言えないわ」
「それはそうですが、星野先輩の件での態度、七瀬さんの呼び出し。色々と当てはまるじゃないですか。疑うなという方が無理がありますよ」
「で、でも呼び出したというより、その場に行けば神島先輩に会えるとありましたよね? 自分で呼び出したのならそうは書かないんじゃ?」
「そこはほら、第三者のように装って自分へ疑いを向けないようにしたのよ」
架空の人物を仕立て上げ、そこへ探偵達の目を向けさせる。その間に犯人は逃走、もしくは次の事件の仕込みをする。ミステリー小説ではよく使われる手だ。我ながら良い着眼点だと自負している。
「たしかにそれなら綺麗にまとまるけど、どう思う祐一?」
伊賀先輩が蜷川に意見を求める。
「うへへへ。奈々様、か~うぁ~うぃ~うぃ~」
ポストカードのような物を手にし、それに満面の笑顔を向けたキモオタクがいた。
「キッショキッショキッショ!」
「三回も言った!」
「いやまあ、これはたしかにキモいわ」
「こ、怖いです」
その様は全身の毛を逆立てるほど果てしない気持ち悪さであり、カードに頬摺りしたりキスしたりしてもおかしくない。おそらく水樹奈々のライブで買った物だろうが、それを学校に持参し愛でる度胸は理解に苦しむ。
「よし、水樹奈々チャージ完了。これで三日三晩は動ける」
「兵糧丸か」
「それで、問題の人物は来たか?」
折り目が付かないようポストカードを丁寧に手帳に挟み込んで仕舞いながら蜷川が聞いてきた。
「まだ来ないわ」
「遅いな。一体何をやってるんだ」
「友達とお喋りじゃない? 放課後はトークタイムでもあるし」
「トークタイム? 放課後はティータイムだろ」
「えっ? お茶するの?」
「由衣ちゃん。祐一のはアニメのOPタイトルだから気にしなくていいよ」
紛らわしいな!
「ったく。それで伊賀先輩、神島先輩が来たらどうします?」
「確保!」
「とりあえず、話は聞かないと」
「尋問!」
「素直に応じてくれますかね?」
「任意同行!」
「う~ん、あの感じじゃ分からないな~」
「誰か拾ってよ……」
ごめん、明里。蜷川のせいでその気力は失くなったのよ。無駄な体力は使いたくない。
しょぼん、と項垂れる明里を背に、私達はその後口を開かずに神島先輩を待ち続ける。五分ほどだろうか、当の本人が姿を現した。
伊賀先輩を先頭に、私達は前に出た。
「どうも、神島さん」
「……何?」
私達が現れるのを予期していたのかあまり驚かない。ただ、明らかな嫌悪感が顔に出ている。眉間に皺を寄せ、煩わしそうに私達を一瞥した。
「七瀬さんの件で少し話を聞きたいんだけど」
「ああ、七瀬。聞いたわよ。階段から落ちたんですってね。可哀想に」
「可哀想? 本気でそう思っているんですか?」
「どういうこと?」
「本当は清々してるんじゃないか、って言ってるんです」
「清々? 星野ならともかく、七瀬の事故は私も驚いているのよ」
「へ~、驚いているんですか。自分で目にしてたはずなのに」
「どういう意味かしら?」
私はセイタン部で突き止めた事件の推理を説明した。
「私が七瀬を階段から突き落とした、って言うの?」
「そう考えれば全て繋がるんですよ。七瀬さんの事故だけじゃない。星野先輩の事故だって」
「そんなのこじつけじゃない。たしかに私は星野を嫌ってる。でも、怪我させるほどじゃない」
「言い訳なんて見苦しいですよ」
「見苦しいのはそっちよ。年上の彼氏に車で轢かせた? 七瀬を呼び出して突き落とした? 馬鹿馬鹿しい。たしかな証拠もなく、ただ私の態度や口振りで犯人扱いしてるだけじゃない」
「認めないんですか?」
「認めさせたかったら証拠を出しなさいよ。年上の彼氏を連れてくるなり、七瀬を突き落とした所が映ったカメラでも何でも。そんなものがあればの話だけど」
わざわざ私達の中心を横切り、下駄箱に向かう神島先輩。たしかに目に見える証拠はない。しかし、ここで逃がしては意味がない。
「LINEを見せてもらおうか?」
腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、蜷川が神島先輩にそう問い掛けた。
「は? LINE?」
「そうだ。そのLINEの中に、彼氏とのやり取りもしくは七瀬を呼び出した痕跡があるかもしれない。確認のため見てみたい」
そうか! その手があったか!
「イヤよ。人のスマホを見るとかマナー違反にもほどがあるわよ」
当然だが、神島先輩は拒否してくる。
「見られたら困るものでもあるんですか?」
「誰だって自分のスマホを見られたくないに決まってるでしょ。プライバシーの塊なんだから」
「全部見せて欲しいわけじゃないです。LINEだけでいいんです」
「バカなの? LINEこそプライバシーの侵害よ。見せるわけがない」
「見せてください」
「イヤよ」
「なら、力づくで――」
「したら先生に報告する。知ってる? スマホを本人に許可なく覗いたら犯罪に成りうる、って」
その言葉に私は動きを止めざるを得なかった。近年ではスマホによる犯罪や個人情報流出など多彩な事件が多い。たとえ友人同士でも訴えれば立派な事件として成り立つ。今は指紋認証など本人以外に使用が出来ないようセキュリティが施されているが、だからこそ使用した場合は罰が与えられる。
私もそれは重々承知だったが、やはりいざ動こうとなると体が萎縮してしまう。さぁ、どうするべきか……。
~~~♪
突然、聞き慣れないメロディが流れた。どこからかと耳を澄ませると、それは神島先輩のスマホからだった。
おそらくLINEか何かへの通知だろう。神島先輩はスマホを弄り確認をする。
「嘘……そんな……何で……」
スマホを見つめながらうわ言のように呟き、みるみる顔が青醒めていく。
「神島さん?」
心配になったのか伊賀先輩が声を掛ける。しかし、反応はない。スマホに釘付けだ。
「神島さん……神島さん!」
「……はっ!」
肩を揺さぶられてようやく意識が戻るが、まるで生気が抜き取られたかのように覇気が失くなっている。
「神島さん、大丈夫?」
「……」
「どうしたの? 今の通知で何か?」
「……関係ないでしょ」
「でも……」
「うるさい! 私に関わるな!」
大きな声で怒鳴りながら伊賀先輩を突き飛ばした。その勢いのまま、神島先輩は靴を履き替えその場から走って行く。
「いった~、腰打った~」
「い、伊賀先輩、大丈夫ですか!?」
「あんにゃろ~!」
「明里、追い掛けるよ!」
「よしきた!」
「待って。追い掛けないで」
「いや、でも……」
「あいつ、伊賀先輩を突き飛ばしたんですよ? ああやって七瀬さんも突き飛ばしたに違いないです! 犯人決定ですよ!」
「そうかもしれない。でも、今の神島さんを追い掛けたら逆効果よ。彼女、ものすごく怯えてたわ」
たしかに、急に顔色が悪くなったのは窺えた。あの通知が来た途端に。一体何だったのだろうか。
「今追い付いて話をしようとしてもまともに出来るとは思えない。日を改めましょ」
痛みに耐える伊賀先輩を置いてはいけない。私と明里は言う通りに諦め、傍にいたりっちゃんに手を貸して介抱に専念する。明日は容赦はしない、と覚悟を胸に秘めて。
しかし、神島先輩に近付くことはできなかった。翌日、神島先輩が道路に飛び出し自殺を図ったという情報がセイタン部に届いたから。
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