謎の助言者

 急いで救急車を呼び、七瀬さんは池月先生に付き添われ病院へと運ばれていった。運び込まれる時には少し意識を取り戻していたので少なからず安心できた。状況からして階段の上から落ちたようで、こめかみに傷があり出血はそこからだった。幸いにも傷は浅く、そこまでの量は出ていなかった。


「今度は七瀬さんだなんて……」

「何で? 何で七瀬さんまで?」

「分からないわ。もうどうなっているの」


 各々が頭を抱え、脱力したように現場の廊下にへたり込んでいる。池月先生も混乱していたのか、最初七瀬さんの血を止めようと「何か、タオルか何か……」と探し回り、生徒からハンカチを渡されるまでウロウロしていた。救急車に乗る時には私達は同様疲れていたように見えた。


「七瀬さんも七不思議の呪いを受けるにはまだ時間があったはず」

「そうだよ。何で七瀬さんまで星野先輩と同じ事が起きたの?」

「知らないわよ、そんなの」


 セイタン部に依頼に来た三人の内、二人が怪我を負った。この事実は私達を苦しませるには十分な内容だ。もう考える気力も起きない。ただただ目の前に起きた事実を受け止めるだけで精一杯だった。


 私達は一体何をしていたのだろうか。依頼人が二人も犠牲になり、それでも私達は未だに七不思議の解決も見出だせていない。己の無力さに悔しさが込み上げ、今にも泣き出しそうだった。


「……」


 そんな中、我関せずというように壁に背中を預け、片手でスマホを弄り、もう片方の人差し指を伸ばしたり曲げたりを繰り返す人物が一人。蜷川だ。


「蜷川、あんたよく平然としていられるわね」

「……」

「星野先輩に続いて七瀬さんまで犠牲になったんだよ?」

「……」

「悠長にスマホ弄って、声優のブログ更新でも確認してるの?」

「……」

「なんとか言いなさいよ!」


 我慢ならなかった私は立ち上がり、蜷川の胸元を掴んで詰め寄った。


「何だ?」

「何だ、じゃないわよ! あんた、人の話聞いてたの?」

「ああ。なんだ、俺に言ってたのか。独り言かと思ってた」

「ふざけんな! 他にスマホ弄っていた人がいたのか!」

「そんな常にいちいち周りを確認するか? 喋る相手がいるならきちんと向き合うか名前を呼べ」


 まるで私に非があるかのように軽蔑の目で見つめ返す蜷川。その態度に私はさらにヒートアップする。


「可哀想って思わないの!? 助けて欲しい、ってセイタン部に依頼に来た人が怪我をしたんだよ!?」

「可哀想? それは甘さだ。依頼をしたから自分は安全だなんて都合が良すぎるだろ。七不思議の呪いは危険だと七瀬達も重々承知していたはずだ」

「それでも! 危険が及ぶ前にどうにかするのがセイタン部のすべき仕事じゃないの!?」

「出来ることならな。だが、一○○%の保証は出来ん。俺達は神でもなんでもない」

「だからしょうがないとでも言うつもり? しょうがなくないでしょ! 私達は七瀬さん達を助けなきゃならなかったのよ! でも、何も出来なかった! 何もしてやれなかった! 私は……私は悔しいよ……!」


 目からは涙がポロポロと流れ出し、私はそのまま膝を着いて顔を手で覆った。


 一人で初めて依頼に来た日。そして、星野先輩と神島先輩と共に再びお願いに来た七瀬さんの顔が鮮明に甦る。


 テニス経験者として七瀬さんとはすぐに打ち解け、セイタン部の一員と依頼人という関係ではなく、もう友達として成り立つ間柄だ。その友達が怪我をしてしまった。自分が捜査に手間取っている間に。悔しさに包まれないわけがない。


 もう喋ることもできず、私は嗚咽も漏らし続けるしかなかった。


「ところで祐一、さっきから何をしているの?」

「ん? ああ、ちょっと確認したいことがな」

「それ、祐一のスマホじゃないわよね?」

「ああ。七瀬のだな」


 えっ、七瀬さんの?


 伊賀先輩との会話に疑問を持ち、私は顔を上げる。よく見ると、たしかに蜷川が手にしているの自分のではなく、以前七瀬さんが持っていたスマホと同様のカバーと機種だった。


「な、何であんたが七瀬さんのを?」

「さっき拾った。お前らが七瀬の傍にいる時に、そこの壁際にあったこいつをな」


 くいっ、と顎でその場所を示す蜷川。


「許可なく人のスマホの中身を見るのはマナー違反じゃなくて、祐一?」

「持ち主は今病院に運ばれている。許可を取ろうにも本人が居ないんじゃ、そのまま見るしかなかろう」

「いや、返すという選択肢がなぜ出てこん」

「返すさ。事件の手掛かりを見つけた後でな」


 いやいやいやいや! 警察じゃあるまいし、事件の手掛かりという名目で人のスマホ覗いていい理由にならねーよ!


「蜷川、返せ――きゃん!」

「近付くな、鼻水」


 スマホを奪おうと攻め寄ったが、おでこにデコピンをかまされあっけなく突き放される。


 くそっ、地味に痛いじゃな――いや待て、鼻水!? 私、今鼻水出てるの!?


 慌ててポケットティッシュを取り出し、羞恥心にまみれながら鼻を噛む。


「それで? 何か手掛かりはあったんでしょうね? 他人のスマホ覗いて何もありませんでしたは通じないわよ?」

「ああ。あったぞ」

「ほ、本当ですか?」


 皆が蜷川の元に集まり、私も涙を拭ってから輪に入る。その中心には蜷川がスマホを提示していた。


 ついさっきまで覗くなとは言っていたが、手掛かりがあったと聞いては強くは止められない。ごめんなさい、と七瀬さんにむけて謝罪しながら画面を覗く。


「見ろ。これは七瀬のLINEのトーク履歴だ」

「うっ、罪悪感が」

「ここはしょうがないわ、明里ちゃん。七瀬さんのお見舞いに行った時に謝ろう」

「しかし、女子はえらいリストがあるな。何だこの数? そんなにする相手がいるのか?」

「女子は話好きだからね。グループも作ったりしてトークするよ」

「それにしちゃ細かすぎるだろ。何で【クラスメイト】があるのに【友達】リストが存在するんだ? 何が違うんだ?」

「友達がクラスにいない場合もあるから。それに、他校にいる中学時代の友達とか」

「振り分ける必要性が俺には分からんな。まぁ、いい。本題はこのトークだ」


 蜷川が操作し、あるトーク履歴を呼び出した。


 ※※※


【星野奏での事故の真相が知りたいか?】

【誰?】

【あの事故の目撃者だ。犯人も知っている】

【名前を名乗りなさいよ。誰なの?】

【それは知らなくていいことだ。君が知りたいのは星野奏の事故の真相だろう?】

【名前を名乗れと言ってるの。知らないアカウントで、名前も名乗らない人の話なんて聞く耳持たない。イタズラならやめてくれる?】

【星野奏を怪我させたのは神島結香だ】

【ちょっと、それホントなの?】

【彼女には歳上の彼氏がいるようだ。そして、その彼氏に車で轢いてもらった。彼氏は神島結香にベタ惚れらしく、何でも言うことを聞く人間のようだ。星野奏を轢いた後、車から出てきてそんなやり取りをしていた】

【神島先輩に彼氏? 初耳なんだけど】

【初耳もなにも、部内の彼女は気さくにプライベートを話すほど誰かと仲が良いのか? それほど溶け込んでいるのか?】

【いえ、特には】

【だろ? なら、彼氏がいたとしても誰も知り得ない】

【本当に神島先輩が?】

【信じられんのか? 星野奏が事故に遭い、あれほど神島結香を怪しんだというのに】

【あれは感情的になっただけで、本気で犯人だなんて思ってない】

【とは言いながら、心の中ではまだ疑いが晴れていないのではないかな?】



【返事が遅いな。これは肯定と捉えていいのかな? なら明日の放課後、美術室のすぐ側の階段に行くといい。神島結香が現れる。本人に聞いてみるといい】

【何でそんな所に神島先輩が?】

【行けば分かる】

【ちょっと待って! ねぇ!】


 ※※※


「ここでトークは終わってるわね」


 見知らぬ相手からの突然の通知。サスペンスドラマなんかではよく見かける展開だが、まさか現実にも起きるとは。しかも、それが知人で繰り広げられていたことに驚きを隠せない。


「それよりも……」

「うん……」

「や、やっぱり神島先輩が犯人だったんですね」


 このトーク相手が誰かは分からない。しかし、神島先輩が犯人と教え、明日の放課後、つまり今この時間にこの場所に呼び出している。そこで七瀬さんが血を流して発見された。となれば……。


「七瀬さんが神島先輩へ詰め寄り、口論になって突き飛ばされた」

「おおう、なんかすごく鮮明に想像出来ちゃうんだけど」

「神島さんに話を聞く必要があるわね」

「い、行きましょう!」


 もう呪いなど関係ない。明らかに人為的に引き起こされていたのだ。神島先輩の元へ向かうべく、私達は動き出した。しかし、蜷川だけはブツブツ呟いたままその場から動かない。


「ちょっと、蜷川。行くわよ」

「なぜだ……何の意味が……いや、そもそもこれがあること事態……」

「蜷川?」

「ん? ああ、今行く」


 スマホをポケットに仕舞い、蜷川も合流した。

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