第二の被害者
定期となった放課後のミーティング。場所は委員会で利用するとのことでいつもの教室ではなく、今日は七不思議の一つである桜の木のベンチでやることになった。
「他に場所はなかったの?」
「屋上は閉まってるし、ファミレス行こうにも財布はピンチでしょ?」
身分は高校生。そんなにしょっちゅうファミレスに行けるほどお金に余裕があるわけではない。適当に学内で人が少ない場所を探していて目についたのがここだった。
「七不思議についてのミーティングをその一つの下でするのもなんかな~、って感じがするんだけど」
「あら、逆に私は理に適ってるように思えるけど?」
「そうですか?」
「ただ話し合うよりも、その場所にいた方が手掛かりが見つかることもあるんじゃない?」
ベンチに座った私は後ろに聳え立つ桜の木を眺める。別に何も語りかけてくることはなく、ただ風に揺れた枝がカサカサと鳴らすだけだった。
「桜の木に何かあったりしないかな?」
「何か、って?」
「幹に文字が掘られたりとか、地面に手掛かりが埋まってるとか」
「そんな単純だったら七不思議にならんでしょ」
「もしかしたらよ。ちょっと根っこの部分掘ってみない?」
「やめなさいよ。怒られるわよ」
「こ、ここは荒らしたら罰を与えられますよ?」
春になるととても綺麗な桜を咲かせるこの木は学園長のお気に入りだとかで、傷付けたり踏み荒らしたりすると罰っせられるらしい。聞いた話では停学になった生徒も過去にいるとか。
「大丈夫。すぐに埋めればバレないよ」
「バレバレね。既に私に聞こえたから」
ハッ、となって振り向くと、その先には段ボール箱を抱えた池月先生がいた。ヨイショ、と持ち直した先生がこちらに歩み寄る。
「あなた達ね、そういう内緒話はもっと人通りのいない所でやりなさいよ。こんな所じゃ聞いてくださいと言ってるようなものよ」
「ごめんなさい、池月先生」
「イケちゃん先生、今のは嘘です! 嘘ですからね!」
「当たり前よ。やったら普通に罰則を与えてたわよ」
先生に聞かれ慌てて否定する明里。よかったわね、早々に先生に見つかって。危うく罰を受けるところだったわよ?
「先生、その荷物は?」
「これ? 授業に使う資料らしいんだけど、用事があるとかで別の先生に頼まれたの。ヒドイよね。こんなか弱い女性に重い荷物を運ばせるなんて。はぁ~、疲れた」
休憩と言って溜め息と共に荷物を下ろす池月先生。ドサッ、という音が聞こえ、中々の重量があることが窺えた。
「それで、あなた達はここで何をしているの?」
「え~と、七不思議についてミーティングを」
「あら、まだ全部解決してないの?」
意外というような表情の池月先生。私達は星野先輩の事故も含め話してみた。
「星野さんの件は私も聞いてるわ。可哀想に……命に関わらなくてホントよかったわ」
「それで、私達は七不思議の呪いなんじゃ? と最初思ったんです」
「でもそれ、七不思議関係あるの?」
「七不思議について依頼をした星野先輩が事故に遭ったんで、無関係とは言い難いなとは話してるんですが」
「ん~、私はなんか違うような気がするんだけどね」
どこか納得できないのか、池月先生は顎に指を当てて目を閉じる。
「先生の頃はどんな呪いがあったんですか?」
「どうだろ……体調を崩したとか、その程度の話は聞いたことあるけど、今回の星野さんみたいな大きな事故は記憶にないわね」
「やっぱり神島先輩の仕業だよ!」
「こら、人を簡単に疑うんじゃありません」
「でも、星野先輩が怪我して一番喜んでいるのは神島先輩ですよ!」
「だから何? 喜んでいる人と犯人がイコールとは限らないでしょ」
「で、でも蜷川君が……」
「蜷川君が?」
池月先生が蜷川に目線を向ける。蜷川は昨日のLINEで言った内容を伝えた。
「本気でそう思ってるの?」
「いや、あくまで可能性の話です」
「可能性があるから神島さんが犯人? それは短絡的じゃない?」
「でも、神島先輩の態度を見たらイケちゃんだって――」
「でしょうね。俺もそう思います」
おい、蜷川。何即決で池月先生に同意してるんだ。
「ちょっと蜷川君、話が違うじゃない」
「池月先生の言う通りだろ。可能性はあくまで可能性だ。神島先輩が犯人である証拠は今のところない」
「証拠は無いけど、でも他に容疑者もいないんだよ?」
容疑者。星野先輩に恨みを持つ者。
七瀬さんの話によれば、テニス部では星野先輩は慕われているとのことだった。キャプテンとして部をまとめ上げ、厳しくも面倒見もよくリーダーシップを発揮する憧れの先輩。恨みを持つ者などいないように聞こえる。
ただ、神島先輩のように星野先輩のやり方に納得していないチームメイトもいたのだろうか。例えば、キャプテンを選ぶ時に同じく候補に挙がっていたもう一人の先輩、たしか館花先輩だったか。その人が選ばれなかったことを恨んで? いや、それなら七瀬さんから館花先輩の話が出ているはずだ。
「消去法というのも一つの手段だが、それは証拠もありきで成り立つ理論だ。証拠もなしで犯人と断定はできん」
「でも、テニス部には他に怪しい人はいないじゃん」
「テニス部だけとは限らんだろ。俺達が知らないだけで、クラスメイトや同学年にいるかもしれない」
「こらこら、学園の生徒の中に犯人がいる前提で話を進めないでちょうだい。星野さんの件は明らかな事故。学園も警察にその旨でお願いしてるんだから」
池月先生が慌てて止めるが、私達は蜷川の台詞で失念していたことに気付いた。
テニス部に所属する七瀬さんからの依頼、そしてその部員である星野先輩が事故に遭った。そのせいで私達はテニス部に犯人がいると思い込んで事件を考えていた。だが、蜷川の言うようにテニス部に絞るのは早計だ。
星野先輩達が七不思議の呪いを解決しようとしていたのは、おそらく他の生徒にも耳に入っていただろう。そこを利用して星野先輩に危害を加えた……かもしれない。
本当にそうなのかな? なんかしっくりこないな。
噛み合わない歯車のように、私の頭はすっきりしなかった。やはりテニス部が怪しいのではと考えている間にも蜷川達はあれこれ話し合っていたが、埒があかなくなり池月先生が締め括った。
「とにかく! 犯人が見つかるまで根も葉もない噂を立てないこと! いいわね!」
「は~い」
「それと、今日は七不思議を調べるのも中止」
「え~!?」
「それはヒドイよ、イケちゃん先生! 七不思議の呪いをイケちゃんも知ってるでしょ!?」
「イケちゃん言うな! だから今日だけ中止と言ってるのよ。どうせあなた達、夜に学園に忍び込んでるんでしょ?」
「ナンノコトデスカ?」
「惚けてもムダ。分かってるけど私は敢えて知らぬ振りをしているというのを忘れないで」
そりゃそうか。OGであり同じように七不思議に挑んだ過去を持つ池月先生には私達の行動などお見通しだろう。そこを追及せず野放しにしているのは私達の立場に理解があるからだ。
「で、でも……」
「その代わり、七不思議の一つの解を後で教えてあげるから」
「ホント!?」
「たしか、あなた達が他の人に教えたのは一つだけだったわよね? なら、あと一つなら問題ないわ」
「イケちゃん大好き!」
明里が嬉しそうに池月先生に抱き付く。
「ありがと。じゃあ、この荷物も運んで貰おうかしら」
「分かった――って、えぇ!? 何で!?」
「さっき桜の木の根っこを掘ろうとしたでしょ? 見逃してあげるから口止め料として手伝いなさい」
「イケちゃん嫌い」
天使に遭ったように輝いていた明里の目が瞬時に暗く濁る。嫌々ながら荷物を持つ明里だが、これで口止めしてもらえるなら安いだろう。
池月先生と共に校内に入って行き、目的地へ向かう。
「これ、どこに運ぶんですか?」
「美術室」
「結構重そうですけど、中身何が入ってるんですか?」
「さぁ?」
「開けてみても?」
構わないと言われ、ガムテープで塞がれた部分に切り込みを入れ、蓋を開ける。中にはプラスチック製の花瓶やメガホン、人形といった物が入っていた。美術の授業で写生に使用するのだろう。
「ねぇ、なんか騒がしくない?」
伊賀先輩の声に箱から気を反らす。中身に注意がいっていて気付かなかったが、たしかにガヤガヤと人の声と動く気配を感じた。
「何だろ? どこから?」
「この先ね」
池月先生の言う通り、美術室に近付くにつれてその騒ぎは大きく聞こえてくる。すると、階段の所で人溜まりが出来ていた。
「何かあったのかな?」
「あ、あの……あそこに人が倒れてませんか?」
りっちゃんが恐る恐る指を差すと、その先にはたしかに一人の生徒らしき人影が横たわっているように見えた。
「大変。誰か女子生徒が怪我したのかしら」
不穏な空気を察したのか池月先生は足早に駆け付け、私達も後に続く。近付く池月先生に気付いた一人の生徒が大声で呼ぶ。
「何があったの?」
「先生、それが……」
「どいて」
人混みを掻き分け、池月先生が倒れている生徒の傍に寄る。私達も後ろから生徒を眺めたが、すぐにセイタン部全員の驚きの声が上がる。
「嘘!?」
「何で!?」
「な、な……」
「七瀬さん!?」
頭から血を流し、ぐったりと横たわり反応なく倒れていたのは七瀬さんだったのだ。
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