LINEでのやり取り

【神島先輩の豹変は妙ですよね。私は間違いなく星野先輩の事故と関係してると思います】

【普通に考えたらそうよね】

【じゃあ、神島先輩が星野先輩を?】

【でも高校生は車を運転できませんよ?】

【だったら誰か大人に頼んだ、とか。昨日、誰かそんなこと言ってなかった?】

【神島先輩本人がね】


 LINEの中で私、明里、りっちゃんが各々の意見を交わしていた。もうかれこれ三十分近くやりとりしているだろうか。


 自宅に帰った私はお風呂でさっぱりしてご飯を食べて寝るつもりだった。カラオケで疲れたわけだし、すぐに眠りに就けると思っていたが、いざベッドに入ると目が覚めてしまった。


 漫画を読む。

 スマホゲームをする。

 お気に入りの曲を聴く。


 眠るために色々試したが、気分ではなかったため飽きてしまう。他に策が思い付かず、ボー、っと天井を眺めていた。


 星野先輩、大丈夫かな。


 自然の流れか、やはり星野先輩のことが浮かび上がる。七不思議の呪いによるものなのか、それとも誰かの手によるものなのか。私なりに考え始めていた。


 星野先輩の件だけでは見えるものも見えないだろう。大雑把ではあるか、まずは事の始まりからおさらいしてみよう。


 きっかけは、明里が連れてきた七瀬さんからセイタン部への依頼だった。内容は、七瀬さんが所属するテニス部で部員が次々と体調不良や怪我人が多発しているという。その原因は、白峰学園に伝わる七不思議の呪いであり、その呪いを解除して欲しいとのこと。私達セイタン部はその依頼を受ける。


 七不思議の呪いについて私は知らなかったが、明里達にその詳細を聞く。二週間以内に七不思議全てを解決しないと呪いが振り掛かる、というものだった。だが、六つまでは明記されているものの、七つ目はどんなものか分からない。噂では、六つを解決すると七つ目の不思議が提示されるらしい。


 私達は夜に学園に侵入して捜査を開始。これまでに屋上と人体模型、音楽室の三つの不思議を解決した。まだ未解決なのは広場の桜の木と、回っていない体育館とプール。


 二週間以内という制限の中、私達セイタン部は依頼を受けてからなので残りの日数はまだ一週間ほど残されているが、七瀬さん達はあと五日しかない。この五日間で四つの不思議を解決しなければならない。


 これまで解決した七不思議はどれも不思議とは程遠い真相だった。音楽室の嘆きは空気の音によるもの、屋上の鬼はただの影、そして人体模型は教師のコスプレ。呪いと揶揄するには子供騙しのようなもので、正直危機感は薄れ始めていた。呪いなんてないのではないか、と。


 しかし、私達のその気持ちを嘲笑うかのように事件は起きた。星野先輩の交通事故だ。私達は呪いの存在を嫌でも思い知らされる。ここまでが今日に至るまで起きた顛末だ。


「でも、やっぱおかしいわよね」


 振り返ってみても、やはり疑問と感じるのは一つ。七不思議の呪いは二週間経った後に振り掛かるはずなのに、まだ五日の猶予がある星野先輩に呪いが発生したのはなぜだろう。


「待てよ? もしかして、星野先輩はもっと前に七不思議を経験してたんじゃないかしら?」


 最初は呪いの法則が崩れたと思っていたが、もしその法則が完全なものであれば疑うべきは星野先輩の猶予期間だ。気付かぬうちに五日より前に七不思議を経験していた。これなら辻褄は合う。


「でも、星野先輩は怪談とか信じない、って言ってたわよね~」


 興味ある人が好奇心で動いていつの間にか、というなら話は分かる。けど、星野先輩は部内で呪いの話が持ち上がって初めて動いたと言っていた。関わろうとしなかった人が呪いに巻き込まれるだろうか。


「本当に神島先輩が? いや、それもどうだろ」


 あのような口振りと態度を示しては、神島先輩犯人説が挙がるのも無理はない。でも、黙っていれば気付かれないかもしれないのに、犯人がわざわざ自分の犯行内容を暴露するだろうか。私は首を傾げる。


「んあー! どれもちぐはぐじゃない! 一体どうなってるのよ!」


 処理が追い付かない私の頭はパンクを起こし、グシャグシャと髪を乱す。うつ伏せになって枕に顔を埋め、洗いたてで芳香剤が利いた匂いが鼻孔をくすぐる。


 蜷川なら何か気付いているのかしら……。


 限界に近いパンパンの頭にふと過ったのは蜷川の事だった。声優オタクで腹立たしい性格のアイツだが、これまでの七不思議の解全てを見つけているのは蜷川だ。観察力というか推理力は飛び抜けている。その事実は変わらない。


「ちょっと聞いてみようかな?」


 蜷川のLINEのアカウントを呼び出す。連絡用としてセイタン部全員とは教え合っていた。そういえば、蜷川にLINEをするのはこれが初めだ。


 明里相手ならさっと書いてすぐに送るのだが、私はスマホを見つめて一考した。 


 何て聞けばいいかな。【七不思議の答え教えろ】って言ったらさすがに上から目線すぎて失礼よね。【今暇?】もなんか意味合いが違う気がするし。【今お暇ですか?】いやいや、何で敬語やねん。【ちょっと聞きたい事があるんだけど】悪くないけど【俺はない】とか突き放されそうだな。


 書いては消し、また書いては消しを繰り返し中々送れない。ただ質問するだけなのに納得のいく言葉が定まらず、なぜか悶々としてあれこれ考えてしまう。


「ええい、何を迷っているんだ私は。普段通りに聞けばいいじゃない、普段通りに」


 声に出して自分に言い聞かせるが「普段通りってどんなだ?」とまた思考の迷走に陥る。


「くそっ、何で蜷川に聞くだけでこんなに考えなきゃならないのよ。もうどうでもいいわ。七不思議について教えろ、って送ろ――っうおっほー!」


 打ち込もうとした瞬間、LINEの通知が鳴りビックリしてスマホが手から滑り落ちた。


 ま、まさか蜷川から!?


 急いで拾い上げトップ画面を見ると、相手は明里からだった。なんだ明里かと胸を撫で下ろすが、同時に少しがっかりしたのはなぜだろう。まあ、気にしてもしょうがないと私は通知を開いた。


【神島先輩の写真ない? プリントして枕に貼ってサンドバッグにしたいんだけど】


 こえーよ! いきなり何言ってんの明里!?


【ないわ。イメージで殴りなさい】

【そっか。了解!】

【枕壊さないようほどほどにね。んじゃおやすみ】

【おやすみ~……って、そんなわけないやろー! 突っ込んでよ!】


 いや、明里ならやりかねないでしょ。


【それで、何か用?】

【用というか、星野先輩についてなんだけど】


 明里も私同様に色々考えていたらしく、このLINEがきっかけでりっちゃんも呼び、三人での意見交換が始まったのだった。


【本当に星野先輩の事故は呪いの影響なんですかね?】

【呪いだとしても、星野先輩はまだ五日の時間的猶予があるはずよね?】

【由衣が言ったみたいに、もっと前に七不思議を経験していた説が濃厚じゃない?】

【でもな~、星野先輩は七不思議に関心なかったわけだし、その説は違う気がする】

【となると、やっぱり誰かがやったんですかね?】


 やはりそれが一番可能性が高い、か。でも、誰が?


【私は神島先輩に一票】

【一票、って。投票じゃあるまいし】

【私も同じくです】

【りっちゃんまで何を】

【だってそうじゃないですか。神島先輩の態度を見たら誰だって疑いますよ】


 りっちゃんの意見は間違いではない。私だって似たような考えを持った。でも、急変すぎて逆に違和感があるのもたしかだった。


【じゃあ神島先輩が犯人だと仮定したとして、星野先輩に怪我を負わせたその理由は?】

【神島先輩も自分で言ってたじゃないですか。星野先輩が気に入らない、って】

【たったそれだけの理由で? 一歩間違えたら殺人になってたかもしれないのに?】

【そ、それは……】

【実は前々から星野先輩に危害を加えたいほど嫌っていた。でも、ただ怪我を負わせただけじゃ自分が罪に問われる。そこでタイミングよくセイタン部に依頼をした七不思議の呪いを利用することで、自分への疑いを反らすようにした。星野先輩が怪我をして自分に何を言われようが、七不思議の呪いと逃げることができる。だからあんな強気な態度を示した】


 んん? んんんん!?


 明里からの返事の内容に私は目を何度も擦って読み返した。あの明里がまともな理路整然とした推理を披露したのだから。


【それありそうです!】

【えへへ~、そう?】

【いや、マジすごいよ明里! 一番説得力あるよ!】

【明里さん、すごい!】

【って、蜷川君が言ってる】


 ……あん? 蜷川?


【み、みみみみ蜷川君が言ってる!? もももももももしかして明里さん今蜷川君と一緒に!? こんな時間にまさか!?】

【いやいや、今までのこのやり取りを蜷川君にLINEで伝えたらそう返ってきた】

【あっ、そうなんですね……】

【だから安心して、りっちゃん♪】

【べべべべべ別に私は心配なんて!】

【いや、あんたじゃなくて蜷川の推理かい! というか何で蜷川に聞いた!?】

【だって分からないんだもん。蜷川君なら何かアドバイスしてもらえるかもと思って【どう思う?】って聞いたら即返ってきた】


 即返ってきただと!? くそっ、そんなあっさり返ってくるならあんな考える必要なかったじゃない。私が先に聞きたかっ――ん? 先に聞いてどうなるんだ?


【というか、いちいち蜷川に聞くならあいつもこっちのグループに参加させればいいじゃない】

【一応誘ってみたんだけど、複数人のやり取りに参加すると通知が鳴り止まなくてウザったいから断る、だって】

【ダダダダメですよ誘っちゃ! 蜷川君にこのやり取り見られたくないです!】

【え~、どうしようかな~】

【おおおおお願いしますぅぅぅ!】


 りっちゃんの慌てふためく姿が容易に浮かぶ。まあ、たしかにこのやり取りを見られたらりっちゃんの好意がモロバレだろう。


 その後、話題はりっちゃんをイジる展開へと移行し、二十三時過ぎにお開きとなった。

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