親友の役割
結局、伊賀先輩のカラオケは二時間コースの時間目一杯まで続き、予想よりも疲労が溜まってしまった。
二時間も歌い続けたはずなのに、伊賀先輩はまだ納得のいっていない様子で延長を申し出た。さすがにしんどい私達は必死に説得し、ようやく事なきを得たのだ。二時間ぶっ続けで歌ったはずなのに声は全く掠れていない。一体どんな喉をしているのだろう。
疲れも残っていたし、伊賀先輩もまだ怒りが完全に収まっていない様子。さすがに今日の学校探索は中止した方がいいのでは、と私が主張すると皆も合意してくれた。その後解散。方向が同じ私は明里と並んで歩く。
「知らぬ伊賀先輩の一面を垣間見たね」
「ね~。しかも、選曲最近のじゃなくて古いやつメインだったし」
「蜷川に聞いたら、昔からの恒例だから曲も古いのでだいたい決まってるみたいよ」
「別に不満とかじゃないんだけどさ。なんかこう、歳一つ違いなのにチョイスが古いと伊賀先輩がおば――」
「明里、それは口にしちゃいけない。しちゃいけないのよ。伊賀先輩に殺される」
私は明里のその先を遮り、二人で絶対口にはしないと誓い合った。言ったら最後、怒りとストレスを抱えこませた伊賀先輩に二時間どころじゃない付き合いをさせられてしまう。二時間でこの疲労だ。それ以上されたらもはや拷問。恐ろしいことだ。
「ん~、でも久し振りの活動休みか~」
「そうね。依頼来てから毎日夜は学校に行ってたもんね。正直、体もキツかったかも」
「まあ、この依頼が来る前はゼロで、ただひたすら声の収録してたけどね~」
ホンの一週間程前の出来事が思い出として蘇る。堀江由衣はドジっ娘や姫系のアニメキャラを演じることが多いのだろうか、蜷川からはよくその手のキャラを割り振られ演技させられた。
「このまま依頼が殺到して声の収録止めないかな~」
「無理だろうね」
「だよね~」
明里が即答。まあ、口にはしたが私も終わらないだろうとほぼ諦めていた。深い溜め息が溢れ、その後沈黙。
明里と二人で帰る時は話題が尽きない。昨日観たドラマの内容や人気グループ歌手の曲、道端に落ちてる靴を見て持ち主はきっとシンデレラに違いないなど、くだらない話で無駄に盛り上がる。
でも、今日は違った。主に明里から話を振られることが多いのだが、ただ前を見て歩いているだけ。歯医者の順番待ちの狭い椅子で隣に次の待ちの人が座って来た時の堅苦しさに似た、口を開くことを躊躇うかのように、私達はしばらく黙ったままだった。
「……私達、呪いを解除できるかな」
ボソッ、と掠れるように明里が紡いだ。まさにこの場の雰囲気の原因となる台詞。
「分からないよ、そんなの」
私にはそう答えるのが限界だった。
星野先輩が怪我で入院。この事実は私達を確実に恐怖に染めている。カラオケで明るく振る舞っていても、内面は落ち着かず焦りと不安が渦巻いていたのだ。
「でもさ! 解除できないと私達にも危険が迫っちゃうかもしれないんだよ!? どうしたらいいの!?」
「だから分からないよ! 私だってどうすればいいのかさっぱりなんだから! 少しは自分でも考えなよ!」
爆発したかのように、私と明里は互いに罵り合った。どうしようもない不安に、ついに我慢ができなくなってしまったのだ。
それでもまだ、冷静さは残されていたのだろう。続けて罵り合うことはなく、数秒間睨み合ったがすぐに謝った。
「……ごめん」
「ううん、私も怒鳴ってごめん。八つ当たりだったね」
「無理もないよ。お先真っ暗だし、私も同じだもん」
八つ当たりは基本よくない。でも、お互いが同じ境遇に立っているのであれば決して悪いことばかりではない。内に溜まった濁りを吐き出して払拭するには大きな声を出すのも一つの手だ。そして、気心の知れた仲なら今の私達のようにすぐに謝ることもできる。
私と明里は親友だ。付き合いは白峰学園に入ってからなので一年も満たない期間だが、それでも私は明里の親友だと胸を張って言える。ただ一番仲が良いからとか、交流した時間が長いとか、そんな単純な関係で親友とは言えない。どれだけ相手を想い、どれだけ相手の気持ちを理解できるか。心から信頼し、そして心から信頼される。それが親友という間柄だ。
明里が不安というのなら私が鼓舞しなくては。前に殺人事件が起きた時は明里に助けられた。今度は私の番だ。
「でも、もう前に進むしかないっしょ。くよくよ下向いてちゃ何も変わらない」
「お先真っ暗、って言ったばっかじゃん。前見たって何も見えないんだから怖いじゃん」
「立ち止まるわけにもいかないでしょ。一歩一歩確実に、よ」
「不確かな前方よりも、今まで歩いてきた道はたしかにあったんだから引き返すのもありだと思うよ」
「た、たしかにそうかもだけど、過去には戻れないんだから勇気だして前に――」
「無理に一歩踏み出すのが勇気とは言わないんじゃない? しっかり今を見つめて、覚悟を決めてからが勇気だと私は思うんだけど」
「……」
くそぉぉぉ! 鼓舞するつもりが逆に言い負かされてしまったぁぁぁ! しかも地味に的確な意見だから何も言い返せなぃぃぃ!
「……ふふっ」
「な、何よ?」
「いや~、由衣と居ると元気が出るな、って思って」
「なんかその台詞引っ掛かるな。まるで私が能天気な人間みたいじゃん」
「そうじゃないよ。なんていうかさ、由衣って自分に似合わないことしようとするとモロ出るんだよね。それが面白いというか」
慣れていないのは事実だ。明里相手にあっさりと看破されてしまったのだから。でも、そこを追求されると恥ずかしい。
「う、うっさい。人がせっかく励ましてあげようとしたのに。そんなこと言うなら次から何もしないわよ」
「ごめんごめん。ただ嬉しかったからつい意地悪しちゃっただけだよ」
「本当に~?」
「ホントだよ……ありがとうね、由衣」
明里がそっ、と私に抱き付いてきた。背中に回した腕がしっかりと私を包み、触れている体から気持ちが伝わってくる。嘘ではないことを悟った私も嬉しくなり、明里を抱き返した。
……スリスリ。
「あ~か~り~?」
人が感動していたのに、明里の手は背中から下に移動しお尻を撫で始めたので手の甲を摘まんで引っ張り出した。
「いたたた。えへへ、どうしたのかな?」
「どうしたのじゃないわよ。何してんのかしら?」
「お尻を撫でました」
「正直で結構。じゃあ、何でお尻を撫でたのかな?」
「いや~由衣ってさ、おっぱいはちっちゃいけどお尻はすごく綺麗な形で魅力あるな、って前から思――痛い痛い痛い!」
「おっぱいが何だって? おっぱいが何だって? ん? ん? よく聞こえなかったわ。もう一回言ってくれる?」
摘まんだ手をしっかりと持ち替え、関節技を決める。容疑者を連行する警察のように、私はそのまま明里を帰途へ連れていく。
気付けば七不思議への不安は忘れていて、私達はいつものようにじゃれ合いながら帰っていた。
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