偽りのない心

「煌めく瞬間に捕らわれ夢中でいたい~!」


 あらん限りに声を張り上げ、テレビ横に立つ伊賀先輩が熱唱している。


 場所は変わって商店街にあるカラオケ店。七瀬さん達との会議を終えた私達は解散になるかと思っていたが、伊賀先輩の誘いここに来た。理由は至極単純。先程の神島先輩の物言いと態度にストレスを抱えたのでその発散だ。


 伊賀先輩も相当腹に来たのだろう、実は入って三十分程だが先輩は延々歌い続けてマイクを離さない。というか、最初にタッチパネルを手に取ると何曲も連続で入れたせいだ。普段は歳上らしく落ち着いている様子を見ているので、このギャップは意外だった。


「静はストレスが溜まるとカラオケに来て鬱憤を晴らすんだ。こうなったら止まらんぞ」


 神島先輩とはまた違う伊賀先輩の一面に驚いてると、コーヒーを飲みながら蜷川が答えてくれた。


「昔から?」

「ああ。しかも、一人で行きゃいいものを周りを巻き込むからタチが悪い。こちらの都合お構いなしだからな」


 過去、蜷川は何度も引っ張られて来られたらしく、伊賀先輩がカラオケ行こうと言った時、たしかに断れない強制的な雰囲気を感じていた。


「う~ん、私も歌いたいんだけど、伊賀先輩のターンが終わらないな~、これ」


 明里がパネルを操作して予約したものの、リストを見るとまだ十曲近く伊賀先輩の入れた曲が並んでいた。


「ストレスが無くなるまで歌い続ける。当分無理だな」

「どれくらい続くの?」

「確実に言えるのは、それはまだウォーミングアップということだ」

「これでウォーミングアップ!?」

「最低ラインがそれだ。その後、どれくらい続くかはその時のストレス具合による」

「いや、喉潰れちゃうでしょ!」

「人はまた終わらぬ旅に時を費やせるからー!」


 こちらの心配を余所に、伊賀先輩は大声で歌い終えた。額にうっすらと汗が光るが、休憩することなく次の曲へと進んだ。私達の姿が目に入っていないのだろう、歌って吠えて鬱憤を吐き出すことに意識は完全に呑み込まれている。


 蜷川の言うことが正しいなら、まだ当分伊賀先輩は現実に帰ってこない。私達は会話をするしかなく、自然と話題は神島先輩についてとなった。


「今日の神島先輩、なんか態度悪かったよね」

「悪いなんてもんじゃないよ、由衣。酷すぎるよ、あれは。依頼に来た時は怖くてビクビクしてて、星野先輩が協力して七不思議解呪しようとしてもらってたくせに、怪我したらざまぁみろ? 何様だよ!」

「わ、私も正直同意見です」


 りっちゃんも頷き、真っ直ぐ明里を見つめていた。珍しくも、その目には少なからず怒りが如実に含まれている。


「同じ部活の仲間なのに、ああも悪口言えるかな、普通!」

「あれが神島先輩の本性、とか?」

「だったらチョー最悪だよ! あんなヤツのために依頼こなしたくないよ!」

「で、でも伊賀先輩が言ったように、途中で投げ出すのも無責任な気もします」

「たしかにね。それに、私達も呪い受けてるわけだし、投げ出したら私達自身も危うくなるよ」


 明里の気持ちは心から同意だが、私達も七不思議を経験してしまっているので引き返せない所まで来ている。不本意ではあるものの、神島先輩を助けなければ私達も助からない。


「ムキー! こんなことなら受けなきゃよかったよ! 誰よ、この依頼受けようと言ったのは!」

「受けたというか……私の記憶が正しければ、そもそもこの依頼を持ち込んだのが明里、あんたのはずだけど?」

「過去は振り返らず、現在いま何をすべきかを考えようセイタン部諸君!」


 墓穴のお手本を披露し、逃げるようにドリンクのおかわりを注ぎに明里は部屋を出ていった。


「で、でも神島先輩、本当に急に変わりましたよね」

「うん。あんな怯えてたのにね」

「ずっと忘れない離れても挫けない生きていく今日から! 優しさと勇気をくれたーよねー!」


 りっちゃんも同じ点に気付いていた。さっき私は図書室での態度が本来の性格と言ったが、そうなると星野先輩達と来た時の怯えは嘘、つまり演技となる。しかし、演技となるとその理由は何なのか。  


「も、もうヤケになった……という感じでもなさそうでしたよね」

「ああん、もう。ワケ分からん」


 考えれば考えるほど、アリ地獄のように謎の底に吸い込まれていくようだ。

 

「はぁ~、人の頭の中を覗けたらな~」

「え、映画でそんな話がありましたよね。他人の記憶に飛び込んで事件の手掛かりを探す、という」

「そうそれ。それが出来たら一発で分かるんだけどな~」

「で、でもあれは作り話。無理ですよ」

「そりゃ十分分かってるけどさ、この状況じゃ夢みたくもなるよ。まあ、それは置いといて。現実的に言えば、読心術になるのかな?」

「そ、そうですね。そしたら話を聞くだけで真実が分かりますもん」

「そんな人間、知り合いにいな――」


 ……。

 ……。


 いたぁぁぁぁぁぁ!


 灯台下暗しと言うべきか、私とりっちゃんは同時に当該人物に振り向いた。


「何だ? 人の顔凝視して」

「そうよ! あんたよ、あんた! あんたがいたじゃない!」

「カニ食べ行こうー! はにかんで行こうー!」


 すっかり忘れていた。蜷川は読心術よりもさらに高性能な能力を持った人物。話を聞くだけで嘘か真実が聞き分けることができる人間嘘発見器。私が事件に巻き込まれた時も、この能力のおかげで危機を逃れたのだ。


「指を差すな、指を。失礼だぞ」

「蜷川、あんた嘘発見器能力持ってるわよね? もう一回神島先輩の話聞いて欲しいんだけど」


 今こそ発揮する時。私は蜷川に頼み込む。


「ああ、それならさっきの会話で判別してる」

「そう、判別して欲し――って、既にしてたんかい! だったら早く報告しろや!」

「報告する義務もないし、聞かれてないもんをなぜベラベラ喋らなくちゃならん?」


 心底意味不明という表情で蜷川が答える。憎たらしく殴りたくなるが、今は我慢。まずは真偽の確認が先だ。


「それで? 神島先輩は嘘を言ってた?」

「結論から言えば……だ」

「真? ということは、嘘を付いてない?」

「ああ。あの先輩女子は全くビビっていない」

「となると、依頼をした時のビビりは演技、か」

「いや、あの時も真、だ。嘘偽りはない」

「……は?」


 ちょっと待て。どちらも真、だって? それはおかしくないか?


「ちょ、ちょっと待ってください。さっきの恐怖を抱かない態度も、三人で依頼を来た時に怖がってたのも嘘じゃないんですか?」

「嘘じゃない。どちらもありのままの声だった」

「じゃあ何? 数日で恐怖がなくなったっていうの?」

「そういうことだな」

「そんなことありえる?」

「さぁな。何かがあったんだろ」

「何か、って何よ」

「そこまでは知らん。数日でなくなるぐらいだ。かなり安心できる事が起きたんだろう」


 恐怖がなくなるのは、その対象の正体が判明した時なのではないかと私は考えるのだが、まさか神島先輩は先に一人で七不思議を全て解決したのだろうか。それとも……。


「思い出はいつもきれいだけどー! それだけじゃお腹が空くわー!」


 ずっと思ってたんですが伊賀先輩、歌のチョイス古すぎませんか!?

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