七不思議の呪い
不穏な流れ
放課後になるとすぐに七瀬さんと神島先輩に収集をかけ、以前依頼を受けた図書室で詳しく話を聞くことになった。
「七瀬さん、星野さんが入院したというのは本当なの?」
「は、はい。私も今朝知ったんですが、昨日の夜に怪我をしたみたいで」
テニス部は朝練をしているのだが、その時間に星野先輩は姿を現さなかった。星野先輩が朝練を休んだことはなく、皆不思議に思っていたが、部室で着替えをしていたら一人の先輩部員が事故に遭ったという情報を得て来て騒然となったそうだ。
「事故、って由衣ちゃんから聞いたんだけど」
「はい。どうやら、自転車で道を走ってたら車に轢かれて……」
車に轢かれた。想像しただけで体の芯から恐怖で震えてしまう。
「幸いにも腕の骨にひびが入った程度で済んだらしく、命に別状はないみたいなんですが、ショックを受けたのかまだ目を覚まさないとか……」
それ以上は何も言えず、七瀬さんは消沈するだけで話は終わった。
ひびで済んだのは不幸中の幸いと言えるかもしれないが、これは立派な交通事故だ。少しでも打ち所が悪ければ死んでいたかもしれないのだ。命に別状はないと言われた所で、心から安心できるかと問われたらそうはいかない。
それに、安心できない理由はさらにある。
「これって……七不思議の呪い、ですかね?」
「呪い、とは言い切れないわ、明里ちゃん」
「なんでですか?」
「よく考えてみて。星野さんが七瀬さん達と一緒に七不思議に遭遇してからまだ二週間経ってないのよ?」
そう。問題は日数だ。
七不思議は二週間以内に謎を解かなければ呪いが降り掛かる、と明記されている。つまり、呪いは二週間以降に発現するはずなのだ。その間はまだ呪いは潜めている、云わば準備段階だ。
星野先輩は七瀬さん達と体育館の七不思議を経験してからまだ九日。呪いを受けるまで五日の猶予があるはず。もし今回の事故が七不思議の呪いというのなら、この一件はそのルールから明らかに逸脱している。
「ど、どういうことでしょうか?」
「分からない。でも、偶然で片付けるには無理があると思う」
「それはつまり……誰かに狙われた、ということですか?」
「何で星野先輩が! 先輩はそんな人じゃないです!」
「落ち着いて、七瀬さん。まだそうと決まったわけじゃないわ」
「意外と当てはまるんじゃない?」
怒りで勢いよく立ち上がりかけた七瀬さんを伊賀先輩が宥める。場所も場所なので、七瀬さんもすぐに落ち着きを取り戻し静かになりかけたが、神島先輩の一言でまた一転した。
「な、何を言ってるんですか、神島先輩?」
「七瀬、あなた星野をどう思ってるわけ?」
「どう、って……憧れの先輩です。キャプテンとして皆をまとめてるし、テニスのプレイも私の目指すスタイルに似てますから」
「ふ~ん、あなたはそう思ってるんだ。でも、部員全員が同じように信頼を寄せているのかしら?」
「どういう意味ですか?」
七瀬さんと神島先輩との間に不穏な空気が流れ始める。
「星野のやり方に不満を持つ者もいるんじゃない?」
「そんなことないですよ! キャプテンを決める時だって、皆で投票して決めたじゃないですか!」
「そうね。でも、覚えてる? あの時、キャプテンとして名前が挙がったのは星野だけじゃなく、波奈もいたことを」
「波奈……
「そう。星野に数が多かったのは認めるけど、波奈にも何票か入ってたわよね? つまり、少なくともその人数は星野より波奈の方に付いていきたいという者がいたわけよ」
同一人物なのだろうか。テーブルに肘を突いて掌に顎を乗せ、依頼の時に小さく縮こまっていた姿からは想像できないくらい、今の神島先輩は態度が大きかった。
「ま、私は波奈に入れたけどね。分かってると思うけど」
「何が言いたいんですか? 結果に不満が? 星野先輩がキャプテンに相応しくない、と?」
「違うわ。決まったことにとやかく言うつもりはない。私が言いたいのはキャプテン投票であったように、全員から信頼を寄せられるとは限らない、ということよ」
「星野先輩は嫌われるような人じゃありません!」
「それはあなたが星野側にいるから言えることよ。その取り巻きの外側にいる人間からしたらあの口振り、態度、考え方。少なくとも私はとてもじゃないけど合わない」
これまでの心の内の鬱憤を全て吐き出すつもりなのか、神島先輩の星野先輩に対する不満、怒り、嫌悪を次々と挙げていく。
「そして今回の事故。もしかしたら、星野にストレスを感じた人の犯行かもよ?」
「高校生は車の運転できません」
「別に自分じゃなくてもいい。年上の彼氏でもいいし、今ではお金払いますと言えばネットでそういうの募集すると人が簡単に集まるんでしょ?」
「だったら神島先輩が犯人なんじゃないんですか!」
とうとう我慢の限界を越えたのか、七瀬さんが荒ぶる声を上げ、静かな図書室を震わせた。
「私じゃないわ。でも、これだけは伝えておく。星野が事故で入院したと聞いた時……ざまぁみろと思ったわ」
「んなっ!?」
あまりの発現に七瀬さんを初め、私達まで絶句してしまう。今の神島先輩は内気な女の子じゃない。闇に心を支配された悪魔のようだ。
中学でテニス部に所属していた私は、神島先輩の言う内容全てに理解できないわけじゃない。たしかに、部内で全員が全員仲良しこよしになれるわけではない。仲が良いと言っても、それでも数人ずつのグループに分かれるし、その中であの人はあーだこーだと愚痴を溢すはずだ。
ここまで相手を想いやらない態度はいくらなんでも卑屈すぎではなかろうか。だが、私は白峰学園のテニス部には所属していない。部内の星野先輩と神島先輩の関係がどうなのかは把握できるわけもなく、何も言えなかった。
「仲間が事故に遭ったというのに、大した言い様だな」
私はドキッ、とした。勘違いかもしれないが、蜷川のその声には明らかな嫌悪と怒りが含まれていたように感じたからだ。
「私は仲間と思ったことはないわ。正直、星野にはうんざりなのよね。話したくないし、顔も見たくない」
「そこまで嫌っているのなら同じ部活にいるのは苦痛なはずだ。なぜさっさと辞めない? 理解できんな」
「辞めたら逃げたように思われるじゃない。周りにそんな印象を取られて、私に変なレッテルが貼られる。そんなの御免だわ。嫌だというなら他の連中が辞めればいい」
「大した度胸だな。それほどの度胸を持ちながら、七不思議には恐れを成すのか」
一瞬、七不思議という単語に神島先輩の体が震えたが、すぐに元の様子に戻った。
「そうね。七不思議にビクついてた私もどうかしてたわ。あんな子供騙しにオロオロしちゃって恥ずかしい。何も怖いところなんてないのに」
子供騙し? もう怖くない? 本気で言っている?
星野先輩の後ろに隠れて怯え、七不思議の呪いの解除に断固反対し、終いには駄々をこねた神島先輩は幻であったのだろうか。それとも、こちらが本来の神島先輩なのだろうか。
「あなたがどう思おうが別に構わないけど、七不思議はまだ全部明かされていないし、呪いは解除されてない。それは肝に銘じて」
「セイタン部はまだ調査を続けるつもりなの?」
「当然」
「意外ね。てっきり投げ出すかと。私はそれでも構わないんだけど」
「依頼を受けた以上、最後までやり通す。それが私達セイタン部のポリシーよ」
「そう。ま、頑張ってね。私、部活に行くから」
鼻唄を交えながら、神島先輩は図書室から出ていく。静かなはずの図書室に、悔しさと悲しさからだろう七瀬さんの啜り泣く声が響いていた。
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