安息の後には……
「ん~、気分爽快」
晴れ渡った空の下、私は背伸びをして明るい声を発しながら学園に登校していた。
昨日の人体模型の件で家に着いた時には体と気分が重く、すぐにお風呂に入って眠りについた。いつもならスマホをいじって友達とラインして眠くなったら寝る、そんな過ごし方だがとてもそんな気分にはなれなかった。
ベッドに入るや否や私は深い眠りに落ち、すっかり疲労が取れたのだろうか、目覚ましの鳴る十分前に起きた。普段ならスヌーズ機能を設定しているのでさらに二度寝をし、それから起床のパターンなのだが今日は一発目で起床。気分もすっきりし、嘘みたいに体が軽かった。
自分でも珍しいなと思いながら部屋から出てリビングに顔を出すと、お弁当を作っていた母親にびっくりされた。今日は洗濯物が溜まっててまとめて洗うつもりなのだからやめてくれ、と言われたのは軽くショックだったが。その後、朝食を取り家を出た。
「ちょっと早いけど、違う時間で登校するのもなんか新鮮ね。たまにはいいかも」
登校ルートは同じ。ただ時間が違うだけ。でも、それだけで毎日見ている景色がいつもより輝いているように感じられた。漫画風で言うなら、世界はこんなにも美しさに溢れている、とでも表現しておこうか。
「お~い、由衣~」
進行方向の先で明里が腕を振って私の名前を呼んだ。実は明里も早くに目覚めたらしく、LINEで連絡を取り待ち合わせしていた。
「おはよう。ごめん、待った?」
「おはよう。ううん、私もホンの二、三分前に来たばかり」
それからいくつか他愛もない話を口にして、私達は並んで歩き始めた。
「昨日は疲れたわね」
「だね~。まさか先生が人体模型だったなんて思いもしなかったよ」
「夜の学校を、しかもコスプレして走り回る、普通?」
「しょうがないんじゃない? 忘年会の催しの練習なんだから」
「いや、家でやるとかさ」
「先生にも色々あるんだよ、きっと。ストレス発散にもなるとか言ってたし」
ストレス発散になるのか、あれは? 夏にはビッグサイトとかで大きなコスプレイベントが開催されるし、ハロウィンでも渋谷はコスプレ人で溢れ返っているけど、見られたいからやってるんだよね? 誰にも見られないコスプレにストレス発散力はあるのかしら?
「あとさ、昨日の蜷川君、ちょっと格好よかったよね」
ミナガワクン、チョットカッコヨカッタヨネ。
おかしいな。明里から理解不能な台詞が耳に飛び込んで来たような。文字化けならぬ音化けでも起こしたのだろうか。
「何よ、そんな意味不明な顔して」
「いや、意味不明だから。蜷川のどこが格好よかったの?」
「格好よかったじゃん。人体模型の謎をあっさり解いてさ」
私が抱えていた謎をあっさり解いた。それはたしかに認めざるをえないだろう。だが、格好よかったかかは甚だ疑問を覚える。
「格好いいのか、あれは?」
「ミステリーでよくあるじゃん。皆が集まってる場で推理を披露するシーン。あれみたいでさ」
「あいつに呼ばれて集まったわけじゃなくて、皆で逃げてたんだけど?」
「細かいことは気にしないの。それで蜷川君の推理に篠原先生が自白をする。クライマックスの再現。いや~熱かったね!」
熱かったのか。人体模型に襲われそうになって涙や鼻水流して、ガキと呼ばれてキレてた人間の台詞とは思えないわね。
口に出すとまた面倒くさくなるのが目に見えてるので胸にしまっておく。
「でも、よく考えたら一人でやる必要あった? 皆で行けばよかったんじゃないの? 私達に人体模型押し付けてまで一人でやる意味は?」
「あれじゃない? 『一人で立ち向かう俺カッケー』みたいな」
「うわー、くだらないわね。だったら人体模型相手しろって話よ。謎解きの方に行くな」
「探偵は大抵一人で謎を解くものなのだよ、パトロン君」
「ワトソンね、ワトソン」
横断歩道の青信号が点滅を始めたので、私と明里は立ち止まる。
「そういえば、昔の七不思議の被害者の中に車に轢かれた子がいたらしいよ」
目の前の車が往来しているのを眺めていると、思い出したように明里がそんなことを言った。
「何それ?」
「ほら、イケちゃん先生はウチのOGだって言ってたじゃん? 職員室に行く予定があったから、そのついでに昔どんなことがあったのか聞いてみたの」
池月先生か。たしかに、桜の木の下で皆で集まった時にそんなことを言っていた。
「イケちゃん先生の代じゃないけど、交通事故に遭った生徒がいたみたい」
「うわぁ、可哀想」
「命に関わるほどじゃなかったみたいだけど、両足が骨折して何ヵ月も入院したとか、そのせいで最後の大会に出れなくなったとか」
それは辛かっただろう。部活動に所属する生徒にとって最後の大会は気持ちの入り具合が段違いだ。最後だからこそ、これまで身に付けた力を全てぶつけ、勝ちにしろ負けにしろ後悔のない結果を出して引退したい。でも、大会に参加できないということはその結果に自分が関わることができないということだ。無念に押し潰されたことだろう。
「死人は出ないけど、怪我人はいっぱいいるよね」
「そうね。でも、七不思議の呪いって本当にあるのかしら」
特に根拠はない。ただポロッ、と口にしただけだが、明里が妙に食い付いてきた。
「どういうこと? これまでたくさん不幸にあってる人がいるんだよ? それで呪いは存在しないとでも?」
「いや、なんていうかさ。昨日の篠原先生みたいな件があると、呪いが疑わしくなっちゃうじゃん」
音楽室の風の音。
屋上の影の鬼。
そして人体模型のコスプレ。
七不思議の呪いと表現するには答えがあまりに現実的すぎるのだ。超常的な解が未だに出てこないのを鑑みると、呪いという言葉が霞んで聞こえる。
「でも、七瀬さんのいるテニス部では実際に呪いに掛かった人がいるんだよ? もしかして、由衣は彼女達が嘘をついてると思ってる?」
「そうは言ってないよ。ただ、なんかこう……歯車が合わないというか」
呪い。
その言葉は決して軽い単語ではないはずだ。負の意味を持ち、どちらかと言えば好んで口にする単語ではない。しかし、七不思議の呪いについて言えばどうも本来の意味との波長が合っていないのも事実なような気がするのだ。
「う~ん。私にはよく分からないや」
「ごめん、忘れて。ただの私の印象だから。深く考えないで。そうだ。七瀬さんの話が出たし、今日昼休みにでも七瀬さんに報告しない?」
「おっ、いいね。ついでに一緒にお昼食べようよ」
「いいわね。ちょっと聞いてみる」
気分を変えようと明里の提案に乗り、スマホをポケットから取り出す。すると、同時にLINEの通知が届いた。七瀬さんからだった。
「噂をすれば。七瀬さんから来たわ」
「ちょうど七瀬さんも同じこと考えてたのかな?」
「まさか~」
冗談半分で通知を開き、指をスライドさせて全文を読む。そして、私は歩いていた足を止めてしまった。
「どうしたの、由衣?」
振り向いて声を掛ける明里。でも返事が出来ない。いや、なんて返事をすればいいのか分からない。スマホに表示された文を私は何度も読み返していた。
【堀田さん、大変! 星野先輩が……星野先輩が事故で入院したって!】
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