妄想先生
次の日の昼休み。明里と弁当をちょうど食べ終えた頃に伊賀先輩からLINEが入った。内容は星野先輩達が話をしたいとの事。その内容を聞くために広場に来て欲しい、というものだった。
「広場、って例の桜の木がある所だよね?」
「うん。りっちゃんにも声掛けて行こうよ」
私と明里はりっちゃんのクラスへ行き、合流すると一緒に広場へと向かった。
広場に着くと当然だが他の生徒達で賑わっていた。ベンチではまだ食事をしている者やお喋りに華を咲かせるグループ、その脇の小さいスペースでカラーボールでサッカーをする男子生徒が目に入る。そのベンチの一つに伊賀先輩が手を振って呼ぶ声が聞こえたので三人で駆け寄る。そこには既に星野先輩、七瀬さん、がいた。
「お待たせしました」
「待ってないよ。私も今着いた所だし」
「あれ? 神島先輩は?」
「神島先輩は少し遅れて来るみたい」
「そっちもあの男子は?」
「教室に行ったんですが、爆睡してて起きませんでした」
昨日の宣言通り、徹夜してアニメを観たのだろう。殴って起こしたかったが、周りの目もあって放置して来たのだ。
「そいつ、やる気あるのか?」
「そこは問題ないわ。途中で投げ出すようなヤツじゃないし、後で私が伝えとく。話は私達が聞くわ」
「そうだな。時間もないし、とりあえずまとめた情報を伝える」
ベンチに座る星野先輩が綺麗な足を組んで話し始めた。
「まず、部員達の中で七不思議の解決を見出だせた者は一人もいなかった。その場所には行ったが、何も答えは見つけられなかったらしい」
「一つも?」
「ああ。全員二つ三つの七不思議に挑んだらしいが、土壇場でビビって逃げ帰った、とのことだ。それでそのまま二週間経ち、不幸が訪れたと口を揃えている」
話を聞いた私は気を落とした。私達もまだ音楽室の一つしか答えを導いていない。何か別の七不思議の答えが聞けると期待していたが、そう甘くはないようだ。
「部員の経験した七不思議はどれだったの?」
「そうだな。大体音楽室、理科室、私達と同じ体育館が多かった」
「その三ヶ所が多いのには何か理由があったんですか?」
「どうやらその三つは七不思議の中でも定番らしく、まず基本からと考えたらしい」
りっちゃんと同じ理由。この考えは共通しているのだろうか。
「他の七不思議は? プールと屋上はまだ私達も未調査だからできたら聞きたいんだけど」
しかし、伊賀先輩の質問も虚しく、星野先輩は首を横に振るだけだった。
「すまんな。一人一人聞いてみたんだが、情報は手に入らなかった」
「気にしないで。そう簡単に分かったら誰も七不思議に苦労したり怯えたりしないわ。私達も似たようなもんだし」
「となると昨日も?」
「ええ。理科室に行ってみたけど、何も手掛かりは見つからなかった」
星野先輩にならい、理科室での調査の結果を報告する伊賀先輩。
「人体模型に違和感はなし、か」
「あなたも他に人体模型があるとか聞いたことある?」
「ないな。というか、学校に人体模型が何体もあるわけないだろ。使い道がないのに」
「そうよね~」
「今の人体模型は新しいのと前のを交換したやつで、古いのがどこかに保管してるとかはないですか?」
別の人体模型がある可能性として七瀬さんの意見は当てはまるが、交換したのであれば古いのは処分するだろ、という星野先輩の意見も当然だった。
互いにそれらしい結果を持ち寄ることが出来ず、気まずい空気が漂う。
「あら、どうしたのあなたたち? 暗い顔して」
輪の外から聞こえた女性の声。振り向くと、黒のスーツに身を包んだ見慣れた姿があり、明里が声を返した。
「あっ、イケちゃん先生」
「先生をちゃん付けで呼ぶのは止めなさいと言ってるでしょ、峰岸さん」
「女子が暗い顔をするもんじゃないわよ。幸せが逃げるから」
「幸せが逃げる?」
「そう。暗い気持ちのある人間の所に幸せは寄りもしない。笑顔がある人間の所にしか近付かないものよ。せっかく近付くチャンスがあっても、自分の手の届く距離に来なければ掴めるもんも掴めないわ」
「へ~」
「なるほど~」
「さすが。彼氏いない人間の台詞は重みが違うね!」
「おっと峰岸さんの首に幸せが!」
瞬時に背後に回った池月先生が明里の首を絞める。
「まったく。触れて欲しくない部分を」
「でも、先生美人なのに彼氏いないの不思議だよね」
「分かる。男子の中には彼氏いないからマジで狙ってる人もいるとか」
「本当に? でも困るわ~。生徒との恋愛なんて禁断中の禁断……『先生、好きです! 付き合ってください!』『ダメよ。教師と生徒は付き合えないのよ』『それが何です! 俺のこの想いは本物なんです!』『早く帰りなさい。もう下校時間は過ぎて――』『先生!』『アァン!』」
始まったよ……と全員が思っただろう。
池月先生はルックスは問題ないのだが、今のような妄想癖があるのだ。しかも、学生の頃は演劇部に所属していたらしく、今も二役をこなしていたがクオリティが無駄に高い。彼氏がいないのはそこに原因があるのではなかろうか。
「禁断の恋……燃えるわ。いや、萌える!」
「先生、その辺にしてよ」
「……あっ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃった」
「夢中にならないでよ」
「それで、あなたたちは何で暗い顔をしてたの?」
妄想モードから一転。教師の池月先生に戻ると相談に乗る体勢を取ってきた。
「そうだ。イケちゃん先生にも聞いてみようよ」
「ええ? 知ってるかな?」
「学園の人間だし、知ってるんじゃない?」
「教師はそういうの疎いだろ。聞くだけ無駄だ」
「何の話?」
「学園七不思議」
「学園七不思議? ああ、知ってるわよ」
「ほら~」
「そっか~。やっぱり知らないか~」
「だから聞くだけ無駄……」
……。
……あれぇぇぇ!?
「イケちゃん先生、知ってるの!?」
「知ってるわよ。あれでしょ? 【事故デ死ンダ部員ガイマモプールデ練習シテイル】とか」
「そう! でも何で?」
「職員会議にも挙がったからね。生徒達の間でこんな噂が広まってる、って」
教師の耳にも七不思議が? しかも、会議にも挙げられたということは、夜に見回りや施錠の強化が成されるのでは? そうなれば、調査の妨げになりかねない!?
私はピンチなのかもと思い、先生に恐る恐る尋ねてみた。
「そ、それで会議ではどんな話を?」
「別に大した事はないわ。また始まったな~、って感じで少し話題になっただけ」
あれ? 意外にもあっけらかんとしてる?
「先生。また、とは?」
「ああ。あなたたちの言う七不思議は毎年の恒例みたいになってるのよ。必ず生徒達の間で持ち上がるから」
「そんなお祭りみたいに言わないでくださいよ」
「教師の立場からすれば似たような感じよ。でも、私の頃はここまでじゃなかったかな」
「私の頃?」
「言ってなかったっけ? 私、この白峰学園のOGよ」
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