上書きは慎重に

 その日の夜。


 私達は昨日と同様に白峰学園の校舎に侵入していた。一度クリアしたからか、正門から昇降口、そして中へはスムーズに運べた。


「き、今日は順調ですね」

「二回目だからね。もう侵入ルートも決まってるし。慣れたんじゃない?」

「慣れって怖いわね~」

「なるほど。人が次々と悪巧みに手を染めるのはこうやって慣れるからか」

「いや、その表現やめてよ。まるで私達が犯罪者じゃない」

「犯罪者だろ。今俺達がやってるのは立派な不法侵入だ」

「これは調査! 別に悪いことをしようとして侵入しているわけじゃない!」


 とは言いつつも、屈んで足音を忍ばせ、こそこそ見つからないように進む私達はまさに犯罪者のソレだろう。自分は犯罪者では決してないと何度も言い聞かせる。


「今日は【理科室ノ人体模型ガ廊下ヲ駆ケ回ッタ】を調べるんですよね?」

「うん。時間があれば他のにも行きたいけど……」

「な、何があるか分かりませんもんね」

「まずは目の前の一つに集中、ですね」


 良い意味で私達は程よい緊張感に包まれていた。焦り過ぎず、かつ楽観的にならないという理想の状態。テニスなら好プレーが続くだろう。ただ一人を除いて……。


「……」

「明里、どうしたのよ? 黙りこんで」


 明里が珍しく落ち込んでいる。昨日までムードメーカーとして活躍し、その明るさが助けとなっていたのに、今は私の後ろに回りジャージの裾を掴んでいた。


「由衣、私……怖いよ」

「怖いって……」


 本当に怖がっているのだろう、裾を掴む手は強く握られている。


「私、もう帰りたい……」

「私だって怖いわ。でも、やるしかないじゃん」

「だ、だけどさ……頭から離れないんだよ……あの光景が……」


 あの光景。それは桜の木の所で見た幽霊のことだろう。明里は未だに脳裏に焼き付いて払拭できていない様子だ。


 私も忘れたわけではない。最初に幽霊を発見したのは私だ。ブルブルと体を震わせ言葉も発っせなかった。今でも思い返せば体が震えそうだ。でも、神島先輩のように逃げてばかりじゃいられない。


「大丈夫よ。皆がいるんだから」

「で、でも由衣、私……」

「一人だけで怖い思いはさせない。私達は一蓮托生よ」

「由衣……」


 親友の明里が怖がっている。なら、私が明里を励まさなくては。相手が困っているのならそこに手を差し伸べる。それが親友だ。


「明里、私は絶対に離れないから。明里の傍にいる」

「で、でもさ由衣!」

「大丈夫よ。セイタン部に不可能はない」

「私、由衣が噛まれてゾンビになったらイヤだよ!」

「噛まれないわよ。ゾンビになんてなら、な、い……」


 んん? ゾンビ? 何の話だ?


「明里、今から行くのは理科室の人体模型だよ? ゾンビ関係ないわよ?」

「今日、人体模型がゾンビという説を俺が挙げたな」


 蜷川が挙げたゾンビ説。たしかに出たが、まさか明里はそれを信じているのだろうか。


 だが、指を合わせ恥ずかしそうに説明する明里の内容はもっとマヌケだった。


「そ、その……実はね……昨日の一件でちょっと怖くなって、私なりに対策を考えたの」

「へ~。どんな?」

「簡単に言うと、恐怖を減らそうとしたの」

「減らす、って?」

「いや~、幽霊の怖さを可愛く見せるように、ここに来る前にホラー系映画をYouTubeで観てきたんだよ。幽霊よりもっと怖いのを見れば治まるんじゃないかと思って」


 なるほど、比較対象を作り上げて恐怖を塗り替えるわけね。そうすることで本来の対象への恐怖を軽減させる、と。


「うんうん」

「そしたら……ね」

「うん」

「ホラー映画が思ってた以上に怖くて今も頭から離れない……」


 ……。

 ……。


 逆効果ぁぁぁ! 減らすどころか別の恐怖が上書きされてるじゃねぇかぁぁぁ! 何してんだあんたぁぁぁ!


「由衣、私怖いよ~!」

「うっせい! 自分でどうにかしろ! 心配した私がバカだったわ!」

「だって、窓割ってゾンビが突然現れたり、集団で襲って来るんだよ!? あのシーン見たら誰だって怖くなるよ! あの光景はトラウマになりかねないよ!」

「あの光景って映画のシーンかい!」

「仲間が銃で応戦しても襲われて肉を喰いちぎられるんだよ!? 腕なんかもぎ取られて、ゾンビ達がそれに群がったりさ!」

「やめろぉぉぉ! イメージさせるなぁぁぁ! 離れろ明里ぃぃぃ!」

「そんな!? さっき離れないって言ってくれたじゃん!」


 抱き付いて来た明里を私は引き剥がそうと試みるが、がっちりホールドされて動きづらい。


「明里ちゃんがいると飽きないわね~」

「な、なんかホッ、としますね」

「そんな~。えへへ」

「明里、これはたぶん誉めてないから!」

「それで峰岸、桜の木の幽霊はまだ怖いか?」

「へっ? あんなん全然。もうへっちゃら。ライオンとトイプードルぐらいの差で可愛く見えちゃう」

「なら効果はあったな」

「いやいや! 余計な効果が出てるじゃん!」

「由衣~、私の頭からあのシーン取って~!」


 ああもう! 何でいつもこうあんたはめんどくさいこと起こしてくれるのよ!


「堀田。ちゃんと面倒見てやれよ」

「何で私が!?」

「『一人だけで怖い思いはさせない。私達は一蓮托生よ。キュンキュン』だったな?」

「キュンキュンなんて言ってないわ!」


 とはいえ、大部分は間違いないのでこれ以上反論のしようがない。


「さぁて、堀田先生。友情の見せ所だぞ」


 蜷川の台詞で見上げると、気付けば私達は理科室の前まで辿り着いていた。何を感じ取っているのか、皆が両側に身を引いて私がドアを開けるのを待ち望んでいる。


「さぁ、由衣ちゃん。ガンバ!」

「よ、よろしくお願いします!」

「由衣~、私を守って~!」

「いい加減離れなさい! 撃ち抜くわよ!」

「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ! by ルルーシュ」

「ルルーシュ、って誰だ!」


 えぇい、開けてやろうじゃないか。私にもしものことがあったら全員祟ってやるからな!


 私は全力でドアを開け、豪快な音が闇の学校に響き渡った。

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