協力
「早急に、ね。簡単に言ってくれるわ」
「それがお前達セイタン部の仕事だろう」
「それは分かってるわ。こっちだってもう動いているし」
「ほう。それで、何か分かったのか?」
伊賀先輩は私達が昨日の夜に学校に侵入して調べた事を報告する。
「ははっ。不法侵入じゃないか」
「しょうがないでしょ。調査させてくれと言って学校が協力してくれるわけないんだから」
「だろうな。私も逆の立場なら同じことをする」
「堀田さん、排水溝よじ登るとかよくやったね」
「ごめん、そこはスルーして」
七不思議とは関係なく、かつ思い出したくない内容なので全力で回避する。
「音楽室の泣き声はただの空気の音として、問題は桜の木の件だな」
「本当に幽霊が出たん……ですよね?」
恐る恐るというように七瀬さんが聞く。その横で神島先輩は口許に両手を添えて、今にも泣きそうなほど目を潤ませていた。
「幽霊かどうかは分からない。暗くてシルエットにしか見えなかったから、人だったかもしれない」
「そんな夜に一人でですか? 何のために?」
「今は分からないわ。もしかしたら、この人影が桜の木の不思議の答えかもしれないし。次は突き止めてみせる」
「すぐに駆け付ければ次とは言わずにその時点で正体を暴けたものを。セイタン部はビビリの集まりだな」
「ビビリじゃありません! ちょっと心の準備に時間が掛かってタイミングを逃しただけです!」
明里は反論したつもりだろうが、一字一句がビビリの代名詞なので立場が無い。
「それで、また桜の木を調べるのか?」
「もちろん。でも、まずは他のからやってく予定」
「後回しかよ。やっぱビビってるんじゃないのか?」
「先に解決できるものから潰していって、残ったものは後でもう一度取り掛かる方が効率がいいからよ。この七不思議は二週間という期限がある。一つの不思議に構いすぎて他は間に合いませんでしたじゃ話にならないわ」
ビビリとまたバカにされるかと思いきや、伊賀先輩のその台詞に星野先輩はたしかに、と納得した。
「となれば、だ。今夜も侵入するつもりか?」
「もちろんそのつもりよ」
「なら、私達も参加させてもらおうか」
予想外だったのだろう、星野先輩の言葉に七瀬さんと神島先輩が慌てて目を開く。
「先輩、マジですか!?」
「わ、私はイヤよ!」
「アホかお前ら。この七不思議は他人に解決してもらうだけじゃ意味ないんだろ。自分でそれを見つけなきゃ呪いは解除できないんじゃなかったのか?」
「そ、そうですけど……」
「だったらどの道、私達は七不思議を回らなきゃならない。早いか遅いかの違いだけだ。そうだろ?」
頭では理解している。だが、やはり怖さが勝るのだろう。二人は尻込みして私達と共に参加する提案に頭を縦に振らない。
「イ、イヤ……」
「神島」
「私は絶対行かない!」
バンッ、とテーブルを叩き、完全な拒絶を示した。突然の音に、勉強中である生徒からの冷たい視線がこちらに集中する。
「七不思議は何が起こるか分からないのよ!? そこで呪いが降り掛かったらどうするの!? セイタン部に全部答えを見つけてもらって、それから回ればいいじゃない! 何で未解決の不思議に私が付き添わなきゃいけないのよ!」
神島先輩の物言いに、私はカチンときた。
たしかに、私達は依頼を受けた側。それを解決して依頼人に報告するのが仕事だ。しかし、危険を省みず挑んでいる私達に全て押し付けて、自分は何もしないという姿勢は身勝手すぎる。
かつて私も前にセイタン部に依頼した際、蜷川に仕事を押し付けようとしたことがあった。声を聞くだけで嘘か真実かを判断できる蜷川の特技。これを駆使すれば簡単に犯人の絞り出しができる、全部蜷川にやってもらえばいい、と。
だが、これは依頼人としてあるまじき行為だ。依頼したからといって自分は何もしなくていいわけではない。解決して欲しいのは自分であって、セイタン部はあくまで代行なのだ。お願いをしているという立場を忘れてはいけない。
星野先輩の姿は以前の私を見ているようで、先輩とはいえ正してやりたくなる。
「でも神島先輩、星野先輩の言うことも一理あります。それに、呪いをそのままにしておくともっと危険に」
「イヤ! 私は――」
「神島!」
声と共にパンッ、という乾いた音が響く。目の前で星野先輩が神島先輩の頬を平手で叩いたのだ。
「神島、いい加減にしろ」
「だ、だって――」
「だってもクソもない。お前は何でそうやってすぐ逃げようとする。その逃げ腰がこの前の試合の結果になったんじゃないのか、あん?」
「……」
「攻めるべき所で攻めない。相手がちょっと強気なプレイをすると途端に守りに入る。結果、そのまま押され続けて負けたんだろうが。監督にも言われただろ。その受け身の気持ちをどうにかしろ、と」
「テ、テニスとは関係ないでしょ……」
「大ありだ。普段逃げ腰のヤツが試合の時だけ強気になれるか。今のお前は、試合の時の攻められた姿と何も変わらないぞ。このまま変わらないつもりか?」
俯く神島先輩。思うところがあるのだろうか、その表情には悔しさや辛さが窺える。
「星野先輩、叩くのはやりすぎじゃないですか?」
「そうかな? 私は間違ったことはしていないつもりだぞ、七瀬」
「まあ、今のは私もあなたに同感するけど」
「ふ~ん。伊賀、お前も人を叩いたりしたことあるのか?」
「さあ、どうかしら?」
すっとぼける伊賀先輩だが、私は頬に熱が籠るのを感じ、触れそうになるのを堪えた。
「こちらとしては貴方達三人が共に行動することに異議はないわ。ただ、その前にこちらからもお願いしたいことがあるわ」
「何だ?」
「七不思議の呪いを受けたという部員から話を聞いてもらいたいの。それぞれどの七不思議を経験したのか、噂以外の七不思議について何か耳にしていないか、とかを」
「なるほど。情報を集めろというわけか」
「本当はこっちも情報を集めようとしてたけど、こうやって全員集まれたわけだし、お互いに分担するのはどう?」
「私は異論なしだ。七瀬はどうだ?」
「私もいいですよ」
「神島は?」
「……やるわ」
同意を受けたので、セイタン部はこれまで通り夜に七不思議へ、七瀬さん達は情報収集という形で取り掛かることになった。
「そうね……週末の金曜日の夜、また集合というのはどうかしら?」
「いいだろう。場所とかの連絡はどうする?」
「七瀬さんとは出来るけど、一応あなたのも教えてくれる?」
「分かった」
伊賀先輩と星野先輩がスマホを取り出し、互いに登録を済ませる。
「じゃあ、今日はこれで解散にしましょうか」
「ああ。私達も部活に戻る」
「悪いわね。部活の最中に」
「気にするな。その分は別の日に補う」
全員で椅子から立ち上がり、入り口に向かって固まって歩き出す。私の後ろには神島先輩がいたが、ボソッ、と呟いた。
「何よ。別に叩くまですることないじゃない。キャプテンだからって調子に乗らないでよね」
叩かれたことを根に持っているのだろう、独り言のように星野先輩への不満を漏らす。他の人には届いていないだろうが、すぐ前にいる私にははっきりと聞こえる。それがきっかけになったのか、内容が徐々に普段の不満へと変わっていった。
誰にでも不満やストレスはある。それを愚痴るのは別に悪いわけではない。私だって明里とよく互いにくだらないことで文句を言い合ってる。ただ、それは聞かせる相手がいる前提であり共感を求めている場合だ。こちらが聞きたくもなく、相手も誰かに聞いてもらうわけでもない独り言の内容を不本意に聞こえてしまった時はどうにも気分が悪くなる。
嫌なものを聞いてしまったと溜め息が出そうになったが、次の言葉に一瞬息をするのを忘れてしまう。
「いつか痛い目に遭えばいいわ。いっそのこと、呪いを受ければいい」
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