本性を出した呪い
なにはともあれ、これで一つ目の七不思議は解決した。呪いというわりには大した答えではなく、結果みんなの緊張は和らいだようだ。それにより、もう一つの七不思議に行ってみようという流れになった。
「次はどれに行こうか」
「理科室なんてどうですか?」
「お、屋上の鬼も気になります!」
「私は桜の木の首吊りが気になるのよね~」
学園に侵入する前の不安と恐怖はどこへやら。まるでテーマパークのどのエリアに行こうかというノリで会話が進む。私も少なからず七不思議に対する恐怖が萎んでいた。
考えれば、今時呪いなんてあるわけないわよね。蜷川の推理みたいに、所詮は何かの偶然が重なったことによる事象。深く考えるだけ無駄かも。
この調子ならトントン拍子で解決できそう。そんな楽観的な気持ちを抱いていた。
「由衣ちゃんは何か希望ある?」
「そうですね……私も桜の木の首吊りが気になります」
「おっ、いいね」
「じ、じゃあそれで決めますか?」
「賛成~!」
異論もなく、次は【中央広場ノ桜ノ木ニデジョシセイトノ首吊リ死体ガブラ下ガッテイタ】に決まり、早速私達はその場所へと向かい出す。
中央広場はその名の通り、校舎の中央に位置する広場のことだ。丘のように少し盛り上がっており、綺麗に手入れされて一定の長さに切り揃えられた青い芝。回りにはベンチが並び、昼休みには多くの生徒が横になったりお喋りをする憩いの場になっている。
その丘の頂点。そこには学園で唯一植えられている桜の木が丘の主のように聳え立っていた。今は冬に向けて葉が散り始めているが、春になれば卒業者を見送り、新入生には出迎える満開の桜を見せてくれる。
私もこの白峰学園に入学した時は、母とこの場に赴き記念に写真を撮った。晴れ舞台に赴いた場所が、まさか七不思議の呪いの場でもあるなんて思いもしなかった。
「次はどんな答えかな~?」
「どうせ何かの影が首を吊った人に見えたとか、そんなんじゃない?」
「あ、ありえそうですね」
階段を降りながら、まだ到着もしていないのにあれこれと答えを予想し合っている私達。
「本当に首を吊った女子生徒だったらどうする?」
「や、やめてよ明里。縁起でもない」
「ウソウソ。そんなんあるわけないじゃん」
「も~う、明里ちゃんはいじわるね」
あははは、と冗談と笑いを交え目的地へ向かいながら、私はふと窓へ目を向けた。
ちょうど三階から二階へ降りる階段に差し掛かり、折り返しの所には窓がある。そこからは中央広場の一角が覗けるので、私は無意識に目を向けてみた。ただそれだけだったのだが……。
……えっ?
私は自分の目を疑った。見間違いかと思い、目を擦ってもう一度中央広場を見る。
だ、誰か……いる……?
見間違いではなかった。たしかに中央広場の前に人影がある。暗いのではっきりとは見えないが、人がいるのが確認できた。
「どうした、堀田。立ち止まって」
私の後ろを歩いていた蜷川が声を掛けてくるが、私は驚きのせいで返事をするどころか中央広場から目が離せず固まったまま。その様子を見た蜷川も窓から覗く。
「中央広場に誰かいるな」
「み、蜷川も見えた?」
「ああ。お前の錯覚でもなんでもない。堀田、伏せろ」
蜷川のその指示に私は慌てて従う。
「どうしたの、二人共?」
先に二階へ降りた伊賀先輩が、付いて来ずにしゃがみこんでいる私と蜷川に声を掛けた。
「中央広場に誰かいるんだ」
「嘘!?」
「本当に!?」
「ああ。屈んでここから覗いてみろ」
言われて伊賀先輩達も窓により、ゆっくり際から覗いた。
「たしかに、誰かいるわね」
「何で? 私達以外は誰もいないはずだよね?」
「そのはずだけど……」
「だだ、誰ですか?」
「暗くてよく分からないわ」
「ま、まさか……女子生徒の幽霊?」
明里のその一言に、場に緊張が一気に張りつめる。もう先程の明るさはどこかに吹き飛んでしまった。
わ、私は見てはいけないものを見てしまったのでは……?
形容しがたい恐怖に包まれ、私の体はガクガクと震え出す。そんな私の肩に伊賀先輩が優しく手を置いた。
「由衣ちゃん、大丈夫よ」
「い、伊賀先輩……」
「見たのは由衣ちゃんだけじゃない。私達も見てる。だから、自分だけで抱え込まないで」
たしかに、確認したのは私だけではなく全員が見ている。幽霊を見て大丈夫というわけではないが、一人だけではないという状況は恐怖をいくらか和らげてくれた。
「ど、どうしましょう?」
「決まってる。中央広場に行くぞ」
「えぇ!?」
蜷川がとんでもない発言をした。
「い、イヤよ。私は無理」
「何言ってんだ。俺達は七不思議の呪いを調べに来たんだろうが」
「そ、そうだけど」
「ここは一旦体制を整えてからでも……」
「そんな悠長に言っていられるのか? 音楽室の不思議を経験した以上、俺達に選択肢はない」
そうだった。私達はもう後戻りは出来ないところまで来ている。恐怖から逃げて、最後に待ち受けるのは自分の身に危険が振り掛かるだけだ。
「行くしかないわね」
「こ、根性!」
「わ、私も頑張ります!」
「堀田、お前は?」
「……大丈夫、行くわ」
全員で覚悟を決めると、気配を殺すように静かにゆっくりと中央広場へと向かい出す。
中央広場へは昇降口から出て左に行くと渡り廊下があり、そこを抜けるとすぐの所にある。先ほどの窓からは一角が見えたが、一階に降りればこの渡り廊下を抜けるまでは丘は見えない。
昇降口に出た私達はより歩幅を狭めて、気配を殺すように忍び寄る。足音を立てようものなら幽霊に気付かれ、もしかしたら襲われるかもしれないのだ。もちろん、懐中電灯の明かりも消している。
渡り廊下まで近付いた私達は塀に身を隠すように屈む。先頭には蜷川がいて、手を使って皆に動かないよう指示を出している。ようやく男らしい行動をし、その背中がいつもより頼もしく見えた。
蜷川はタイミングを図っているのか、中々中央広場を覗こうとする気配がない。すると、後ろにいる伊賀先輩が蜷川の肩を叩き、何やら手で指示を出した。
「……」
「……」
「……!?」
「……っ!」
「~~~!」
「~~~!」
まるで手話のように指を色々な形に変えて意思疏通を図る二人。何を語っているのかはさっぱり分からないが、表情が険しいので重要な内容なのだろう。
さすが幼馴染みというのだろうか、やり取りが自然で慣れている。その光景は二人の絆を象徴しているようで納得できたが、私はなぜか胸の中でモヤモヤするのを感じた。
ようやく話が着いたのか、蜷川が諦めたように溜め息を吐くと伊賀先輩から懐中電灯を受け取る。そして、体勢を整えると一気に立ち上がり、中央広場に向かって明かりを飛ばした。
「……誰もいない」
蜷川のその声に私達も立ち上がり、中央広場へと目を向けた。明かりの先には見慣れた丘があり、先ほどいた幽霊の姿はどこにもなかった。
「いないね」
「き、消えたのでしょうか?」
各々が自分の懐中電灯を取り出し、丘に近付きながら照らす。私も辺りを見るが、私達以外の気配が感じられない。七不思議になっている桜の木にも明かりを向けるが、何かがぶら下がっている様子もなかった。
「さっき見たのは女子生徒の幽霊が首を吊る前かと思ったが、そうじゃないらしいな」
「目撃してから来るのが遅すぎたとか?」
「時間が限られたパターンか。その可能性もあるかもな」
蜷川と伊賀先輩が冷静に状況分析を始め、りっちゃんは問題の桜の木に近付いて調査をする。私と明里はそれどころではなく、互いに体を寄せて三人の様子を眺めるしか出来なかった。
「りっちゃん、何かあった?」
「な、何もありません」
「ふむ。これは面白い不思議だな」
「ど、どこが面白いのよ! 怖いだけじゃない!」
興味が沸いたのか蜷川の表情はどこか楽しそうだ。
「正直、音楽室の一件で興味は失せていたんだがな。やはり謎はそう簡単に解けてはつまらん」
「何言ってるのよ! 呪いが解けなきゃ私達の身に危険が迫るのよ!?」
「だから呪いなんだろ。そう易々と解ける呪いが強力なわけがない。それに、これは良い機会になった」
「何が!」
「七不思議に対する姿勢だよ。俺達はやはりどこか甘く見ていた部分があった。だが、これで否が応にも真剣に取り組まざるをえなくなった」
そうだ。私達は呪いと立ち向かいに来ているんだ。覚悟を持って挑んだはずだが、あっさりと解けた音楽室の一件で気が緩んでしまっていたのかもしれない。
蜷川のその言葉が重くのし掛かり、周りの闇も相まって私達はその場から身動きが出来なかった。そして、呪いを助長するかのように冷たい風が静かに凪いだ。
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