“めい”推理

 音楽室へと戻ると、明里がグランドピアノを入念に調べていたので声を掛けてみた。


「どう? 何か見つかった?」

「何にも~。ただのピアノだね」


 諦めたのか鍵盤の蓋を開くと、明里が指を下ろしポーン、と滑らかな音色が鳴った。


「てっきりピアノのどこかに破損があって、そのせいで音色が漏れて声みたいに聞こえるのかな~、とか思ったんだけど、別に何もないや。そっちはどうだった?」

「こっちも特になし」


 どうやら明里達の方も目ぼしいものはなかったらしく、伊賀先輩の集合の声で黒板前に一度集まった。


「手掛かりはなさそうね」

「ですね~」

「わ、私も……」


 成果が上げられなかった私達は唸る。蜷川は準備室のドアに貼られてるポスターを眺めていた。


「啜り泣く声、って言うぐらいだから何か音が鳴るものよね」

「は、はい。私もそう思って窓とか調べてみたんですが、全部閉められてました」

「ああ、隙間風が声みたいに聞こえる、ってやつ」


 大抵、そういった声の正体は風によるものが多い。


「開いてないんじゃ音が鳴りようもないよね」

「準備室の窓は開いてましたけどね」

「啜り泣くような音しなかった?」

「しなかったね。無音、というか無風か」


 窓は開いていたものの、音が鳴るには入り込む風は弱かっただろう。


「由衣、他に何かなかった?」

「なかったわ」

「本当? プレイヤーがあったとかさ」

「プレイヤー?」

「前に授業であったじゃん。先生がCDプレイヤーだして曲を聴かせてさ、何の楽器が使われているのかを当てる、ってやつ」

「ああ、やったね。でも、プレイヤーなんてなかったですよね?」

「なかったね」


 一応伊賀先輩にも確認したが、見落としたということもなかった。


「なんだ~。プレイヤーが急に動いてそこから女の啜り泣く声が出てるんじゃないかと思ったんだけどな~」


 ガッカリする明里。


 なるほど、たしかにそれなら答えとして成り立つ……いや待て、それが答えだったら怖いよ。本物のホラーじゃない。


「由衣、他になかった?」

「だからないってば。何で私ばっかり聞くのよ」

「いや~、由衣なら何か発見してるんじゃないかと」

「ないってば。見つけたとしてもトランペットぐらいだし」

「トランペット?」

「窓際のデスクの上にトランペットが置いてあったのよ。誰かの私物だと思うけど」

「窓際……トランペット……」


 明里は何かに引っ掛かったのか、顎に手を当ててウロウロ歩き始めた。


 何だろう。明里にしては珍しく真剣に考えてる。この真剣な顔は前に行った喫茶店で、ショートケーキかチョコレートケーキかを選ぶのに迷っていた以来だ。


「……分かった! 私、分かっちゃった!」


 しばらくすると、満面の笑顔で明里が跳び跳ねた。


「何が?」

「啜り泣く声の正体だよ!」

「えぇ、本当に!?」


 なんと。明里が啜り泣く声の謎を解き明かしたと発言した。


「ふっふっふ。これは名推理と言わざるをえないね」

「なになに? 早く言ってよ」

「まあそう慌てなさんな由衣トン君」


 誰が由衣トンだ。ワトソンでいいだろ。無理やり私の名前と混ぜるな。


「おっほん。啜り泣く声の正体……それはトランペットの音だよ!」

「トランペットの音?」

「そう。由衣、トランペットはどんな楽器?」

「どんなって……息を吹き掛けて鳴らす楽器でしょ?」

「そう。トランペットはバルブの部分に口から吐く息で音を鳴らす。つまり、そこから空気の流れを送ることで音を鳴らす楽器ということ」

「まあ、そうね」


 それぐらいは私も知ってる。息を吹き掛け指でボタンのような部分、たしかピストンと言ったか、を押すことで音色を変えられる。一見簡単そうに見えるが、意外と難しい楽器らしい。


 明里はトランペットの音というが、無造作に置いてあるだけで私も伊賀先輩も触っておらず、もちろん他の誰かが吹いていたわけでもない。


「それから、さっき由衣は言ったよね。トランペットは窓際のデスクの上に置いてあった、って」

「うん、あったよ」

「そして窓は開いていた……なら、答えは一つ!」

「それは?」

「窓が開いていたということは風が入り込むということ。つまり、!」

「あっ!」


 明里の見事な推理に私は驚きを隠せなかった。


 そうだ。たしかに窓は開いていて、弱くではあるが風も吹いていた。トランペットはその目の前。息の代わりに風が入って音色を奏でる。弱い風だから小さな音しか出ず、それが啜り泣く声の様に聞こえた。明里の推理はまさにドンピシャだった。


 私は十分な手掛かりを手に入れていながらこの答えに気付かなかった。少し悔しい気持ちをあるが、今は明里の活躍を褒め称えるべきだろう。


「明里、すごいじゃない」

「ふっふ~ん。明里名探偵と呼びなさい」

「よっ、明里名探偵!」

「いや~、それほどでも~」

「いえ~い!」

「いえ~い!」


 私と明里は謎を解き明かした事に舞い上がってハイタッチを繰り広げる。


「俺も今新たな発見をした」

「なになに?」

「バカ二人」

「二人って?」

「お前とお前」


 蜷川が私と明里を指差す。


「はぁ~? バカとは何よバカとは」

「バカはバカだ。頓珍漢な推理で解決したと勘違いしているヤツをバカと呼ばずに何と呼ぶ」

「えっ? 私の推理間違ってる?」

「大外れだ。水樹奈々の声を聞いて野沢雅子と言うくらい大外れだな」


 何だその例えは。別人じゃな……ああ、それだけ外れてる、って意味か。


「何でよ。私はおかしい所なんてないと思うんだけど」

「間違いに気付いていないからからバカだと言っている」

「さっきからバカバカとうるさいわね。だったら、何が間違いか言ってみなさいよ」


 そう言うと蜷川は準備室に入り、戻ってきた時には私が見たトランペットを持っていた。


「いいか? トランペットは演奏するのに、最初に覚えることは何か知ってるか?」

「え~と、指使い?」

「違う。息だよ」

「息?」

「さっき言ったみたいに、トランペットはこのバルブ部分に口を付け、そこから息を吹いて鳴らす。だが、ただ息を吹くだけじゃ鳴らない。音を鳴らすには直線的な息を出さなきゃならないんだ」


 直線的な息?


「トランペットを鳴らすコツは、頬を膨らまさず口をすぼめて息を吐く。このバルブだけに集中して息が通るようにしなくてはならないんだ。初心者はまず息の吹き方を習う。それだけ息、つまり空気の流れに敏感な楽器なんだ」

「そうなの?」

「ああ。そんな楽器がただの風で音が鳴るか?」

「そんなの分からないじゃない」

「だったらやってみろ。こいつを振り回してみてな」

「よ~し……うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃぁぁぁ!」


 蜷川から受け取った明里がトランペットのバルブに風が入るようにぐるぐる回し始めた。しかし、微かな音すら鳴らない。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……か、肩がもげる~」

「音は出たか?」

「ま、まったく……」

「これが答えだ。トランペットの仕組みぐらい知ってると思ったんだが、そこまで二人がバカとはな」

「だ、だったらあんたはどうなのよ! 自分は謎は解けたとでも言うのか!」


 見事に看破されたとはいえ、哀れむような目で見下す蜷川に悔しかった私は突っかかる。


「無論だな」

「ほ~らみなさい。あんただって解けて……って解けたの!?」


 驚く私を置いて、蜷川は準備室のドアの傍へ歩くと親指で差した。


「これが答えだ」


 皆で近付いてドアを見る。しかし、ポスターが貼られているだけでどこにも不自然な箇所は見つからない。


「ポスターを捲ってみろ」


 言われた通りに下の部分を捲る。すると、丸く穴が開いた部分が見つかった。


「至極単純な答えだ。ここの穴から空気が通り、音が出る」

「こんな小さな穴で? うっそだ~」


 半信半疑の明里と私だったが、蜷川がポスターを剥がしドアを少し強めに開閉すると『ヒュ……ヒッ……ヒッ……』という、まさにそれは啜り泣くような音が聞こえてきた。


「開け閉めもそうだが、実際は隣の準備室との温度差の関係で空気が流れて音が鳴っていた可能性もある」

「なるほど。空気は温かい所から冷たい方へ流れるのよね。音楽室の方は授業で暖房を利かすけど準備室は基本そのまま」

「静の言う通りだ。誰かが音楽室のドアを開けると空気は動き、その際に鳴る」

「で、でもポスターが貼ってありますよね?」

「元々は中央に張ってあったのを位置を変えたんだろう。真ん中にテープの痕がある。生徒の誰かが穴を開けてしまい、隠すようにポスターをずらして隠した」


 やっぱり七不思議なんてそんなもんか、と伊賀先輩が拍子抜けな表情と言葉を口にする。りっちゃんはどこか残念そうではあったが、かといって意外な結果という驚きはなく予想していたように平然としていた。


 私と明里はというと……。


「……」

「……」


 自信満々に言ったにも関わらず、全くの見当外れな推理を披露したことに対する恥ずかしさに顔を隠して立ち尽くす。


「……明里ちゃん、由衣ちゃん。内容はどうあれ、推理することは間違いじゃないから」


 やめてぇぇぇ! この状況で慰めは余計に羞恥心を上げるからぁぁぁ!

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