いざ音楽室へ

 蜷川のアホのせいで少し遅れたが、私達は目的地である音楽室に辿り着いた。いよいよ七不思議に突入する。その緊張からか、皆入り口の前で立ち尽くしていた。


 誰が最初に行く?

 誰が開ける?


 たぶん同じ考えを持っているのだろう。言葉には出さずとも、醸し出す雰囲気がそれを物語っていた。


「よし、行け蜷川」

「俺かよ。お前が行けよ堀田」

「女の子に先頭を任せる気?」

「何だ? ビビってるのか?」


 ビビビビビってるわけないでしょ! わわわわ私はあんたに華をももも持たせようとしてるのよ!


「大丈夫よ、由衣ちゃん。祐一が行くから」

「だから何で俺が――」

「軍曹! 命令だ! 扉を開けろ!」

「イエッサー、大佐!」


 伊賀先輩の伊藤静ボイス。上官設定で命令すると蜷川はあっさりそれに従い、銃を持ったような仕草で扉を開けて中に入った。


「ふっ、チョロいな」

「伊賀先輩……」

「アニメ声で言えばあいつは従うわよ。これからあいつに何かさせたい時はこうすればいいわ」


 いや、そりゃそうだろうけど……そうなると私は堀江由衣にならなくちゃいけないわけで、やりたくないんだよな~。


「さぁ。一つ目の不思議、解決するわよ」


 伊賀先輩の後ろに続き、私達も音楽室へと足を踏み入れた。


 ※※※※


 音楽室はどこにでもあるような一般的な部屋だ。広々とした空間に正面に黒板、その横に黒のグランドピアノ。歌の発表をするために使う段差が黒板前に置かれている。廊下側の壁には音楽関係のポスターや吹奏楽部の日程が貼られ、後ろにはバッハやら音楽家の顔写真が額縁に入れられ並んでいた。


「隣の部屋は音楽準備室だよね?」


 明里の指差す先には木製の一枚ドア。かなり古いらしく所々傷や色褪せており、曇りガラスの端には近くの文化会館で開かれるポスターが貼られている。その奥の準備室には、楽譜や楽器の保管室として使用されているはずだ。


「時間もないしさっそく始めるわよ。部屋は二つあるし、まずは二手に別れて捜索してみましょう」

「そうですね」

「了解~!」


 グーとパーで組を決めると、私と伊賀先輩、明里とりっちゃんと蜷川の組み合わせとなり、私と伊賀先輩は音楽準備室を担当することになった。声を掛け合った後、私と伊賀先輩は扉に手を掛け静かに開くと中に入る。


 薄暗くて完全には把握できないが、思ったより中は広かった。部屋の中央には大きめの作業台が鎮座し、窓の方にはデスク。換気のためか窓は少し開いており、微かに花柄の緑色のカーテンが揺れている。デスクの上には誰かの私物かトランペットがケースの上に置かれていた。壁際にはスライド式の棚が三つ並び中には音楽関係の本らしき物が収納されている。


「へ~、準備室ってこんな感じだったんですね」

「あれ、由衣ちゃん入ったことなかったの?」

「ないですね。想像では床から大量の楽譜が積まれててたり、楽器も乱雑に置かれてもっと汚いと思ってたんですが、意外に綺麗に整理されてますね」

「今の音楽担当の先生は綺麗好きだからね」

「ええっと、高橋先生でしたよね」


 高橋弓子たかはしゆみこ先生。三十六歳。身長は一五○台前半と小柄で既婚者。小学生の子供が一人いる。ウェーブの掛かったショートヘアーで、小さい丸眼鏡を掛けたのが特徴。音楽担当だからだろうか、ハキハキした声と性格をしていて、生徒との仲も良いと聞く。


「元々は掃除はあまり得意じゃなかったらしいけど、前に旦那さんから貰った結婚指輪を無くして家の中をひっくり返して探した事があったみたい。それから綺麗好きになったとか」

「指輪を……それは大変だったでしょうね」

「無くした絶望をもう味わいたくなくて常に整理整頓には気を付けるようになったんだって」


 常には中々できないな、と私は首を振る。


 私も自分の部屋の整理や掃除をするが、毎日はやらない。だいたい三、四日周期でしている感じだ。別に意図的に汚すつもりはないんだが、気付けば読み終わった本が枕元に積まれ、床には衣類やバッグが散らばっている。それを見て「あ、そろそろするか」と始めていた。


「私も似たような感じかな。なんか逆に汚くないとやる気でないというか」


 自分の習慣を話すと、伊賀先輩も同様だったようだ。


「明里ちゃんは汚いというか、荒れてそうなイメージあるな~」

「先輩、ビンゴです」

「えっ、そうなの?」

「はい。何度か遊びに行ったことあるんですが、なんか統一感がないんです」

「例えば?」

「ベッドは薄緑色なのにカーテンは花柄ピンクで、クッションは青なのに床の絨毯は白黒の市松模様」

「なんか目がチカチカしそうな部屋ね……」


 想像だけであるが、伊賀先輩が目頭を押さえて唸る。明里が言うにはカラフルな部屋にしたいだとか。私も最初はソワソワしていたが、慣れれば何も気にしなくなった。


「逆にりっちゃんはきちんとしてそうですね」

「りっちゃんも綺麗に整頓してるよ。前にセイタン部の集まりで迎えに行ってお邪魔したんだけど、りっちゃんらしい可愛い部屋だった。ぬいぐるみがいっぱいあったわ」


 親や親戚から貰ったものらしく、熊、うさぎ、くじら、鳥と様々な動物のぬいぐるみがあったらしい。部屋の一角に集合していて、飛び込みたい気持ちを抑えたとか。


「蜷川……は汚いんだろうな」


 部屋中に貼られた声優のポスター。棚を占領するアニメのDVD。床にはアニメや声優雑誌。そこにいるだけで鳥肌が立ちそうな部屋が容易に浮かぶ。


「祐一の部屋はシンプルよ。最低限の物しか置いてないし、部屋を見る限り声優オタクとは思えないかも」


 なんですと!?

 

 意外だった。あの蜷川の部屋が普通の男の子部屋らしい。あの蜷川の部屋が? と、私は俄に信じられなかった。


「行ってみたら分かるわよ。行ってみる?」

「いや、別に確認するまでのことでは」

「あら、せっかく口実が出来たのに」

「何の口実ですか?」

「な~んでもな~い」


 口実って何だ? 意外と言えば意外だけど、蜷川の部屋がどうなっていようが別に興味な……ああ、でも普通の男子の部屋って見たことないな。どんななんだろ?


 興味ないと言いながら、私はなぜか蜷川の部屋という舞台が気になり始めた。


「さて、あともう少し調べてみてから他の三人と合流しましょ」

「あっ、はい。分かりました」


 私と伊賀先輩で捜査してみたが、目ぼしいものはついに見つからず準備室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る