友情の光
無事に校舎に侵入した私達は四階にある音楽室を目指す。
誰もいない校舎内は当然明かりは灯っていない。非常経路を示す緑色の明かりのみであり、壁や床、階段はぼんやりとしか認識できず、見慣れた校内とはいえ気を抜けばぶつかったり転んでしまうだろう。
「皆、暗いから懐中電灯を付けて」
伊賀先輩も察知したのか全員に注意を促す。私達はそれに従い懐中電灯を取り出した。
「上や横に向けると窓から光が漏れて気付かれるかもだから、なるべく床に灯してね」
「は~い」
四つの明かりが発生し、床だけとはいえ私達の周りの視界がだいぶ良くなった。
「おほ~、なんか本格的になってきたね」
小声ではあるが、明里の呑気な声が耳に届く。
「明里、楽しむのはいいけど真剣にやってよね。これはきちんとした依頼で、しかも呪いがあるんだから」
「分かってる分かってる」
本当に分かってるのか、明里からは怖さや緊張感を感じ取れない。一方、ホラー系が好きなりっちゃんはというと……。
「……っ! ……っ! ……っ!」
明里と違って真剣な表情ではあるが、鼻息が荒い。
「り、りっちゃん。興奮してる?」
「は、はい……あっ、ご、ごめんなさい。真剣に取り組まなきゃいけないのに」
「いやいや、謝る事はないんだけどさ」
咎めているように聞こえたのかりっちゃんが申し訳なさそうに俯くので、私は慌てて否定する。
「りっちゃんはこういう怖いのが好きなんでしょ?」
「はい」
「やっぱ楽しい?」
「正直に言うと……楽しいです」
「そっか。私はどうも苦手だな」
「普通はそうだと思いますよ」
部活中もりっちゃんとは会話をするが、ここまで互いに話す事は少ない。良い機会だと思い私は話掛け続けた。
「りっちゃんは昔から好きなの?」
「そうですね。小学校の時に図書館で読んだ学校の怪談が面白くて」
「ああ、トイレの花子さんとか?」
「はい。最初は怖かったですけど、読み進めるうちにどんどん興味が沸いてきて」
「不思議だな~、みたいな?」
「いいえ、私も遭遇してみたいな、と」
「遭遇!?」
それは色々危険なんじゃ、と不安に思ったが、その後に続いたりっちゃんの言葉に払拭された。
「私、あまり友達がいなかったですから……」
どこか寂しそうにりっちゃんは呟いた。
「私って引っ込み思案じゃないですか。だから、仲良しな友達がいなかったんです。お話はしますが、放課後一緒に遊んだりしたのは数えるぐらいでした。友達と呼べる友達がいなくて、そのせいか妖怪や幽霊と友達になりたい、なんて思ったりしてました」
階段を上りながら私を始め、皆がりっちゃんの話に耳を傾ける。
「中学、高校と上がっても性格は変わらないままだし、こういうホラー系が好きな人も周りにはあまりいません」
「女子で好きな人はそんなにいないかもね」
「はい。半ば諦めてましたけど、いつか誰かと共通の話題で盛り上がったり、こうして肝試しみたいな事をしたい、というのはずっと思ってましたし、憧れでした」
微かに震えるりっちゃんの言葉。その憧れを今体験していて嬉しいのだろう。
「だから、その、今すごく楽しいです……あっ、もちろん依頼は真剣にやります。なるべく楽しまないようにもしますから」
「楽しんじゃえばいいじゃない」
「えっ?」
「だって憧れてたんでしょ? なら楽しまなきゃ損じゃない」
「そうそう。私もりっちゃんとやれて楽しいもん!」
明里も加わり、りっちゃんに微笑みかける。
「で、でも、堀田さんの言う通りこれは依頼で――」
「楽しむなとは言ってないよ、私。遊び感覚でやるな、って言いたいの」
「うんうん。相手が呪いだからこそこっちは明るくやらないと打ち負けちゃうよ!」
「で、でも……」
「りっちゃん、同じ部員で遠慮はなしよ」
「伊賀先輩……」
振り向きはしないが、背中越しに伊賀先輩が優しく声を掛けてくる。
「私達はもう仲間。そして友達よ。言いたい事を言えるのが友達。遠慮をするという事は、私達のことを信頼してないということよね。もしかしてりっちゃんは友達と思ってくれてないの?」
「そ、そんな! 私は皆さんの事を!」
「だったらどうすればいいかは分かるよね?」
振り向いた伊賀先輩は微笑みながらそう問い掛けた。私も明里も黙ってりっちゃんの言葉を待つ。
「わ、私は……皆さんと一緒に……楽しみたいです!」
りっちゃんの精一杯の我が儘が耳を貫く。
「異論は?」
「当然ないです」
「異議なし!」
迷うことなく私と明里は答えた。
「あ、ありがとう、ございます!」
涙ぐみながらりっちゃんが頭を下げる。
まだ完全には遠いかもしれない。知り合ってからそれほど時間も経っていないのだ。だが、今この場で私達とりっちゃんとの距離が縮まったのは確信できる。
友情はこうして育まれるものなのだ。相手を思いやる気持ちと同時に自分の気持ちもぶつける。それを繰り返すことで友情の絆は固く強くなるのだ。一方向だけでは成長に繋がらない。
やっぱ部活はこうでなくちゃね。互いを認め合い、そして――。
「友情ごっこは終わったか?」
絆の結び付きという、誰もが感動し涙溢れる熱いやり取りに相応しくない蜷川の冷めた台詞が後ろから飛んでくる。
「友情ごっこ、って……あんたねぇ、今のをどう見たらごっこなんて言ギャァァァァァァァ!」
呆れ返りながら振り向いた瞬間、私は悲鳴を上げた。なぜなら、そこには青白い顔が浮かんでいたから。
「ゆ、ゆ幽、ゆゆゆ!」
「うるせーな。静かにしろ。喚くな」
「ゆゆ……あれ? 蜷川?」
幽霊かと思ったその顔はよく見ると蜷川。どうやら、顔の下から照らされている薄青のライトで不気味に見えたらしい。
「もう、ビビらさないでよ」
「お前が勝手に悲鳴上げたんだろ」
「振り向き様にそんな顔があったら誰でも悲鳴上げるわよ!」
「暗いのだから顔を見えるようにした方がいいだろうが」
「だったらせめてもう少し離せ! なぜ顎元で照らすのよ!?」
「いや、ライトの具合を知りたくてな」
そう言って蜷川は明かりの点検をし始める。
「蜷川君、それ懐中電灯じゃないよね? 何それ?」
「これはペンライトだ」
直径三十センチ、長さ二十五センチ程の大きさで、明かりの部分はその三分の二を占めている。
「ペンライトにしては随分明るいね」
「そりゃそうだ。これはLED式ペンライトだからな」
たしかに、よく見ると作りがしっかりしており、持ち手の部分も掴みやすいようなフォームで仕上がっている。
「本当に明るいわね」
「ああ。他にも橙、ピンク、黄色、赤と種類を持ってきている」
「そんなに!? 何で!?」
「愚問だな。そんなの決まってる」
「わぁ~、ピンクいいな! 私に貸してよ!」
「断る」
「何で? 私達の分も用意してくれたんじゃないの?」
「違う。これは練習のために持ってきたんだ」
「練習?」
「ああ……水樹奈々のライブの練習のためだ!」
バサッ、と上着を広げると、腰には何本もの色鮮やかなペンライトが差し込まれていた。
「ライブを見たことあるか? 曲に合わせた色が存在し、会場のファンは曲が変わる毎に瞬時に持ち替え振る。単純なように見えるがこれが中々ハード。かなりの練習が必要だ。その練習をする」
「する、じゃねぇよ! 家でやれ! 何でここでやるんだ!」
「暗闇でやった方が動きの確認がしやすいだろ。こんな感じに」
そう言って蜷川は持ち変えながら体と腕を大きく振り回す。光の軌跡はたしかに綺麗だが、今この状況ではご法度だ。
「やめろ! 外にバレる!」
「それは致し方ない」
「なくねぇよ!」
止めようと手を伸ばすが、予想以上の蜷川のキレッキレの動きに追い付けない。
「祐一」
「何だ?」
「没収」
追い付けない私とは逆に、動きを完全に熟知しているかのように伊賀先輩があっさりペンライトを奪った。
「ああ! 何をする!」
「これは預かった。返してほしければ真面目に取り組め」
「脅迫など卑怯だぞ!」
「従わないならこいつらの命はない」
「ああそんな! ジュリエット! マーガレット! ステファニィィィ!」
こいつ、ペンライトに名前を付けてるのか……。
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