侵入はスマートに

 学校に侵入した私達は、まず一番目の不思議である音楽室へと向かう事にした。呪いに順番は関係ないとの事だったはずだが、定番から押さえたいという明里とりっちゃんの希望が通り、そのために校舎内に入る昇降口へと向かった。


 昇降口は正門から少し離れた位置にあり、途中の左手には金網に囲まれた男女半々で使う四面のテニスコート、その奥には二十五メートルのプールが設置されている。そのプールは七不思議の六つ目『事故デ死ンダ部員ガイマモプールデ練習シテイル』の場所だ。


 通り道にあるのだから最初に向かえばいいものを、なんて思いもしたが、内気のりっちゃんが今回率先して前に出ている。普段からは想像できない姿だ。そのやる気に水を差すのは酷というものだろう。私は問題のプールを一瞥するだけで、四人の後を追う。


「さて、どうやって入ろうか」


 昇降口に着いた伊賀先輩が腰に手を当てて唸る。指摘の通り、第一関門はまず校舎への侵入。中に入れなければ始まらない。


「どこか鍵が開いてたりしませんかね」


 いつもなら生徒が行き来しやすいようにオープンにしているドアだが、この時間では生徒はもちろん教師もいないのだから当然閉ざされている。私は四つあるドアを開いてみようと試みるが、しっかりと鍵が掛かっていた。


「ダメですね。ちゃんと閉まってます」

「だよね~」

「も~う。一ヶ所ぐらい閉め忘れしてればいいのにさ~。何できっちりしちゃうかな~」

「いや、きっちりするのが当たり前だから」


 施錠しなければ防犯もへったくれもないだろう。閉め忘れするような杜撰な教育者のいる学園なんか不安で仕方ないし、転校を考えた方がいい。


「こうなったらピッキングかな」

「ピッキング? 出来るの?」

「前にテレビで見たことあって、一度やってみたかったんだ~」


 そういうと明里はポケットから安全ピンを取り出し、ドアの前にしゃがみ混むと鍵穴に差し込む。


「う~ん、これは想像より難しい……おっ、この感触は……ああ~ん、失敗」


 鍵穴にへばりついて明里が四苦八苦している。昇降口の鍵は外が鍵穴、中がツマミというシンプルな作り。一見可能そうにも見えるが……。


「伊賀先輩、開くと思います?」

「一○○%無理」


 あっさり断言。


「ですよね。止めさせます」

「……あいた!」

「えっ、開いたの!?」


 止めようとした瞬間、明里の開いたという声に私と伊賀先輩は驚き近付いた。


「明里ちゃん、本当に開いたの?」

「ふえ~ん、指に刺さった~」

「『開いた』じゃなくて『あ、痛』かい! 紛らわしい!」


 涙目で指を咥える明里。


「もう! こうなったら意地でも開けてやる! 由衣、ガムテープ!」

「そんなもんないわよ。というか、何に使うのよ?」

「鍵の部分のガラスにガムテープ貼って割れば音は最小限に抑えられる」

「割るな! それもう空き巣の手口じゃない! やめなさい!」

「じゃあアクション映画みたく豪快に体当たりで」

「だから割るなっての!」

「このガラスは強化ガラスだから無理よ」

「伊賀先輩、冷静に突っ込まないでくださいよ!」

「いーち、にーの……」

「やめろぉぉぉ!」

 

 本気で突っ込もうとする明里を羽交い締めにして止める。


「べ、別の入り口を探しますか?」

「それがいいかもね。ただ、どこかあるかしら?」

「あ、あそこはどうですか? 窓開いてませんか?」


 りっちゃんが指差す方に顔を上げると二階の窓、廊下の突き当たりの部分の窓が少し開いていた。


「おお! りっちゃんよく見つけたね!」

「あ、ありがとうございます」

「よし、あそこから侵入しよう!」

「そうしましょうか」

「んで、どうやってあそこまで登るんですか?」


 目指す高さは大体五~七メートル。それなりに高く、危険があるだろう。


「すぐ側に排水管が付いてるから、あれを伝えば行けるんじゃない?」


 たしかに窓から一メートル満たない位置に排水管が延びている。あれを登れば行けるかもしれない。


「問題は誰が行くかだけど……」

「……」

「……」

「……」


 三人が私を黙って見る。


 おおい、待て待て。何だその目は。


「由衣、見せ場だよ! テニス経験を発揮する時!」

「登りにテニス関係ないから!」

「ジャンピングスマッシュの要領でいこう!」

「いけるか! 私はバッタか!? というか危ないでしょ!」

「だから由衣が行くべきでしょ」

「なぜ私が危険担当!? こういうのは男の役目でしょ!」


 唯一の男である蜷川に任せようとするが、いつの間にか蜷川の姿が消えていた。


「あの野郎、どこ行った!」

「さっきどこかに行ったわよ」

「トイレとか?」

「あ~、かもね」

「え、で、でも中には入れないですよね?」

「その辺で立ちションでもしてるんじゃない?」

「た、立ち……!?」


 りっちゃんには刺激が強いワードなのか困惑している。


「押し付けはイヤよ。せめてじゃんけんで決めて」

「ん~、まあそれが無難かな」

「じゃんけんにしますか」

「わ、分かりました」


 私達は円になり手を出す。


「最初は」

「グー」

「じゃんけん」

「ぽい!」


 私はやりたくないので気合いを入れて手を出すが、私がパーで他はチョキという結果になった。


「なぜだぁぁぁ!?」

「やっても変わらなかったわね」

「だから由衣がやる宿命だったんだよ」

「ファ、ファイトです」


 私はパーのままうなだれる。


 くそ~、自分で言い出して負けてはもう何も言えない。腹を括るしかないわね。


 私は軽く体を解し、排水管へ手を掛ける。


「万が一落ちた時は受け止めてよ?」

「もちろん!」

「き、気を付けてください」


 留め具の部分に上手く手と足を引っ掛け、力を入れて登り始める。


 あれ、思ったより登り易いな。これなら大丈夫そうかも。


 二メートル辺りでも問題なさそうなので、また次の留め具に手を伸ばして上がろうとしたその時。


 ――ガチャ。


「おい、中に入れ」


 いなくなっていた蜷川が入り口のドアの中から鍵を開けて姿を現した。


「あれ!? 蜷川君、どうやって中に!?」

「今日の帰りに昇降口の反対の窓の一つに仕掛けをしていた」

「仕掛け?」

「簡単な仕掛けだ。ツマミの部分に糸を結んでそれを引っ張って開けた」

「ああ、ミステリーでよくある密室の糸のトリックね」

「その窓は上部の角が五ミリほど割れていたから、簡単に糸を通せた。本来は閉めるためだが、今回は開けるために利用した」

「さっすが蜷川君!」

「す、すごいです!」

「よし、中に入りましょ」


 明里、りっちゃん、伊賀先輩が平然と校舎の中に行く。


「……」

「何をしてるんだ、お前は?」


 哀れむ様な目で私を見る蜷川。排水管にしがみつく私の姿はさぞかし滑稽だったろう。怒りやら恥ずかしさやらが混ざり合い、身動きが取れない私はただ顔を熱くさせるしかなかった。

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