闇の恐怖
その日の夜。時刻は二十一時を過ぎた頃。
私達セイタン部は予定通り学園の正門前に集まっていた。服装は動きやすいように、全員学園のジャージを着用している。
「さぁ皆、覚悟はいい?」
小声で話す伊賀先輩に倣うように、私達も小さく頷いた。
会議の通り、私達は七不思議に自ら飛び込もうとしていた。会議の時の揚々さは微塵もなく、全員真剣そのもの。肌寒い中、自分達の周りだけ空気が重い。それも当然か。今から呪いを受けに行くのだから。
今にも押し潰されそうな恐怖のプレッシャーに、私は負けないよう声でも張り上げたかった。しかし、それは出来ない。私達はお忍びで学園に来ている。大声を出せば誰かの耳に入る可能性があり、そうなれば通報されて捜査など出来なくなるからだ。この恐怖は己の内で抑え込むしかない。
緊張と不安が体に纏わりつき、喉の水分が失われている。潤すためにゴクッ、っと鳴らすが、口の中も渇いているのでさほど効果がない。ただ、その代わりというか背中には汗が噴き出しているのを感じた。
大丈夫、大丈夫。私達は絶対に解決出来る。呪いなんかすぐに解除出来る……。
暗示を掛けるように何度もそう言い聞かせ、自分を奮い立たせる。しかし、見上げた我が学園を見ると、その佇まいにまた不安が押し寄せてきた。
正門前から見つめる先には、周りにある数本の外灯のみでぼんやりと照らされた学園。どの教室の明かりも消え、校舎内は闇に包まれている。人の気配がなく、まるで廃墟のようだ。私達が毎日通う学園とは思えない。
「夜の学校って何でこんなに雰囲気変わるのかしら」
「夜だからでしょ?」
「いや、だから夜だと何で変わるのか、ってことです」
「明かりが無いからでしょ?」
「えっ、私はここにいますよ?」
いや、だからそうなんですけど! 私が聞きたいのはその根本というか……それから明里、あんたじゃない。
「簡単に言えば、本能によるものだな」
「本能?」
蜷川の答えに、私は首を傾げた。
「人は基本、自分が知らない現象や場所に恐怖を抱くようになっている。遺伝子的にそう刻まれているんだ」
「遺伝子? 大袈裟じゃない?」
「嘘じゃないぞ。大昔、人は昼に狩りに出掛け、夜には火を焚いて休む生活をしていた。その生活サイクルが受け継がれている。別に逆でも変わりはないはずなのに、なぜだと思う?」
「それは……何で?」
「夜目が利かないからだよ。人は夜行性の動物じゃない。夜になれば周りが見えず、夜行性の動物に太刀打ちできない。狩りをするはずが逆に狩りに合う危険性が高い。だから、人は夜に対して危険を察知するようになった」
自然に始まった蜷川の説明に、私達は静かに耳を傾けていた。
「その傾向は平安時代にも表れている。動物から魑魅魍魎といった妖怪、悪霊の類いの話が数多くあるだろ」
「あっ、それ知ってる。安倍晴明とかそうだよね?」
「ああ。それも全て夜に現れる話がほとんどだ。逢魔が時や丑三つ時、という言葉を聞いたことあるだろ? 逢魔が時は今で言えば十七時から十九時の間、丑三つ時は午前二時から三時までの間だ。その時間は妖怪、鬼といった存在が活動する時間と云われている」
丑三つ時は鬼門と呼ばれ、不吉な方角や時間を示す。占いでもよく聞く言葉で、北東がそれに当てはまる。
「それは知ってるけど、逢魔が時は夕方だよね? 夕方じゃ別に怖くはないんじゃ?」
「夕方は云わば夜に変わる境目だ。境目は別の世界との境、とも伝えられてる。それは時間だけじゃなく道でも当てはまり、山なんかの分かれ道は特に注意されていたんだ」
「よく分かれ道の所に社や地蔵があるでしょ? あれはその境で繋がった魔の世界へ人が立ち入らないよう守るために置かれているとされているんだよ」
たしかに、TVやなんかでよく社や地蔵が置かれているのを目にしていた。ただ適当に配置されているのかと思っていたが、あれはそういう意味があったのか。
「逢魔が時は、言い換えれば避難の知らせだ。人ならぬ別の存在が現れる時間に外を出歩くな。夜になれば妖怪の類いの餌食になる。そういう理由から、人はどんどん『夜=危険』という感覚を植え付けられていった」
なるほど、つまりはこういうことか。夜は未知の世界として認識されるようになり、未知だからこそ人は恐怖を覚えるようになった、と。
「現代じゃ電気によっていつでも明かりが灯り、暗闇というのは少なくなっている。それでも夜に対して恐怖を抱くのはそういった理由からだ」
「へ~、勉強になったわ」
「これくらい知っとけ、バカ」
バカ呼ばわりされ少しムッ、としたが、勉強になったのは事実であるので言い返せない。
「さて、夜についての講義も終わったしそろそろ行くけど、各自明かりは持ってるよね?」
「大丈夫です!」
元気に答えた明里は小さな懐中電灯を掲げた。それに倣い、私とりっちゃんも持参の懐中電灯を見せるが、蜷川は手に持っていない。
「ちょっと蜷川、あんたまさか忘れたんじゃないでしょうね?」
「持ってきたに決まってるだろ」
「だったら出しなさいよ」
「今ここで出してどうする。使うのは校舎に入ってからだろうが」
「いや、そうだけど」
蜷川の様子を見る限り、懐中電灯らしき物がどこにも見当たらないのだ。明里みたいに小型のを持参していて、ポケットにでも入れているのかと思いきやそれらしき膨らみがない。
別に蜷川が心配とかそういうわけではないが、団体行動をする中で一人だけ物がないとなるとそれを周りがフォローするはめになる。そこが気になるのだ。
「明かりがなくて転んで怪我しても知らないからね」
「安心しろ。お前ほど俺はのろまじゃない」
「んだとコラ!」
「はいはい、ケンカは後にして。それじゃあ、皆行くわよ」
伊賀先輩を先頭に、私達は闇の学園へと足を踏み入れた。
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