セイタン部の活動方向

 収録が中止になったということで、今日のセイタン部の活動はミーティングになった。私が提案したのだが、前々から伝えたいことがあったのである。


「え~と、改めて確認したいことがあるんですけど」

「声の収録はまだまだやるぞ」

「そっちちゃうわ。セイタン部についてよ」

「セイタン部について、って?」


 机を繋ぎ合わせて向かい合って座り、三人の目が私に向く。


「セイタン部って、正式名称“声優探偵部”でしたよね?」

「そうよ」

「それなのに、名前らしい活動全然してないですよね」

「してるだろ。ちゃんと声優として収録を――」

「だからそっちちゃうわ! 探偵の方よ!」


 実は私の依頼として事件解決に動いてくれた以降、セイタン部は探偵らしい活動は一切していなかったのだ。私の時みたいに殺人事件などまずないだろうが、あの日から生徒からの依頼はゼロ。


「探偵と銘打っておきながら何でなにもしないのよ」

「それはしょうがないでしょ。依頼がないんだから動きようがないわ」

「それはそうですが、さすがに無さすぎじゃありません?」

「それだけこの学園の生徒の悩みが無い、ってことでしょ? 良いことじゃない」


 たしかにごもっともなんですが、探偵という部を掲げている以上、それらしい活動をするべきではないだろうか。毎日声の収録ばかりはどうかと思う。セイタン部の活動内容がの比率が『声優:探偵 十:〇』は明らかに偏りすぎだ。


「本当に悩みが無いんですかね?」

「どういう意味?」

「いや、私達の年代は悩み多き年頃じゃないですか。実は悩みがあるけど誰にも相談出来ない人がいるんじゃないかな~、と」

「う~ん、いるかもしれないけど……」

「そ、それをどうやって調べるんですか?」


 りっちゃんの言う通り、誰が悩みを抱えているかなんて見ただけでは分からない。かといって一人一人尋ねるわけにもいかず、仮に教えてくれても周りの目がある中で言う悩みなど大した悩みではないだろう。


 そこで、私はある対策を考えていた。


「例えば、下駄箱付近に箱を置いとくのよ」

「箱、ですか?」

「そう。相談事を書いて投函してもらう箱をね」


 表に『悩み・相談事受付中! セイタン部』と明記して置いておけば、きっと入れてくれるに違いない。少し古臭い方法だが、我ながら名案だと自負していた。


「正直、セイタン部の存在は周りに知られてなさすぎるのよ。私も伊賀先輩に紹介されるまで幻の部活、って認識だったから」

「あ~、言ってたね。幻の部活、なんかカッコイイ響きだよね」


 カッコイイ、って……。それに、実際にあるんだから幻じゃないですよね?


「まあ、たしかにセイタン部はあまり認知されてないかも」

「はい。だから箱を置いておけばセイタン部の存在を知らせることができるし、依頼も来る。まさに一石二鳥」

「却下だな。そんなもん無意味だ」


 あっさりと否定をしてきた人物が一人。蜷川だ。


「何でよ。別に悪くないでしょ」

「いいや、ダメだな」

「どうしてよ」

「アホか。普通に考えろ。人に聞かれたくない内容をわざわざ紙に示して出すヤツがどこにいる」


 腕を組みながら椅子を後方に傾け、ユラユラとバランスを取る。


「だから箱を用意して……」

「箱と言っても紙製で簡易に作った物だろ? そうなれば簡単に開けられ、イタズラに中身を見るヤツが必ずいる。隠したい内容なのに、あっという間に広がる。そんな箱に誰が悩みを入れるんだ?」


 不覚にも正論が返ってきた。たしかにそうだ。人に知られたくないからこそ悩みなのに、簡単に盗み見されては意味がない。鉄製で鍵付きの頑丈な箱を作ればいいのかもしれないが、おそらく相当な金額が必要になるだろう。


「じ、じゃあ、SNSとかで募集はどうですか?」

「それも変わらん。むしろSNSの方が拡散の広場だぞ? 余計に依頼なんか来ないな。紙かネットかの違いだけだ」

「それじゃあ私達は何をするのよ?」

「何もしない。依頼人が自分から来るのを待つのみ。誰もいない教室で、直接面と向かって口にした方がまだ安心だからな。元々セイタン部はそういうシステムだ」


 そりゃあそうかもだけど、認知度も低い状況でただ来るのを待つだけだと可能性ゼロに等しいでしょ。


 とはいえ、何かしら案を出してみたいが、これというものは何も出てこない。


 別に殺人事件を扱いたいとか、そういうつもりは一切ない。迷子のペット探しや友達の誕生日のサプライズで協力してほしいとか、もっと普通の依頼で充分なのだ。私達は高校生。恋愛の悩みから髪のケアなど、ピンからキリまで幅広い悩みを抱えているに違いない。あの能天気な明里でさえ悩みを抱えているのだから。


「そういえば由衣ちゃん、明里ちゃんはどうしたの?」


 私の思考を感じたようなタイミングで、伊賀先輩が不在の明里について聞いてきた。


「ああ、なんか用事があるとかで今日は帰りました」

「用事……デートとか?」

「それはないです」

「即否定したね」

「だって私、同じこと聞きましたもん。そしたら……」



『私にそんな暇はない! 三度のデートより四個のコロッケ!』



「う~ん、明里ちゃんらしい」

「ですよね~」

「というか、その内容だと……」

「はい。たぶん帰り道の揚げ物屋に行ったんだと思います」


 以前、明里と食べた『揚げるんだ坂元』という揚げ物屋。なんでも新作のコロッケが発売されるとかで、いち早く味わいたいとのこと。


「んなもん部活終わってから行けよ」

「部活後だと売り切れるかもとか言ってたわ」

「そんなに美味しいの?」

「新作は分かりませんが、そこの揚げ物屋さんは美味しいですよ。私も食べましたから」

「それは興味深いわね。じゃあ、部活終わったら皆で寄ってみよう」

「賛成です」


 その後もセイタン部の今後の活動について話し合いを続けたが、特に目ぼしい案は挙がらず、気付けば時刻は十七時を回る所だった。


「今日はこの辺にして、そろそろ帰りましょうか」

「そうですね」

「わ、分かりました」

「由衣ちゃん、さっき言ってた揚げ物屋に案内してくれる?」

「オッケーです」


 身支度をし、私達は教室のドアに向かって歩き始めようとしたその時。


 ――ガララララッ!


「ヒョッホハッハ!」


 ドアが勢いよく開き、そこには話題に出ていた本人の明里が立っていた。コロッケが詰まった紙袋を片手に抱え、口にはコロッケを一個咥えて。


「あれ、明里どうしたの?」

「ヒョホホヘヒンファ! フェイファンフヒヒハヒファヒファヒョ!」

「いや、何言ってるか全然分からん。まず口に咥えてるコロッケを飲み込め」

「モグモグ……ゴクン。くはー! のど越し最高!」


 満面の笑みで味わう明里。本当に美味しそうに食べるんだが、コロッケでのど越し最高という感想はズレていないだろうか。


「んで、どうしたのよ明里。もう皆帰る所なんだけど」

「ちょっと待って。もう一回やり直すから」


 そう言うと明里はドアを閉めて、また勢いよく開いて再登場する。


「ちょっと待った! 喜べ皆の衆! セイタン部に依頼が来たよ!」


 ああ、さっきそう言ったのね。全然聞き取れないわよ、そりゃ。まったく、ちゃんと飲み込んでから言わなきゃ分から……ん?


「明里、今依頼って言った?」

「そう。ほら、入って入って」


 明里の促しに、後から一人の女子生徒が姿を現し、自己紹介した。


「一年二組の七瀬瑞希ななせみずきです。実は、セイタン部の皆さんにお願いしたいことがあるんです」

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