志しとは……

「いいよいいよ~君達! すんばらしい作品が着々と仕上がっているよ!」


 また同じような台詞を吐く明里。自分で監督と名乗ったからだろうか、なぜが上から目線で物を言ってくる。


「……伊賀先輩、どうしましょ?」

「……とりあえず、今は明里ちゃんの好きにさせましょ」


 明里の豹変に戸惑っていたが、伊賀先輩に小声で尋ねるとそう返ってきたので、しばらくは明里の中の世界で自由にさせてみることにした。


「さすがはあのオーディションを勝ち抜いた精鋭達! 実力は申し分ない!」


 オーディション? そんなのあったのか。当事者の私も初耳だな。


「君達には他の人にはない輝きがある! 私はその輝きをオーディションで見抜いた。やはり私の選出に間違いはなかった!」


 あんたが選んだのかい。それなら節穴もいい所だ。なぜ私を選んだ。


「私は確信している! この作品は日本を、いや世界をも震撼させるぞ! あのストーブ・スペルバッグなど恐れるに足らず!」


 そんな広大なスケールな内容じゃないだろ、これ。何だストーブ・スペルバッグ、って。たぶんスティーブン・スピルバーグの事だろうけど、何一つ合ってないから。監督なら知っときなさいよ。それにこれは映画じゃないし、ただのドラマCD。海外にまで及ぶわけないだろ。


「さぁ、私達の名を世界に轟かせようじゃないか! 目指せ興行収入二百万!」


 やっす! 海外目指すならせめて億は越えようよ!?


 もうどこから突っ込めばいいのか分からないし、ほっといたらいつまでもやりそうなのでそろそろ止めた方がよさそうだ。


「明里、いいかげん意味が分から――」

「私は明里ではない! 宮崎駿五朗だ!」


 誰だよ宮崎駿五朗、って。明らかに宮崎駿のパクリじゃない。


「駿五朗だか大五郎だか知らないけど、もうその設定ストップ。疲れるから」

「何~!? あの名作の数々を作り上げた私に対して無礼だぞ!」


 ガタッ、と勢いよく立ち上がり、明里は私に向かって近付いてきた。


「私はあのチョ~話題になった映画の監督もしたんだぞ!」

「何の映画よ?」

「『君の名は』を知らんのか!?」

「いや、知ってはいるけど……うん?」

「それ、宮崎駿じゃなくて新海誠だね」

「やべ、間違った」


 間違ったんかい!


「と、ともかく! その私に対して敬意を払わないとは何事だ!」

「自分の作品を間違う監督に敬意もへったくれもないと思うけど?」

「作品は違えど監督という立場は同じ。つまり、誰かが監督した作品は監督みんなのもの。すなわち私の作品だ!」


 すげーこじつけ来た! 宮崎駿も新海誠もビックリだわ!


「それより! 君はさっきからミスを連発していたな。私は見ていたぞ」

「そ、それは……」

「君のせいでどれだけ収録が滞っているか分かっているのか?」

「いや、まあ……しょうがないじゃない」

「しょうがない? そんな理由が通用すると思っているのか? 他の二人は真剣にやっているというのに」

「うっ……」


 痛い所を突かれ、私は何も言い返せなかった。


「君は選ばれし戦士という自覚が足りん。選ばれなかった者がいる以上、君はそれを背負う責任があるんだ。もっとしっかりしたまえ」 

「別に私は選ばれたくて選ばれたわけじゃ……」

「君は周りに目を向けなさすぎだ。ノートを見せてと言われた友人の頼みを拒否したり、今月小遣いがピンチで何も頼めない人間を前に平然とポテトを頬張ったりと、君の心には優しさがないのか」

「……」

「人は一人では生きていけない。誰かと支え合って始めて生を感じるのだ。共に喜びを分かち合う。それが真の人の姿なのだ。たった一人で満足することなどあるわけ――」

「――いいかげんに、しろぉぉぉ!」


 我慢の限界を超えた私は明里に詰め寄った。両手を伸ばし、明里の頬を掴むと目一杯引っ張る。


「いひゃぁぁぁ!」

「調子に乗るなよ明里! 人が黙っていれば言いたい放題言いおって!」

「ごふぇん、ごふぇん! あひぁまるふぁらぁ!」

「ノートを見せない? 授業中に寝てたのは誰だ? ポテトを頬張る? その前に買い食いしてお金を使い果たしたのはどこの誰だ、あん!?」

「わひぁひです! ゆい、もうひゃめふぇ~!」


 涙を浮かべながら謝罪する明里。反省したようなので最後にもう一度引っ張ってから手を離す。


「う~、ほっぺがジンジンする~」

「自業自得」


 フン、と私は腕を組んで痛みに耐える明里を見下ろす。


「んで、明里ちゃんは何で監督になってたの?」


 通常の明里に戻ったようなので、なぜ監督という設定を作ったのか伊賀先輩が尋ねた。


「だって、私だけ収録に参加してないから」

「収録って、今やってるドラマCDの?」

「そうです」

「参加すればいいじゃない。明里だってセイタン部の一員なんだから」

「出来たらとっくに参加してるよ!」

「じゃあ、何で?」

「蜷川君に『お前の声はどの声優にも似てないからいらん』って拒否られた」


 全員で蜷川に目を向けるとこれまでの会話を聞いていたのか、こちらに振り向くことなく背中越しに答えてきた。


「当たり前だろ。プロの声優の中に素人の声が入ったら台無しだろうが」

「いや、私達プロじゃないから。別にいいじゃない、明里が入ったって」

「そうそう! 村人Aでもいいから! お願い!」

「村人Aって何?」


 その場で土下座してまで明里は懇願するが、蜷川は一切認めない。


「ダメだ。このドラマCDは夢のコラボ。夢だからこそ清く美しく仕上げなくてはならん。尚更入れられんな」

「どんだけ大事なのよ」

「当たり前だろ。声優は声が仕事。声が命。だからこそ真摯に向き合わなきゃならん」


 立派な考えだ。それが趣味全開、それもただ一人の願望でなければ。


「たまに劇場番のアニメで俳優を適用する時あるだろ? 俺はあれが好かん。台詞はなってないし、そのキャラクターを演じているはずなのに俳優としての色の方が出ている。あれじゃアニメに対して失礼だ」

「いや、あんたの好みなんて知ら――」

「あっ、それ分かる気がする」


 分かるんかい、明里!


「だろ? 素人の声で世界観が壊される事もある。それでもお前はこのドラマCDに参加したいか?」

「出来ません、首領ドン・クリーク!」

「首領・クリーク、って誰!?」


 あれほど参加したいと言っていたが、いつの間にか明里は蜷川の説明に取り込まれ、直立して敬礼していた。


「だから、悪いが峰岸には別の役割を担ってもらう」

「別の役割?」

「この会話劇の精度の高さを俺と一緒に判断してもらうんだ。俺だけだとどうしても俺好みに偏ってしまう。それではただの自己満で終わってしまうからな。だから、別の立場の意見を言って欲しいんだ。峰岸なら中立な立ち位置で物が言えるはず。ドラマCD製作には一人の力では限界がある。成功させるには、あらゆる人間の力が必要なんだ……ん? どうしたお前ら」


 蜷川の言葉に私達が黙っていると、振り向いて不思議そうに見返してきた。


「う~ん……」

「ふ~む……」

「え~と……」

「あ~……」


 今、私達四人は全員同じ気持ちを抱いているだろう。とても複雑で、表現しようがないこの感情に。


「何だ? 言いたい事があるならはっきり口にしろ」

「いや、ね。その……祐一の言っている事は正論だと思う」

「私も。蜷川君のその姿勢は格好いいと思う」

「わ、私も立派だと思います」

「ふん。俺も自分で言いながら良いことを言ったと自負している」

「ただ……」


「「「「それが声優絡みじゃなけりゃあな~」」」」


 一字一句ずれることなく四人の声が揃った。


「なんだとぉぉぉ! 声優絡み以外でこれに当てはまる事はないだろぉぉぉ!」


 いや、あるよ。むしろ声優以外の方が腐るほど当てはまるわ。


「ええい、もういい。休憩は終わりだ。始めるぞ。さっさと準備をしろお前ら」


 メガホンを叩いて促す蜷川。


「しょうがない。始めましょう」

「了解!」

「は、はい」

「仕方ないわね」


 重い腰を上げ、私達は立ち位置に移動を開始。明里は先程の後ろにある椅子に向かう。


「んで、どこからやるの?」

「さっき間違えた所からもう一度だ」

「また~? もう次の場面でいいじゃない」

「ダメだ。妥協は許さん」

「はぁ、分かったわよ」

「りっちゃん、大丈夫?」

「が、頑張ります!」

「じゃあ、みんな準備はいい?」


 明里の号令で、再び収録が始まる。


「それでは、テイク九。よ~い……ウァクション!」


 

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