配役

 そう。蜷川が言うように、今私達が行っているのはドラマCDの収録だった。私と伊賀先輩、そしてりっちゃんはアニメのキャラクターを割り振られ、手元にある台本を見ながらそれぞれ自分の担当の台詞を喋っていたのだ。


「まったく。お前はやる気があるのか?」

「あるかと言われたらないわね」

「いや、やる気出せよ! 中途半端な気持ちでこのドラマがこなせるわけないだろうが!」


 蜷川が鬼の形相で睨み付けてくる。普段は眠そうな雰囲気を醸し出しているのだが、アニメ――特に声優絡みの事になると途端にテンションを上げる。世間で言うオタクなる存在だ。つまり、この企画者も蜷川であり、台本も彼が作製。


「台詞一つ一つがそのキャラの個性を滲み出すんだ! もっと気合い入れろ!」

「一欠片の気合いも持ち合わせていないわ」

「だから持てよ! なぜそこまでやる気が出んのだ!」

「単純にやりたくないから」

「バカな……俺はこの台本に三日三晩寝ずに考えて製作するほどやる気を入れたというのに」


 三日!? 三日も掛けて作ったのかこれを!?


「大変だったんだぞ。それぞれのキャラが立ちながら会話を進めなきゃならんから、台詞の分配、会話のテンポ、そして全キャラに共通するテーマを考慮し――」

「あっ、友達からラインだ」

「聞けぇぇぇい! お前このドラマCDの凄さを分かってないのか! お前はドッグデイズのミルフィーユ姫、針宮はゼロの使い魔のルイズ、静はプリズマイリヤのルヴィアだ。通常ならあり得ない別々のアニメのキャラが同じ空間で話をするんだぞ! アニメ好きからしたら昇天ものだぞ!」

「いや、知らないし」

「こんんんのバカちんがぁぁぁ!」


 バンバン、とメガホンを机に叩きながら熱烈に説明する蜷川。相当入れ込んでいるのだろう、寝不足も絡んで目が充血してすらいる。


「お前は今、堀田由衣じゃない。ドッグデイズのミルフィーユ姫だ。もっと成りきれ」

「成りきれるわけないでしょ。私はアニメが嫌いなんだから。それに、私は堀田由衣だ」

「堀田由衣じゃない。お前はミルフィーユ姫であり、それのキャラクターを演じている堀江由衣だ。リピートアフタミー。私は――」

「だから私は堀江由衣じゃないっていつも言ってるでしょうが! いい加減やめろ!」


 堀江由衣、という人名が出れば私も黙っていられず、大声で言い返す。


 私のコンプレックス。それは自分の声が声優の堀江由衣に似ている事。普段はそうでもないのだが、興奮したり声を荒げようとすると似てしまうのだ。中学時代はそれで苦労をしており、それが原因でアニメが嫌いになった。


「まあまあ、ちょいと落ち着きなよ二人共。ちょうど区切りもいいし、休憩にしましょ」


 危うく暴力に発展しそうな寸前に、私と蜷川の間に入り宥めてくれた伊賀先輩。おかげで気持ちも一応落ち着き、言われた通り休憩に入った。舌打ちした後、蜷川は何やら台本を見直し始める。


「由衣ちゃん、お疲れ」

「ありがとうございます」


 伊賀先輩が机の上に腰を下ろしながら労いの声を掛けてくれ、私もそれに返事をしながら椅子に腰掛ける。


「由衣ちゃんはやっぱイヤ?」

「何がですか?」

「このドラマCD」

「そりゃイヤですよ。何で嫌いなアニメキャラの声を演じなきゃいけないんですか」


 正直今すぐ辞めたい。こんなくだらない事やらずに、さっさと帰ってお風呂入ってご飯食べて自分の部屋でゴロゴロしたい。しかし、私にはそれが出来ない理由があった。


「まあ、セイタン部の一員だからだね。部員は部活に参加するのは当然でしょ?」


 そう。伊賀先輩の言うように私はこの声優探偵部、通称セイタン部に所属している。ただの探偵部ではなく声優が頭に付くネーミングの由来は、所属する部員の声が声優と似ているということから来ている。私が堀江由衣、隣にいる伊賀先輩は伊藤静という声優と声がそっくりなのだ。


 部と呼んでいるが、正式な部活動ではなくサークルみたいなもので、特にこれといった活動が決まっているわけではない。探偵という名前があるが、自分達から動く事はせず、依頼があった時にだけ活動するので、今はその依頼がなくこうしてドラマCDなるものを製作していた。


「分かってますよ。だから、イヤだけど参加してるじゃないですか」

「逃げずに参加するのはよろしい」


 逃げるわけにはいかない。退部すればいい話なのだが、そうもいかない。なぜなら、私はこのセイタン部に危機を救われたからだ。


 少し前、この白峰高校で殺人事件が起きたのだが、私はその犯人として名を挙げられたのだ。全く身に覚えもなく、自分は無実だと訴えるも虚しく流されるだけで、警察からずっと疑いの目を向けられ、逮捕も時間の問題という所まで追い詰められた。そんな窮地に陥った私を救ってくれたのがこのセイタン部だった。


 地道な情報収集を行い、そしてそこから導かれる真実を突き止め、真犯人を見つけてくれた。私の今後の人生が左右される局面で助けてくれた。本当に感謝しており、今日までその恩を忘れたことはない。事件後に伊賀先輩から入部しないかと勧められ、私も恩返しのつもりで入部を決めたのだ。


「はぁ~、早く終わんないかしら。もうだるくてだるくて」

「そお? 私は結構楽しいけど」

「でしょうね。めちゃくちゃ張り切ってましたもん」


 ただ台詞を言えばいいのに、伊賀先輩はステップや動きまでも取り入れ、まるで舞台に立つ役者のように演じていた。先程中断した伊賀先輩の懇願シーンも、肩を掴まれて本当に懇願されているようでビックリしたのだ。


「楽しいよ~。なんたって由衣ちゃん達が入部してくれたおかげで、セイタン部も明るくなったからさ」

「明るく、ですか?」

「前までは三人だけだったからね。人が増えればそれだけ盛り上がるというものよ」

「盛り上がる、ですか?」

「まあ、一番盛り上がってるのはあいつだけどね」


 二人で同じ人物に目を向ける。当の本人は録音した声を聞きながら「おほ~、これは永久保存版だ」とかほざいている。


「あ、あの……お茶、飲みますか?」


 控えめな声で私達に声を掛けてきたのはりっちゃんだ。


「あら。ありがとう、りっちゃん」

「ありがとう」

「い、いえ……」


 紙コップを渡しながら、りっちゃんは俯いて小さくなっていく。


「どう? りっちゃんはこのドラマCD楽しんでる?」

「えっ? あ、あの、その……」


 伊賀先輩の質問にりっちゃんがたじろぐ。彼女は釘宮理恵という声優と声が似ていて、その声優はよくツンデレキャラを演じているらしい。高慢ちきで我が儘な性格をしているのだが、りっちゃんの性格は真逆。大人しく内気な性格で、小さい体がさらに小さくなってしまうこともしばしば。


「わ、私はあまりこういうの、と、得意ではないので、よく分からないです」

「そう? でもさっきは完璧に演じてたわよ?」

「そ、そんな! ただ必死に台本を読んでいただけで!」

「いやいや、完璧なツンデレだったよ? ねぇ、由衣ちゃん?」

「ですね。私もそう思います」

「は、はうぅぅぅ!」


 褒められて嬉しさと恥ずかしさに包まれたのだろう、顔がみるみる赤くなっていくりっちゃん。


 お世辞抜きでりっちゃんは完璧にキャラであるルイズを演じていた。見事なツンデレで、まさにルイズオブルイズと言わんばかりに。


「会話の中で怒りと照れる感じを何度も変えるのって難しいと思うけど、本当に完璧にルイズだったよ。なんの違和感もなかった」

「そ、そんな……私、普段あんな台詞言いませんよ、堀田さん」

「分かってるよ。でも、それだけ凄かったってこと。まるでルイズがそこにいるみたいだった」

「あ、ありがとうございます」


 ペコッ、と律儀に頭を下げながらも微笑んでいた。その姿が可愛さ抜群で、今すぐ抱き締めたい。


「けど、ルイズの事よく知ってるね由衣ちゃん。アニメ嫌いなんじゃないの?」

「嫌いですよ。私は全くその気なかったのに、明里が無理矢理アニメを観せてきたんで」


 峰岸明里。明るく前向きな性格のクラスメイトで、私の親友だ。私が殺人犯として疑われた時も最後まで解決に付き合ってくれて、その後一緒にセイタン部に入部した。


 その明里はというと……。


「いいよいいよ~! 素晴らしい作品が出来上がっているよ~!」


 教室の後方、一人椅子に座り、足を組ながらそう声を上げたのが明里。ただ、その様態は疑問を持たざるを得なかった。


 ドでかいサングラスを掛け、わざわざ肌色のブレザーの袖を首で結んで羽織り、普通に喋れば届く距離にも関わらず台本を丸めてメガホン代わりにしてこちらに声を発していた。


「明里、あんたのその格好何?」

「えっ、監督だけどなんか変?」

「監督って何の?」

「監督は監督だよ! 収録には監督が付きものでしょ!」


 えへん、と胸を張って自信満々に答える明里。


 ああ、うん。訂正しなければならないな。


 この親友、明里は明るく前向きで、バカな性格のクラスメイト、と。

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