エピローグ
第55話 一夜明けて
あの後私は、朝霧君と二人で彼のお母さんの所まで戻って、それから三人で帰った。
朝霧君のお母さんは、朝霧君を見るなり泣きついてきた。朝霧君は私の前という事もあって、恥ずかしがりながら困った顔をしていたけど、あれだけ心配していたんだから仕方ない。そんなに心配してくれる人がいるんだもの。戻ってきてくれてよかったと、改めて思った。
「まったく、変な所だけアイツに似たわね」
朝霧君のお母さんは、落ち着いた後にそんな事を言った。
「この子の父親も、あれこれ一人で悩んで、私の前から勝手にいなくなったことがあったのよ。そんなところ、似なくてもいいのに」
そして、ホッとしたように笑った。かつてこの人がどんなふうに妖怪である件の方と恋をしたのか、いつか機会があれば聞いてみたい。
翌日、私は学校へと向かう。いつもと変わらない朝の風景。まるで、昨日の出来事が全て嘘みたいに穏やかに感じる。
校門をくぐると、そこには私を待っていたのか、鶴羽さんの姿があった。鶴羽さんは私を見つけると、すぐに近寄って来て頭を下げた。
「昨日は、酷いことを言ってごめんなさい」
昨日とは打って変わって、鶴羽さんはとても申し訳なさそうに言った。やっぱり、あんなことを言ったのは恨縄に取り憑かれていたせいだったのだろう。
鶴羽さんだって恨縄の被害者だ。昨日の事を責める気は無いけれど、だからといって真実を話すわけにもいかない。
「もう気にして無いから大丈夫よ」
だから、ただそれだけを伝えた。
「でも……」
鶴羽さんはなおも謝ろうとしていたけど、私はそれを制した。ただ、一つだけ何とかしておきたいことがあった。
「それより、私と朝霧君の事なんだけど」
朝霧君の好きな相手が私だという誤解だけは、なんとか解いておきたかった。けれど、それを詳しく話そうとする前に鶴羽さんから言った。
「うん。朝霧から聞いた。好きな人がいるって言うのは嘘だって。それを聞いた五木さんに無理やり口止めを頼んだんだって」
「朝霧君が?」
私は驚きながらそれを聞く。
無理やりというのは事実と違うけれど、多分朝霧君は、誤解されたままだと私に迷惑がかかると思って本当の事を話したんだろう。鶴羽さんに嘘をついて断ったのを、申し訳なく思ったというのもあると思う。
「じゃあ、朝霧君とは――」
「振られた。好きな人はいないけど、それでも、今は誰とも付き合うつもりは無いって」
昨夜のことで、朝霧君の人との付き合い方も、少しは意識が変わったかもしれない。けれど、だからといってすぐに付き合ってもいいとはならないだろう。それは、私が口出しできることじゃない。
だけど、鶴羽さんの心境を思うと胸が苦しくなる。
「朝霧君、あんな嘘ついて、鶴羽さんを傷つけたってすごく後悔してた」
慰めにもならないかもしれないけど、ついそんな言葉が口から出る。鶴羽さんの事を気にかけていたんだと知ってほしかった。
「ありがとう。振られたことに変わりはないけど、朝霧が本当の事を話してくれて嬉しかった」
本人がそう言ったことで、少しだけほっとする。
「私もごめん。嘘だって知ってて、それでも、黙ってた方がいいかもって思ってた」
「それはしょうがないよ。私だってそんな時、どうしたらいいのかなんてわからない。それに、もう全部終わったことだから」
そう言った鶴羽さんの表情が、少しだけ切なくなる。なんて声をかけたらいいのかわからず戸惑う私に彼女は言った。
「初めてだったの。誰かを好きになったのも、振られたのも。きちんと答えてもらえてよかった」
恨縄と戦った時に見た、鶴羽さんの記憶を思い出す。彼女がどれだけの間朝霧君のことを好きだったのか知ってしまっただけに、私もしんみりしてしまう。
そして、悲しみながらも全てを受け入れたような鶴羽さんの姿を見て、朝霧君と鶴羽さんとの一件が、これで一つの区切りを迎えたんだと感じた。
「ねえ、一つ聞いていい?」
だけど最後に、鶴羽さんはこう言った。
「五木さん、朝霧のこと、本当に何とも思ってないの?」
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