最終話 そして二人は
「終わったーっ!」
美紀が、大きく背伸びをしながら言った。
あれからさらに一週間が過ぎた。テストも全て終了し、教室にも解放感が漂っている。しかも、これが今学期最後の行事なのだからなおさらだ。
「あーあ、これから部活か。テストの後くらいは遊びたいな」
美紀はそう言いながらも、先週からの部活休みで、本当は体を動かしたいのだろう。部室へと向かうその表情は張り切っていた。
「はしゃぎすぎて怪我しないでよね」
そう言って私は靴箱で美紀と別れた。
家に帰ろうと校門を出た所で、自転車を押しながら歩く朝霧君の姿を見つけた。
「五木──」
朝霧君も私の事に気づいて、何となく二人並んで歩く。
テストで忙しいこともあって、最近は話をすることも少し減っていた。こうして一緒に歩くのも、随分と久しぶりな気がする。
「これからお母さんのお見舞い?」
「ああ」
そう言うと朝霧君は頷き、それからさらに続けた。
「それと、いらない物の回収。明日退院するんだ」
「明日!」
今週検査があって、その結果次第では退院できると、前に聞いていた。けれどまさか、それが明日だとは思わなかった。
「母さんが、入院費がかかるからって無理言って早めてもらったんだ」
そう言って朝霧君は苦笑する。この前抜け出した事と言い、穏やかそうな見た目とは違ってなかなかに凄い人のようだ。なにはともあれ、退院というのは嬉しい事には違いない。
「よかったわね」
「ああ」
朝霧君は柔らかな表情で小さく笑った。
「あれから、お母さんとちゃんと話してる?」
前に、お母さんに心配をかけたくないから、何かあってもそれをあまり話さないようにしていると言っていたけど、今にして思うと、そうして自分一人で抱え込んでいたのも、この前の出来事へと至る理由に繋がっていたんじゃないかと思う。
朝霧君のお母さんも、朝霧君が何も言ってくれないことに不安を感じていたし。
だからこれからは、たとえ全部は無理でも、親子でいろいろなことを話してほしいと思う。もしそうしていたのなら、この前のことも起きなかったかもしれない。
何より家族なんだから、できるだけ話ができた方がいいと思うのは、余計なお世話だろうか?
「前よりは話をすることが増えたよ」
迷惑をかけたと気にしているのか、少しぎこちなく言う。どの程度かはわからないけど、前よりも距離が縮まっているみたいだ。
「ありがとう」
改めて、朝霧君が言った。
「五木がいなかったら、きっと今頃、こうしてここにいることもなかった」
「いや、私だって原因作ったんだし。だからその……ごめんね」
「なんで五木が謝るんだよ。謝るなら俺の方だろ」
「だって……」
なんだかお互いに、感謝だの謝罪だの照れだのが混じりあって、変な空気になる。
それでも、こうして朝霧君が戻ってきてくれた事に、改めてホッとしている自分がいた。
ふと、鶴羽さんが前に私に言ったことを思い出す。
『五木さん、朝霧のこと本当に何とも思ってないの?』
朝霧君に好きな人がいるというのは嘘。それは分かってくれた。けれど、私の朝霧君に対する気持ちに関しては、どこか引っかかる所があるらしい。
ちらりと朝霧君の顔を見る。友達だと、あの夜私は朝霧君に言った。少なくとも、鶴羽さんが気にするような関係には遠いだろう。
ほんの少し前まではこうして話をすることさえなかったのだから、当然と言えば当然だ。
でも……隣にいる朝霧君に気付かれないように、そっと胸に手を当ててみる。
ただの友達だというのなら、どうしてそれを聞かれた時にドキリとしたのだろう。それ以外にも、朝霧君と一緒にいると胸が高鳴ることが多かった気がする。
そう思った瞬間、カッと顔が火照ったような気がした。いったいどうしたというのだろう。これじゃまるで……
「どうした?」
急に黙り込んだ私を見て、朝霧君が不思議そうな顔をする。
「な、何でもない」
「?」
慌てて誤魔化すと、とりあえずこの事は一旦意識のすみに置いておくことにする。深く考え出すと、とてもまともに朝霧君の顔を見れない気がしたから。
胸が高鳴ったのだって、妖怪絡みで話すことが多かったからかもしれない。つり橋効果というやつだ。だいいち、好きという感情を持つには、私はまだ朝霧君について知らないことが多すぎる。
でも、だからこそ、これからもっと朝霧君のことを知っていきたいとも思った。
「もし、これからも何かあったら、ちゃんと相談してよね」
改めて朝霧君の方を向いた私は、少し照れながら言う。
「私だって、話を聞くくらいならできるから。だから、なにかあったら言いなさいよ」
いや、実際に口に出してみると、少しどころかかなり恥ずかしい。
でも、困った時は頼ってほしかった。悩みがあるなら言って欲しかった。それだけじゃなく、好きなものや楽しい事、色々な話をしてみたかった。
朝霧君はそれを聞いて少しの間黙っていたけど、やがて言った。
「五木も、妖怪のこととか、それ以外にも何か困ったことがあったら言ってほしい。俺にできることがあるなら、力になりたいから」
見ると、朝霧君の顔にも赤みがさしていた。
それは、迷惑をかけたことへの責任感からかもしれないし、妖怪が見えるという似た境遇を気遣ってのものかもしれない。でも、朝霧君がそう言ってくれた事はすごく嬉しかった。
そんなことを思っていると朝霧君が不思議そうな顔で私を見るから、笑ってそれをごまかした。
もうすぐいつもの分かれ道につく。朝霧君のお母さんは明日退院だからこうして並んで帰るのも今日で最後になる。
それは少し寂しいけど、まあいいかと思うことにする。朝霧君がどこにもいかない限り、話したくなったらいつだって話せるんだから。
夏草の香りのする道を、私達は歩いていった。
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