第50話 追いかけて、追いついて

 鳥居をくぐり、石の台座の上に立つ社を見上げる。周りの草が伸び切っていないのを見ると、それなりに手入れはされているみたいだ。


 扉に手をかけると鍵はかかっておらず、そのまま中へ入りライトで照らす。


「朝霧君ーっ!」

「晴ーっ!」


 私も、朝霧君のお母さんも、それぞれ彼の名前を呼ながら社の中を探す。だけど返事も無ければ、広くもない社の中には、人影の一つも見つけることができなかった。


(いない──)


 結局ここにも、朝霧君はいなかった。これが唯一と言っていい手がかりだったため、落胆も大きい。


 ここでもないなら朝霧君はいったいどこにいるのだろう。もしかしたら社ではなく、この奥にある森の中かもしれない。

 だけど、もし朝霧君が森のどこかにいるとしたら、暗くなった今二人で探すのは難しい。


 一体どうすればいいのだろう。不安と焦りがこみ上げてきたその時だった。


 ガタン


 上から何か物音がした。驚いて天井を見上げるけど何も無い。


「五木さん、どうかしたの?」


 朝霧君のお母さんが不思議そうに私を見ている。今の音に気が付かなかったのだろうか?


 一つの思いが、頭の中をよぎった。もしかしたら気づかなかったんじゃ無く、気づく事ができなかったんじゃないか。もし朝霧君が今も妖怪の姿をしているのなら、その姿は私にしか見ることはできない。声や立てる物音だって、ほとんどの場合普通の人には聞こえることは無かった。


 ポケットからスマホを取り出すと、何度目になるかわからない発信ボタンを押し、じっと耳をすませる。発信先は、もちろん朝霧君だ。

 すると、上の方から微かに着信音が聞こえてきた。


 妖怪の持っている物も、本人と同じく普通の人には認識されなくなる。この音もまた、朝霧君のお母さんには聞こえていないようだった。けれど、私には確かに聞こえている。


「朝霧君!」


 予感が確信へと変わり、社を飛び出し屋根の上を見上げた。それと同時に、そこから白い翼を持った何かが飛び立つのが見えた。


 間違いない。あの羽は朝霧君のものだ。そう確信した私は、それを追って駆けだした。


 朝霧君のお母さんも、そんな私を見て状況を理解したようで、後ろから追いかけてくる。けれど走っていくにつれ、だんだんとその速度が落ちていく。元々入院中で体力も落ちているのだろう、既に苦しそうに、大きく息を切らせている。


「ここで待っていてください。私が、必ず連れてきます!」


 後ろを振り返りながら叫ぶ。それでも彼女は少しの間ついてこようとしていたけど、とうとうその姿が見えなくなる。


「晴をお願い!」


 最後に、その一言が耳に届いた。


 そう言う私も、朝霧君の姿を追うのに必死だった。元々のスピードが違う上に、相手は空を飛んでいる。どんなに必死で走っても、その姿は見る見るうちに小さくなっていく。


 それでも、少しでも追いすがろうと走り続ける。だけどそこで地面に足を取られ、坂道の方へと大きく滑った。転げ落ちそうになるのを止めようとして、咄嗟にそばにあった木の枝を掴む。


 大きく体勢の崩れた体を何とか支えようとするけど、とっさに掴んだその枝は、余りにも細かった。そのままの状態でいられたのはほんの数秒。体勢を立て直す間もなくその枝は折れ、再び視界が大きく揺らいだ。


 落ちる。そう思った瞬間、誰かが私の体を受け止めた。


「きゃっ!」


 悲鳴をあげる頃には、私の体はそのまま上へと引き上げられ、ゆっくりと地面の上に下ろされる。元々全力疾走していた疲れもあって、そのまま地面の上に座り込んだ。


 それでも、呼吸を整えながら顔を上げ、目の前にいる、白い翼をもったその人の名を呼んだ。


「やっと見つけた。朝霧君!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る