第49話 彼の望むこと
「確かに私は、晴を連れ戻したくてここまで来たわ。だけど、それが晴にとって本当に良い事なのか、分からないのよ」
朝霧君のお母さんは、そう言うと寂しげな表情を浮かべた。
どうしてそんな事を言うのだろう。だけど困惑する私を見てさらに続ける。
「晴が、自分が人でない事に苦しんで、悩んだ末にいなくなることを望んだのなら、思った通りにさせるべきなのかもしれない」
「それは……」
そんなのは、本人に会ってみないと何もわからない。だけど否定することもまたできなかった。
『人でない俺が、人の近くにいちゃいけない』
朝霧君の言っていた言葉を思い出す。朝霧君は確かに、人の中で生きることに迷いや苦しさを見せていた。
もしも彼が、そんな苦しみを終わらせるためにいなくなることを望んだというなら、私にできることは何も無いのかもしれない。
けれど、そんなのはあくまで想像だ。朝霧君が本当はどう思っているかなんて、まだ何もわかっていない。そう自分に言い聞かせて、騒ぐ心を何とか鎮める。
「ごめんなさい。こんな時に言うことじゃ無かったわね」
私の心中を察してか、朝霧君のお母さんが頭を下げる。この人も私と同じように、いや、もっとずっと大きな不安と戦っているのだろう。
「晴、自分のことはあまり話してくれないから、心配になるの」
「そうなんですか?」
それは、毎日お見舞いに向かう朝霧君の姿からは意外に思えた。
「話自体それなりにしていると思うの。でも、晴は自分のことは、特に妖怪絡みの事になると、ほとんど何も言ってくれないわ。見えている以上、関わらないで過ごすなんて出来ないはずなのに」
それは、心配を掛けたくないからだ。前に、朝霧君自身がそう言っていたことを思い出す。だけど例え黙っていたとしても、それで心配しないで済むという話じゃなかったのかもしれない。
「だから分からないの。妖怪と人間、その間に生まれたあの子にとって、いったいどっちにいた方が良いと思っているのか」
ずっと、自分が人間では無い事を隠してきた朝霧君。彼が何を思いながらその秘密を抱えてきたかなんて誰にも分らない。もしかしたら、私達がこうして連れ戻そうと探しているのだって、彼にとっては迷惑なのかもしれない。
だけど……
「でも、お母さんは朝霧君に行ってほしくないんですよね」
どれだけ考えても、出てくるのは想像でしかなく、朝霧君の本当の気持ちなんて分からない。
だけど、朝霧君のお母さんの気持ちならハッキリしている。
朝霧君のお母さんはそれを聞いて一瞬押し黙ったけど、それから首を振ると、自らの弱気を振り切るように言った。
「私は、晴が本当にそれを望むのなら、その通りにさせたいと思う。でも、もしわがままが許されるのなら、たとえそれがどんなに苦しくても、そばにいてほしい」
はっきりと言ったその言葉から精一杯の思いを感じ、私の胸も熱くなる。この思いが、どうか朝霧君にも届いてほしかった。
そうして私達はまた歩き出す。たとえどんなに不安でも、このまま何もしないまま終わるだなんてできなかった。
そして、それからさらに歩いた後に、朝霧君のお母さんが言った。
「見えてきたわ」
指差す先には、古びた一つの社が見えた。あそこに朝霧君がいるのかもしれない。そう思うと、自然と進む足にも力が入った。
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