第48話 残したもの
「私は元々、妖怪が見えるせいで周りの人とは上手くいってなかったの。お前は変だ、気持ち悪いってね」
朝霧君のお母さんは何でもない事のように言ったけど、私はそれを聞いてドキリとする。そうなる事をずっと恐れて、周りに嘘をつき通してきた私にとって、とても他人事とは思えなかった。
「あの人と出会ったのはそんな時だったわ。私が一人でいたところに声をかけてくれたの。本人はほんの気紛れだって言っていたけど、それがきっかけで、少しずつ話しをするようになっていったわ。他に、私とまともに話をしてくれる人もいなかったしね」
その時の事を思い出しているのか、朝霧君のお母さんは遠い目をしながら言った。
「やっぱり最初は、妖怪ってことで警戒していたけど、いつの間にかどうでもよくなって、気が付いたらそばにいたいと思うようになっていたわ。けれど、いつまでも一緒にはいられなかった。私の目はしだいに妖怪の姿を映さなくなり、その体に触れたとしても、何も感じなくなっていった」
妖怪が見えなくなる。それは、私がずっと望んできたこと。だけどこの人にとっては、大切な人との別れを意味していた。
正直なところ、妖怪を好きになるというのはまだピンと来ていない。けれど、大切な人と別れなければいけないという辛さは理解できた。
「だからこそ、より深い繋がりが欲しかったの。互いが想い合った、確かな証が欲しかった。たとえその結果、この身に何が起こったとしても」
朝霧君のお母さんはそこで一度話しを切ったけど、私はその言葉に不穏な雰囲気を感じずにはいられなかった。
「どういうことですか?」
「普通の人間が妖怪の子を宿すのは簡単な事じゃなくて、持っている生気を大量に失うの。元々住む世界の異なる存在同士が繋がりを持とうとするのは理に反するから、その代償も大きいのよ。昔の私やあなたのように、普通に妖怪の姿が見えるくらいの人ならそうでもないらしいの。けど、当時ほとんど妖怪の見えなくなっていた私は、いつの間にかあの人からは随分と遠い存在になっていたのでしょうね。晴をお腹に宿して以来、だんだんと体が弱くなっていったわ」
朝霧君から、今までにも何度か入院しているとは聞いていた。だけど、まさかそんなことが原因だとは思いもしなかった。
「お父さんはどうなったんですか?」
その質問に、小さく首を振って返した。
「わからないわ。晴が産まれた頃には、私はもう完全に妖怪の姿を見ることができなくなっていたから。でも、もしかしたらもう、この世にはいないのかもしれない」
話し方は穏やかだったけど、その声には確かな切なさが滲んでいた。
「生気を失い体調を崩していった私に、あの人は、それなら自分のを使えって言って、自らの生気を分けてくれたの。そんな事をしたら今度は自分が大変になるのに、私と晴、二人の為だって。思った通り、それが原因で今度はあの人が体を壊していったわ。でも私達に後悔は無かった。全部わかっていて、それでもそうする事を選んだんだから」
二人のした事は、文字通り命がけと言えるものだった。それを決めた二人の想いは、どれだけ強く大きなものだったのだろう。
「あの人が残したのは、晴と、晴のために書いた一冊のノートだけね」
その言葉を聞いて、朝霧君の持っていた、妖怪のことが書かれていた古いノートを思い出す。
「朝霧君のノートって、お母さんが書かれたものじゃないんですか?」
確か朝霧君からはそう聴いていた。
「妖怪の世界の文字はこちらとは違うから、あの人が言ったことを私が書き残したの。せっかく書いても、読み方を教えられないなら意味が無いから。晴に何かあった時助けになるようにって言われてね」
あのノートをざっと見ただけでも、どうやって知ることができたのか不思議に思うような記述がたくさんあった。だけど、これで納得がいった。
「本当に、大事なんですね、朝霧君のこと」
それはノートに事細かに書き込まれていた、たくさんの内容からも見て取れた。きっと少しでも多くの事を伝えたかったのだろう。
けれど、私がそう言ったところで、朝霧君のお母さんは初めてその顔を曇らせた。
「ええ。私達にとって晴は何より大切で、ただいてくれるだけで幸せだって思っているわ。でも、晴にとってはどうなのかしら」
「え?」
言っている意味が分からずに、前に進めていた足が重くなるのを感じた。
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