第35話 異形の姿

 どれくらい走っただろう。二人とも息をきらせながら足を止めた。

 恨縄は瞬発力はあるけど、移動する速さは自体それほどではなかったみたいで、なんとか振りきることができた。

 けれど、あれで諦めるとは思えない。きっと今も、私達を追って学校のどこかを探しているだろう。


「どうして鶴羽が、五木を……」


 息を吐きながら朝霧君が言う。私と鶴羽さんに何があったか知らないから、どうして私を狙っているのかわからないのだろう。

 私だって、鶴羽さんと直接会って話をしたのは今日が初めてだ。だけどその理由ははっきりしていた。


「勘違いしたんだと思う」


 躊躇いながらも、私は小さく言った。


「鶴羽さん、前に朝霧君に告白した時、他に好きな人がいるって言って断ったんだよね」

「ああ……」


 朝霧君は小さく頷いた。未だそのことに対して罪悪感があるのだろう、その表情は暗く固い。

 それを見て言葉に詰まる。これから話すことは、きっと朝霧君を追いこむことになるだろう。果たしてそれは、本当に今言うべきことだろうか。

 けれど一度話し始めた以上、最後まで言うしかなかった。


 朝霧君も黙ったまま、じっと私の言葉を待っている。私は一度深く息を吸うと、話しを続けた。


「その時に、朝霧君が言ってた好きな人。それが、私じゃないかって言われた」

「えっ……」


 朝霧君の顔が徐々に青ざめていくのがわかった。まるで、糾弾しているようで苦しかった。


「鶴羽さんはそう誤解して、振られたのは私のせいだって思っていて……多分、その恨みで……」


 言うのが辛くて、最後まで言葉にする事は出来なかった。だけど朝霧君が理解するには、それで充分だった。

 話を聞いた朝霧君は、まるで凍りついたように固まって、その顔からは血の気が引いたようになっていた。


「俺が、巻き込んだんだな」


 重く、静かに言う。朝霧君ならそう思うだろうという事も、また予想していた通りだった。

 自分のしたことを後悔しているのだろう。見ていてわかるくらいに全身から汗が流れ、その体は小さく震えていた。


「違う、違うから!」


 そんな朝霧君を見るのが嫌で、気が付いたら叫んでいた。

 確かに、もし朝霧君があんな断り方さえしていなければ、私が狙われることはなかっただろう。彼の行動の結果、私が巻き込まれたというのは紛れもない事実かもしれない。

 だけど、たとえ原因の根本が朝霧君にあったとしても、だからと言って彼をこういう風に追いこむのは私の本意じゃなかった。


 朝霧君は、私が狙われていると聞いて、力になりたいと言ってくれた。一人でいるのは危ないと言って、近くにいてくれた。そしてさっきも、自分自身も危険な状況で、私を逃がしてくれた。

 もちろん、こうなった原因は朝霧君にあるかもしれない。

 けれど私のことを身を呈して守ろうとしてくれたのも紛れもない事実で、そんな朝霧君を責めようなんて思えなかった。


 やっぱり、今これを話したのは間違いだったかもしれない。


 その時、朝霧君の制服の左腕に、赤いシミが広がっていることに気づいた。


「それ、血じゃない!」


 さっきの戦いで受けたものだろう。よく見るとそのシミは今も少しずつ広がっていて、指先を伝った滴が床を濡らしていた。

 朝霧君はさっと袖を抑えると、その手を隠すように後ろに回した。


「大したことない。少し、切っただけだから……」


 そうは言うけど、その血は見ているだけで痛々しい。それなのに、朝霧君は頑なに大丈夫だと言い張る。


「止めないと。手、出して」


 ポケットからハンカチを取り出して、傷口を押さえようと強引に朝霧君の左手を引っ張りだした。だけど──


「っ!」


 その瞬間、朝霧君が思いきり手を振い、握っていた私の手を強引に振り解いた。

 突然のことに驚きながらも、私の目は振り払ったその手を捉えていた。

 そして、その姿に息を飲んだ。


 袖口から見えた朝霧君の腕には、白く細かい羽毛のようなものがびっしりと備わっていた。

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