第23話 また、明日

 私の横を、朝霧君が自転車を押しながら歩いている。

 あの後公園でしばらく話をしたけど、朝霧君にはお母さんのお見舞いがあったから、いつまでも話しているわけにはいかなかった。

 だけど、私の家と病院までの道は途中まで同じだったから、そこまでは一緒に帰ることにした。

 もちろん歩いている途中も、私たちは話を続けている。


「言っても、周りから信じてもらえないのが辛かった」


 朝霧君が小さかったころの話をしてくれた。いくら妖怪がここにいると言っても、誰も信じてくれず、人からは嘘つきと言われていたと。

 私も同じだった。自分にとっては本当でも、他の皆にとってそれは嘘になり、どんなに怖がっても誰も信じてはくれない。


「そうやっていつの間にか、見えないふりをするのが癖になったのよね」

「ああ、俺もだ」


 悲しい思い出だった。だけど今は、それを言える人がいるという事にほっとする。


 その時ふと、朝霧君が私の鞄に目を止める。彼が見ていたのは、鞄にぶら下げていたお守り、肝試しの夜に落としたお守りだった。


「それって……」

「これ、ふだんは鞄につけてるのよ。ご利益なんて無いかもしれないけどね」


 そういってお守り袋を手に取る。確か、土地神にも役に立たないと言われたっけ。


「魔除けとなると、専門のが必要になるからな」

「そうなの?」

「ああ。それか、すでにご利益を使いきったのかもしれない。どんなものでも効果が永久に続く事なんて無いから」


 そんなこと、初めて聞いた。

 お守りを眺め、事故に遭った時の事を思い出す。あの時私一人が助かって、何の後遺症も残らなかったのは奇跡だと言われた。


「じゃあ、私を守ってくれた時に使い切ったってことにしておくわ」


 愛着のある物だ。真偽は分からないけど、守ってくれたと思った方がずっといい。


 ずっと隠してきたことを話せるというのは不思議な感じがする。まるで、胸に刺さった棘が少しずつとれていくようだった。

 そうしているうちに、私の家と病院との分かれ道にさしかかった。


「ごめん。もう少し話せたらいいんだけど……」


 朝霧君はそう言うけど、こうしてギリギリまで話ができて嬉しかった。もちろん、まだまだ話したいことはたくさんあるけど。

 

「そうだ。ケータイの番号教えて」


 ポケットから自分のスマホを取り出すと、朝霧君にも出すように言う。


「ああ、ちょっと待ってろ」


 朝霧君は、普段はケータイを鞄の中に入れているみたいで、ごそごそと奥からそれを取り出した。スマホじゃなくて、パカパカ開くタイプのガラケーだ。


「赤外線って、わかるわよね?」


 ケータイを構える朝霧君だけど、どうにも使い慣れていないみたいだ。まさかとは思うけど一応聞いてみる。


「多分……」


 多分、ね。

 何とも心もとない返事の後、朝霧君はああでもないこうでもないと、あちこちいじっている……いじっている……いじっている。


「貸して。私がやるわ」


 朝霧君の手からケータイを取り上げた私は、一分とかからずに番号とアドレスを交換した。

 それを見ていた朝霧君は、おおっと声を上げた。いや、大したことしてないから。どうやら朝霧君は相当な機械音痴みたいだ。


「余計な機能も多いし、慣れてないんだ」


 照れながら言い訳をするのが、かえっておかしかった。


「メールの打ち方は分かるわよね」

「さすがにそれくらいは分かる」


 茶化す私に朝霧君はムキになって言う。返信には時間がかかるかもしれないと言う一言を付け加えて。


「それじゃ、メールした時は気長に待つことにするわ」


 笑いながらそう言うと、借りていたケータイを返す。あまり長く引き留めても悪いし、そろそろ本当にお別れした方がいいだろう。


「それじゃあ、また明日」

「ああ。また、明日」


 私が手を振ると、朝霧君もそれに返す。そうして私達は、別々の道を歩いて行った。



 また明日。朝霧君と別れた後、再びその言葉を思い出す。それは単なる別れの言葉でなく、再び会うという意味も持っている。


 話をして、一緒に帰って、電話番号を交換して、また明日と言って別れる。特別なことは何もしていない。だけど、何だか昨日までよりも朝霧君と強く繋がっている気がした。







◆◆◆◆






 五木と別れた後、今日の出来事を思い出す。五木は自分だけが緊張していたみたいに言っていたけれど、俺だって声を掛けていいのか分からずに、もどかしい思いをしながら五木のことを見ていた。


 一度目が合った時には、ずっと見ていたことがバレたんじゃないかと思ってドキッとした。

 だから、五木も俺と同じように話をしたいと思っていたと知った時は、嬉しかった。

 話ができて、良かった。


 ただ、五木は妖怪の事を恐れているから、できるだけ怖がらせないようにしたい。


 だから……


「このことは、さすがに言えないよな――」


 俺は一人静かに呟く。


 妖怪が見える。五木に打ち明けたこの秘密の、さらに奥に隠したもう一つの秘密を思いながら。

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