第18話 肝試しの結末



 ライトで照らされた細い道を、私は朝霧君に手を引かれながら歩いている。

 大泣きしてすっかり体の力が抜けていた私は、再び歩き出す際に、差し出された朝霧君の手を握っていた。


 男の子と手を繋ぐことに恥かしさを感じたけれど、考えてみればついさっき目の前であんなにも泣いているところを見られたんだ。それに比べると、今更これくらいなんでもない。そう思おうとしたのに、泣き顔を見られたんだと改めて意識した私はますます赤くなり、顔を伏せたままその手を取った。

 朝霧君の方をちらりと見る。彼はというと、特に気にしてない様子で私の手を引いている。


「前に道で倒れていたのも、妖怪の仕業だったんだな」


 急に話しかけられドキリとする。

 家まで送ってもらった日の事だ。私は黙ってそれに頷いた。


「あの時も近くに妖怪の姿があったし様子も変だったから、もしかしたら五木も見えるんじゃないかって思ったんだ」


 あの布切れのような妖怪に襲われた時の事を思い出し、ブルリと身を震わせる。朝霧君もアレを見ていたのか。


 そう言えば、あの妖怪は急に私の前からいなくなってしまった。おかげで助かったけど、なぜ急に姿を消したのかは分からないままだった。


「もしかして、朝霧君がアイツを追い払ってくれたとか……」


 すると朝霧君は何とも言えない表情で目を逸らした。


「偶然だよ。アイツを見た時は五木が襲われていたなんて知らなかったし、声を上げたらすぐに逃げていっただけだから、俺は何もしていない。多分見える奴が二人もいたから驚いたんだろうな」


 それにしたって、朝霧君のおかげで助かったのには違いない。


「ありがとね」

「だから偶然だって」


 朝霧君は照れたようにそう言うと、話を続けた。


「それで、それからずっと五木のことが気になっていたけど、聞けなかった」


 それはそうだろう。朝霧君が直接妖怪と話しているのを見た後でさえ、それを聞くのにあれだけ勇気がいったんだ。もしかしたら程度の推測じゃ、とても聞いてみる事なんてできない。

 だってそれは、同時に自分の秘密も打ち明けることになるのだから。ずっと黙ってきた秘密を誰かに晒すというのは、決して簡単なことじゃない。

 だからこそ、その秘密を打ち明け認めてもらえたというのは、とても嬉しい事だった。


 私と同じように妖怪が見える。そう言った朝霧君に、もっと言いたい事や聞きたい事がたくさんあった。それなのに、今はその事実を受け止めるのに精一杯で、思いを言葉にすることができないでいる。


 この道も、もうそろそろ終わりが近い。これじゃ長く話し込むこともできないだろう。

 何も言う事の出来ない代わりに、私は朝霧君の手を強く握った。握った手から、朝霧君の体温を感じていた。

 その肌の白さから、もっと冷たいのかと想像していたけど、朝霧君の手は意外と暖かくて、鼓動を打つのも早く感じられた。


 ようやく細い道を抜け、ゴールへと辿り着く。私達が戻ってきた事に気づいた何人かがこちらに近づいてきた。


 真っ先に駆け寄ってきたのは美紀だった。美紀は私のそばまで来ると、怒ったような顔を向けた。


「どこ行ってたの!」


 開口一番、美紀はそう言った。同じ組の子とはぐれ、なかなか戻ってこない私を心配しているようだった。


 隣では朝霧君も同じようにみんなから色々言われている。どうやら土地神の言った通り、私たちが最後のようだった。


「暗くて道に迷ってた」


 朝霧君がそう言ったから、私もそれに従う事にした。

 心配したのはこっちも同じだと言うのに、一方的に文句を言われてしまう事に苦笑する。とは言え、本当のことは話せないんだから仕方ない。

 聞くと、もう少し遅かったら本格的な捜索をかけようかという所にまで話が進んでいたらしい。


 美紀の話では、私達の他にも何人か不自然に時間のかかる組もあったけど、本人達に聞いても何もおかしなことは無く、ただ普通に歩いてきただけだと首をかしげていたそうだ。きっと、土地神のかけた暗示が効いていたのだろう。

 少し先の話になるけれど、今回の事は肝試し中に起こった本物の怪奇現象としてみんなから語り継がれる事となった。


「とにかく、何もなくてよかったよ」


 事情を知らない美紀が呑気そうに言う。本当は、一歩間違えればこれよりもっと酷い事になっていたかもしれないのだけど、とてもそんな事は言えない。

 何があったか知っているのは私と朝霧君だけだろう。事情を知るもう一人である朝霧君の方に目を向けると、皆から解放された彼は、隅の方で静かに空を見上げていた。


 私も思わず空を見上げてみる。そこには満天の星空が広がっていた。

 星が綺麗だというのは田舎の良い所の一つで、前に住んでいた街と比べても見え方が全然違う。天の河とは昔の人は良く言ったもので、夏の夜空を分かつように広がる星達は本当に大河のようだった。

 星空なんていつも頭の上に広がっているけど、改めて見たそれはきれい過ぎて、何だか現実感が無くなってくる。


 しばらくの間、その吸い込まれそうな空を眺めていた。見たくもないのに色々とおかしなものばかり見えるこの目だけれど、綺麗なものがちゃんと綺麗に見えるのは他の人と何も変わりは無い。


 再び朝霧君へと視線を戻す。

 私と同じ、妖が見える人、見えてしまう人。彼は今まで、どんな思いで人とは違うその現実と向き合ってきたのだろうか。もっと話をして、色々なことを聞いてみたかった。


 抱いた思いは、少しずつ私の中で広がっていった。












 肝試しのあった翌日の日曜日、私が目を覚ましたのは朝の九時を過ぎた頃だった。


 昨日はあの後すぐに解散して家に帰った。何人かは仲のいい友達同士で近くのファミレスやカラオケに行っていたし、私も誘われはしたけれど、とてもそんな気分にはなれなかったので断った。


 帰ってすぐにお風呂に浸かったけど、布団に入ったのは十二時前。さらにそれから眠りにつくまでが長かった。

 眠くなかったわけじゃない。むしろ体は疲れていて、一刻も早い休息を求めていた。

 けれど頭のどこかが酷く興奮していて、眠気がやってきてもそのたびに勝手にそれを追い払っていった。


 ようやく眠る事が出来たのは、いつくらいだっただろう。三時過ぎに時計を見たのは覚えているけど、それからは時間を確認するのも面倒になったから、どれくらい眠れたのかも分からなかった。

 布団から出ても、まだ頭はボーっとしたままだ。このままだとせっかく起きたというのにまた眠ってしまいそうだったから、さっさと布団を畳んで部屋を出る。


 茶の間に行くとお婆ちゃんが座っていた。

 お婆ちゃんは昨日の肝試しで私が疲れたのだと思っていたみたいで、起きるのが遅かった事には何も言わなかった。


「おはよう。朝ご飯食べる?」


 お婆ちゃんが聞いてくる。あまり食欲は無かったけど、少しは何かお腹に入れておいた方が良さそうだ。

 食べると答えると、ご飯とパンどっちにするかと聞かれる。たとえ日曜でも朝から米を炊くことはめったにないから、少し驚いた。


「月に一度くらいは、温かいご飯をお供えしないとね」


 言われて、襖の向こうにある仏壇に目をやった。そこには炊きあがって間もないご飯とお茶が供えられていた。

 そうか。今日は両親の月命日だっけ。


 仏壇の前まで行くと、そこに敷かれた座布団の上に正座をする。普段床に座る時は胡坐が基本だけど、さすがに今は姿勢を正す。

 背筋を伸ばすと、線香を立て、鐘を鳴らした。

 両親が亡くなってから、来月で丸二年になる。なんだかずいぶんと昔のような気がするし、ついこの前のようにも感じる。

 あの時の事故は、今でもよく覚えている。いや、本当はあれがただの事故ではないというのを、私は知っていた。


 両親の写真に向かってそっと手を合わせながら、静かに当時の記憶を呼び起した。

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