第16話 怪異の理由
「なんで……」
言葉が続かなかった。どうして朝霧君がここにいるのか。それに今、確かに彼はこの妖怪に向かって声をかけていた。
状況が理解できずに、驚きで膝が崩れる。倒れそうになったところで、朝霧君がさっと駆けよってきて、私の体を受け止めた。
「大丈夫か。どこも、怪我してないか?」
「う……うん」
心配そうに言う朝霧君に何とか答えるけれど、内心は未だパニックから抜け出せずにいる。
何でここにいるの? さっき通り過ぎて行った妖怪はなに? 妖怪に声をかけたって事は、朝霧君って……
だけどそんな私の動揺なんて気にも留めずに、目の前の妖怪は持っていたお守り袋をこっちに向かって突き出した。
「さっきお守りと言っていたが、これのことか。大事な物なら落とすんじゃないぞ」
その口ぶりから察するに、どうやらお守りは、やっぱり祠の前で落としていたみたいだ。出されたそれを受け取ろうとして、だけどそれを持つ妖怪の姿を改めて見て、また恐怖心から体が固まる。
そんな私を見て落ち着かせようとしたのか、そっと朝霧君が、私の肩に手を置いた。
「だから、一人で大丈夫かって言っただろ。怖いなら無理するな」
そんな言葉と共に、服越しに朝霧君の体温を感じる。その温かさが、私を少しだけ楽にさせた。
なぜ彼がここにいるのかは分からないけど、知った人間が傍にいるというだけで、不思議と安心感が湧いてくる。
「大丈夫だから」
そう言って、朝霧君に支えられたまま、私はようやくお守りを妖怪の手から受け取ることができた。
その直後、妖怪が言う。
「そのお守り、持っていても役に立たなそうだな」
その言葉に思わずムッとする。確かにご利益は無いかもしれないけど、私にはそれ以上にこれを大事にする理由があるんだ。
だけどもちろん、この妖怪がそんな事情など知っているはずもなく、不満げな私の視線にちっとも堪えることなく、私と朝霧君の二人を交互に見る。それから、私達が肝試しで使っていた道を指差した。それは、さっき何体もの妖怪たちが通って行った道でもある。
「お前達、あの道を通るのはやめておけ」
そう語る様子からは、私達に危害を加えるような意志は一切感じられない。
いったいこの妖怪は何がしたいのだろう。訳が分からずに戸惑っていると、隣にいる朝霧君が口を開いた。
「あなたは、そこの祠の土地神様?」
それを聞いて、妖怪は大きくため息をついた。
「今となってはそんな大層な力も無いがね」
ハッキリした答えにはなっていないけど、その口ぶりからすると朝霧君の言う通り、一応土地神には違いないようだ。
「わしは、元々は流れ者の妖怪だった。それが色々あってここでは土地神として祀られるようになって、他の妖怪から人間を守る事を役目としていた。だが今は人から忘れ去られ信仰を失い、もうそんな力も残っていない。お前達も見ただろう。本来わしの領分だったこの山道を我が物顔で歩く低級の妖怪どもの姿を」
さっき通り過ぎた妖怪たちの事を言っているのだろう。
「あいつらもそこまで悪い奴らじゃない。だが普段は大人しいが、ふと何かの拍子に人に危害を加える事もある。こんな夜遅くにわらわらとやってきた奴等とかな」
そう言って私達をじろりと睨む。暢気に肝試しにやってきた事を責めているのは明白だ。
だけど次の言葉に、私は再びムッとする。
「あるいは、人間のくせにわしらの姿を見える珍しい者など、実にからかい甲斐がある相手だろうよ」
なにさ。私だって、何も好きで見えているわけじゃない。そんな理由でからまれるのは迷惑以外の何物でもない。
そんな想いはどうやら表情にも出ていたようで、土地神も私の心中を察したようだ。
「だから、お前たちが巻き込まれないように少し暗示をかけさせてもらったんだ。今のわしにもそのくらいの力はある。こっちの道だと狭くて遠回りになるが、あいつらもめったに寄ってこない。もっとも、力あるあんたらにはそれも通じなかったようだがな」
その暗示のせいでみんなはこの狭い脇道を通って行ったのか。私をここまで無理やり連れてきたのも、全てはあの妖怪たちから身を隠すためのようだ。
ちょっと待って。それって……
真相を聞くと、今まで恐ろしいと思っていた事が、実は全部私たちを守るためにやっていたんだとわかる。
相手が妖怪だろうと土地神だろうと、そういった存在から今まで善意など向けられた覚えなんて無かった私は、ただただ困惑してしまう。
だけど今までの経験がどうであれ、今回この土地神に私達が助けられたのは事実のようだ。
妖怪、いや土地神はそこまで話す、とゆっくりと自分の祠のある方へと歩き出す。
「たぶんあんたらで最後だろう。さっさと戻らんと、あんたらを探しにまた何人もやってくる。五月蠅くなるのは敵わんから早く行ってくれ」
祠の前までついたところで、土地神は気怠そうに言った。
すると、今まで黙っていた朝霧君が口を開いた。
「あなたは、土地神でなく元の妖怪に戻ろうとは思わないのか?」
確かに。私も妖怪の考えなんてわからないけれど、力も信仰も無い神様なんて、わざわざ続けるだけの魅力があるとは思えない。
だけどそれを聞いて、土地神が小さく笑ったような気がした。
「今更そんな面倒くさい事はごめんだよ」
それが本心なのか、それとも何か別の含みがあるのかは私にはわからない。けれど、包帯の隙間からかすかに見えるその目はどこか優しそうに思えた。
私はポケットに手を入れると、持ってきたお菓子を取り出し、それを土地神に向かって差し出した。
「一応、お供え物。助けてくれてありがとう」
こんな物でも供えれば一応信仰になるのだろうか。土地神と言っても妖怪とそう変わりは無く、恐くて関わりたくない相手という事に違いは無い。それでも助けてもらったからにはお礼くらいは言う。
「ありがとよ」
お供え物を受け取った土地神はそう言うと、朝霧君の方にも目を向けた。口では何も言わない代わりに片手を前に出している。
「羊羹で良いか?」
朝霧君も、持ってきていた一口サイズの羊羹を土地神の手の上に置いた。
「お前さん、前にどこかであったことあるかね?」
土地神が何を思ったのかそんな事を聞いてきたけど、朝霧君は首を横に振る。
「気のせいだろ」
土地神はそうかとだけ答えると、それから吸い込まれるように祠の中へと消えていった。後には何も残らず、まるでこの場所には最初から、私と朝霧君の二人だけしかいなかったみたいだ。
「他の人も無事みたいだし、俺達もそろそろ行こうか?」
朝霧君がそう言う。確かに、みんながいなくなった件はこれで解決しただろう。けれど私にはもう一つ気になることが残っていた。
改めて朝霧君を見る。彼はさも当然のように土地神の姿を見て話しをしていた。
つまりそれは……
「ねえ、聞きたいことがあるんだけれど」
「……ああ」
緊張しながら言うと、朝霧君も私が何を言いたいか分かっているのか、私の食い入るような視線を静かに受け止めていた。
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