第11話 肝試しスタート
日が落ちて辺りが暗くなる。時計の針はすでに午後七時を過ぎていた。
季節はようやく七月に入ったばかりだというのにこの時間になっても気温は高く、着ていたシャツが汗で肌に貼りついていた。
学校からほど近い場所にある小さな山の入口では、普段この場所では決して聞こえることのない騒がしい声が響いている。
今日は土曜日。予定されていた肝試しの日だ。雨が降って中止になってくれればと往生際悪く祈ったりもしたけど、見上げた空には雲ひとつなかった。中途半端に曇って星の明かりを隠さないだけマシかもしれないと思う事にする。
既にほとんどの人は仲の良い友達同士でグループを作っていて、中にはお菓子を持ってきて仲間内で交換している子もいた。
かくいう私もお菓子は持ってきた。それ以外にもライトやお守りだって持参している。お守りは普段は学校の通学鞄につけているものだ。と言っても残念ながら今まであまりご利益を感じた事は無いけど、それでも気休めになればと一応持ってきた。
「ずいぶん気合入ってるね」
お守りを握りしめた私を見て、隣にいる美紀が言う。彼女は手ぶらだけど、動きやすいようにラフな格好をしてきている。周りを見ると、制服の子も何人かいたけれど、学校行事でなく生徒の自主的なイベントだけあって、大半の子は私服だった。
普段学校でしか会わない人も多いので、こういうふうに大勢が私服でいるというのはなんだか新鮮だ。
これでやることが肝試しでないならよかったんだけどね。
「だいたい何で肝試しなのよ」
今更ながら今回の企画に文句を付けると美紀が言った。
「企画していた人達が最近妖怪モノのアニメにはまったらしいよ。ほら、この辺が聖地になってるやつ」
それでか。そのアニメなら私も知っている。少女漫画原作で今までに何度もシリーズが放送されているそのアニメは、町のモデルとしてこの地方の風景が使われていた。
不細工なニャンコの妖怪が、主人公を他の妖怪から守る用心棒の先生をやっていたけど、そんな妖怪なら是非とも私の所にもやって来て守ってもらいたいものだ。
一息ついて辺りを見回すと、遠くにいた朝霧君の姿が目に入る。飾り気のない簡素な服装だったけれど、決して野暮な感じはしない。参加を嫌がっていたけど、教室で約束させられた通り結局来たみたいだ。
「よーし、みんな揃ってるな」
イベントの発案者が出てきて全員がそろったのを確認すると、皆にコースとルールについての説明を始めた。
今回行う肝試しの内容は、この山道の奥にある祠まで二人一組で行って、その証明として祠の前に置いてあるカードを持って帰ってくるというものだった。
山道と言っても急なものではなく、舗装はされていないものの今回コースになっているルートは道幅もそれなりにあって分かり易いので、暗くても迷う心配はないだろう。
ペアになる組み合わせと出発する順番、また脅かし役を誰がするかはこれからくじで決める。
肝試しでペアと言うと、漫画とかだと男女の組み合わせで行うカップルイベントのようなものも多いけれど、あいにくこのクラスは女子の数が男子の三倍近くいるので必ずしも男女の組み合わせになるとは限らない。私もくじ引きの結果、女の子同士のペアになった。
ペアになった人たちが、時間をおいて次々に山道へと入っていく。何組目かが山道に入っていった時、カードを手にした最初の組が戻ってきた。出発とゴールは別になっているので、他の組とは鉢合わせしないようになっている。
私たちの出発する順番は後ろの方になっていたので、もう少しの間ここで待つ。
無事何事もなく終わりますように。そう祈りながら、ポケットに入れたお守りを再び握った。
私達の順番が近づいてきたころだった。急に何人かが集まって話し始めるのが見えた。どうやらこの肝試しを企画したグループのようだ。
「どうかしたの?」
何だろうと思って聞いてみると彼女達は一様に首を傾げた。
「それが、先に行った組がなかなか戻ってこないんだ」
それを聞いて、既にゴールへと戻ってきた人を数えてみる。話を聞くまで気づかなかったけど、今くらいの時間だともう少し戻って来ていてもおかしくない。
「もしかして、道に迷ったとか?」
「道はわかりやすいからそれは無いんじゃない?」
「じゃあ、ケガしたとか?」
「それなら誰か知らせに来るんじゃないか?」
あれこれ話しているけど、それでもそこまで心配しているようには見えなかった。元々危険な場所でもないし、本当に不味い事になっているとは思っていないのだろう。
「たまたま遅れてるだけなんじゃない?」
「そうかもな」
一人が楽観的な意見を言い、他の人もそれに同意する。
でも、本当にそうだろうか。普段妖怪や怪異と出会っているからか、こういう時はどうしても警戒してしまう。
だけどそんな私の心中は伝わることなく、もし途中で前の組にあったら急ぐように言ってほしいと、これから出発する人達に伝えられるだけに終わった。
まあ、まだ何かあったって決まったわけじゃないし、本当にただ遅れているだけかもしれない。何も分からない以上は私も極力周りに合わせる事にする。
それからまた少し時間が経ったところで、いよいよ私達の番が回ってきた。
「行こっか」
「う…うん」
ペアになった子も、遅れている人達には特に何事もないものと思っているのか、その声に不安の色は無い。対する私は僅かに緊張しながら返事をすると、右手に持ったライトを点灯し、山道を照らす。
私たちは真っ暗な山道へと足を踏み入れた。
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