二章 肝試しの怪
第10話 クラスのイベント
「おはよう朝霧君。昨日はありがとう」
翌朝、学校についた私は朝霧君に声をかける。朝霧君も挨拶を返しながら、怪我をしている私の右足に目を向けた。
「怪我、大丈夫か?」
昨日は歩くのも辛かったし、足以外にもまだ細かい傷があちこちに残っている。それでも一晩たった今では、激しく動かしさえしなければそこまで問題は無かった。
「まだ少し痛むけど、歩くのはもう平気よ」
そう言って右足を上げ、回復している事をアピールして見せる。ところが朝霧君は急に焦ったように私から目をそらした。
「ちょっ…スカート」
言われて私はようやく気付く。足を上げた拍子にスカートがずれて足が膝上まで露わになっている。
とは言っても大きく捲れ上がったたわけじゃないからその奥までは見えていないだろう。それに、たとえ見えたとしても別に平気だ。
「中に短パンはいているから大丈夫」
おそらくこの学校ではほとんどの女子がそうしている。でないと床の上に胡坐をかいたり、暑い時にパタパタさせたり、ふざけて女子同士で捲りあったりなんてできない。
普段の教室でも普通にやっている事なので朝霧君もわかっているはずだ。それでも朝霧君はまだ目をそらしたまま顔を赤くしているので何だか面白い。
思えば昨日の放課後も自転車での帰り道も、朝霧君はほとんど険しい表情しかしていなかったから、こういう風に慌てているのは新鮮に見える。
あまりにオタオタしているその様子がおかしくて、つい弄ってやりたい衝動に駆られるけど、さすがにこれ以上は可哀そうなのでやめておこう。
「タオル、明日には返すから」
「あ…ああ」
昨夜のうちに洗濯して今朝から干しているので夕方には乾いているだろう。
そうしていると、急に横から声がした。
「よう朝霧。って、五木?」
朝霧君への挨拶と私への反応を立て続けに行ったのは相良君だった。朝霧君も返事を返したけど、その後相良君に向かって頭を下げた。
「五木から、口止めを頼んだと聞いた。迷惑かけたな」
「まあ、アイディア出したのは俺だしな」
相良君もバツの悪そうな顔をしながら、再び私の方へと体を向けた。
「なに話してたんだ?」
警戒気味に聞いてくる。昨日、黙っておくとは言ったけど、それでも心配なのだろう。
なにしろ女の子を敵に回すと恐ろしい。もし私が悪意を持ってこの事を皆に広めたら、今後二人とも女子からの敵意を向けられながら過ごす事になるだろう。女子比率の高いこの学校でそれは辛い。
「心配しなくても黙っておいてあげるわよ」
そう言って苦笑する。朝霧君のやった事に納得できたわけじゃないけど、一度約束をしたし、助けてもらった恩もある。それに今となっては、彼自身は憎からず思えたから、わざわざ誰かに言って陥れようとは思わなかった。
これで私も共犯ということになるのだろうか?
「五木とは昨日病院の帰りに、偶然会って話したんだ」
朝霧君が昨夜の事を簡単に説明する。私が道のそばに転がっていたところは省いているけど、私としてもそこを突っ込まれるとややこしいことになるのでその方が良い。
二人が話しているのを聞くと、朝霧君のお母さんが入院してるということは相良君も知っているようだ。
「俺の母ちゃん、あの病院で看護師やってるんだ。中学の頃にも晴の母ちゃん入院してて、晴と話すようになったのもそれがきっかけ」
相良君が説明してくれた。
「朝霧君のお母さんって、そんなに前から具合が悪いの?」
「元々あまり体が丈夫じゃなくて、今までにも何度か入院しているんだ」
ずっとというわけじゃないみたいだけど、何度かと言うからにはそれなりの回数にはなるだろう。父親もいないというし、苦労しているのだと思ったけど、だからといってあれこれ詮索するのは失礼だし、何と言っていいのかわからなかった。
そんな中、教室の前からクラス全体に向けて声が飛んだ。
「みんな、今度の土曜の事でちょっといい?」
見ると黒板の前にクラスメイトの一人が立っていた。少し前から次の土曜クラス全員で集まって何かしようという企画が上がっていて、彼女はその発案者の一人だった。他にも中心になっている人達が教室の各列にプリントを配って回っている。何をするのかはみんなの意見を聞いて決めると言っていたけど、どうやら決定したみたいだ。
回ってきたプリントに目をやる。そこに書いてあった内容とは。
「そこにある通り、みんなで肝試しすることに決まったから。なるべく全員参加で」
元気のいい声が届くとクラスの至る所から声が上がった。私はそれを、顔を引きつらせながら聞いていた。
私だって皆で何かするのは嫌いじゃない。けれど、他にもボウリングとかカラオケといった候補があったはず。にもかかわらず、なぜよりによって肝試しになってしまったのだろう。面白がっている人もいたけれど、私は参加しようという気にはなれかった。
けれど、みんな普段よほど退屈しているのかノリがいいのか、なかなか行かないとは言いだせない空気になってしまっている。
「俺はやめておく」
私の横で朝霧君が言った。こんな状況でも決して空気を読まないその胆力には感心するけれど、これはチャンスかもしれない。これにうまく便乗すれは私も肝試しに参加せずにすむかも。
ところがそう都合よくはいかなかった。
「なんだよ朝霧。付き合い悪いぞ」
言ったそばから否定的な声が飛び、朝霧君も困り顔になる。
やっぱりか。私は言ったところでこういう事になるだろうと思っていたので自分からは言いだせないでいた。けれどここは朝霧君に味方しながら、なんとか自分も参加せずにすむ方向に持っていけないかと考える。
だけど私が口を挟もうとする前に、横にいた相良君も朝霧君に参加を進めた。
「何か予定でもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「なら行ってもいいじゃねえか」
まずい。このまま朝霧君が折れてしまったらますます私も行きたくないとは言い難くなってしまう。
「行きたくないなら無理に誘わなくても良いんじゃないの?」
やんわりと朝霧君の援護をするけど、それでもクラス全体の雰囲気を変えるには至らない。
「なるべく全員参加って言ったろ」
「肝試しって言ったって別に本気でやるわけじゃないし、行こうぜ」
私の援護もむなしく、朝霧君も次第に大きくなっていく周りの声に呑まれていっている。そしてとうとう。
「じゃあ…参加する」
結局は折れて参加することが決まった。ダメだったか。
行かないと言っていた朝霧君も参加することが決まり、そのせいでますます嫌だとは言えない空気になってしまった。朝霧君がもっと我をはってくれたら私も断れたかもしれないのに。そんな完全な八つ当たりをしながら、結局私も行かないとは言いだせないまま参加することになってしまった。
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