第12話 本物の妖怪

「けっこう暗いね」


 隣を歩いている子が呑気にそう話す。肝試しと言っても本気で怖がるような子はほとんどいないだろう。

 私だって心の中で嫌がっていたけど、別に肝試し自体を怖いとは思っているわけじゃない。なにしろ脅かすのは人間だとわかっている。

 テレビで紹介されるような本格的なお化け屋敷とかならまだしも、本物の妖怪が見えている私にとってクラスのイベント程度の脅かし方で怖がるとは思わなかった。

 なら何をこんなにも怖がっているのか。それは本物が出るかもしれないからだ。


 元々肝試しに使われるような場所と言うのは何かしらの謂われがある事が多い。そういう場所には妖怪を集める何かがあるのか、その姿を見る事が多かった。あるいは、元々妖の多い場所なので謂われが生まれたのかもしれない。

 今回肝試しの舞台に選ばれたこの山道と、その先にある祠にもそれなりの話があった。全員がくじを引き終わった後、発案者の子が皆に説明してくれた。


 なんでも、昔このあたりには悪さをする妖怪がいて、それに困った当時の人たちがこの道を行き来する人の安全を土地神に祈り、祭るための祠を建てた。それ以来、この山道に妖怪が出る事は無くなった。

 だけど時代が進み近くに大きな道路ができた今となっては、この道を通る人も、その奥にある土地神の祠を訪れる人も少なくなり、人はいつしか土地神への信仰を忘れていった。

 今やその祠は手入れをする人もいなくなり、人から忘れられた土地神が寂しく暮らしているとの事だった。


 その話が本当なら、今夜は久しぶりに土地神様に頑張ってもらいたいものだ。無事に終わる事が出来たらまんじゅうの一つでも備えてやっても良い。

 もっとも、一口に土地神と言ってもモノによってはその存在は実は妖怪と紙一重だ。

 簡単に言ってしまえば、たとえ妖怪でも人から祭られて信仰の対象になればそれが神になることもある。逆に言えば信仰を失った神様が妖怪になることもあるし、中には神様と聞いて普通想像するような者とはかけ離れた、どちらかと言えば災厄をもたらす疫病神のような存在もいる。

 ここの土地神も昔はともかく、話を聞く限りでは今は信仰している人もいないようだし、どうなっているかわからない。何にしても、たとえ見かけたとしても決して自分から関わらない方が良いだろう。


 山道をライトで照らしながら歩いていると、前方にこんにゃくをぶら下げた釣竿が見えた。びっくりするくらい古典的で雑な仕掛けだ。こういうのはせめて脅かす直前までばれないようにするべきじゃないか。

 釣竿の先へとライトを向けると、そこにはくじ引きによって脅かし役に任命された美紀がいた。


「よくぞ見破った」

 笑いながら言う美紀にあきれ顔になる。


「美紀が脅かし役ってミスキャストだよね」

 こんなクオリティだと怖いものも怖くなくなってしまう。


「だってずーっと一人で待ってて寂しいんだもん」


 確かに、脅かし役の大部分は暗い中ライトもつけずに一人でずっと待っている事になる。ある意味二人一組でいる私たちよりも怖そうだ。


「これあげるから頑張って」


 慰めにと、持ってきたお菓子を渡す。


「ありがとう麻里。愛してる」

 美紀は感激して私に抱きついてくる。安い愛だった。


 美紀からの愛(?)を受け取って、肝試しとは何だろうと疑問に思った私たちはさらに先へと進んでいく。美紀との一連のやり取りのおかげで、当初と比べると抱いていた緊張も幾分和らいできた。愛(?)の力は偉大だ。



 さらに先へと進んでいくと、今度は二人目の脅かし役の子と遭遇する。

 こちらは美紀とは違って、一応それなりに驚かそうとする意志はあったみたいだけれど、やった事はシーツをかぶって飛び出すだけ。もちろん怖くもなんともなく、もはや苦笑するしかなかった。


「これからもう少し行ったら祠だから」


 親切に道案内のおまけつきだ。脅かし役と言うのは名ばかりで、怖がりな人のために用意したお笑い要因なんじゃないかと思ってしまう。

 一緒にいた子も似たような事を思ったのだろう。二人ともまるで緊張感の無いまま祠の前までたどり着いた。


 祠は山道の中では比較的見やすい場所に建てられていたけど、祠自体が小さく普通に歩いていたらうっかり通り過ぎてしまいそうだ。企画した側もそれに気を使ってか、祠の手前には見落とす事の無いようにライトが置かれていた。

 ライトに照らされた祠の前には、持ってくるようにと指示のあったカードを入れた箱がおいてあった。


「あれかな?」


 一緒にいた子が箱へと駆け寄る。だけど私はそれ以上先に進むの躊躇した。箱よりも、祠の隣にある物の方が気になったから。

 最初は影になっていて気づかなかったけれど、そこには座るのに丁度良い大きさの石が置かれていて、その上には誰かが腰かけていた。


 近くに生えた木の枝が邪魔をして顔は良くわからないけど、脅かし役だろうか?

 しかし脅かすのが目的なら、脅かすその時まで見つからないようにもっとうまく隠れるんじゃないか?中には美紀みたいな例外もいるだろうけど、私達が近づいても見向きもせず黙ってそこに座っているのがなんだか余計に不気味に感じられた。


 もしかするとこれは本物の妖怪だろうか?

 急にさっきまで抜けていた緊張が戻ってきて、祠に向かう足を止める。

 何よりおかしいのは、一緒にいる子がその存在に対して全く何の反応もしていない事だった。


「どうしたの?」


 急に立ち止った私を不思議そうに見る。相変わらず、祠の隣にいる人には気づいていないようだ。やっぱりこれは妖怪か、でなければ話に出ていた土地神かもしれない。

 幸い、向こうも私が見えている事には気づいていないようだった。ならこのまま見えないように振る舞いながらこの場を去った方がいい。


「何でもない。今行くね」


 はやる気持ちを抑えながら、カードの入った箱を開けるためゆっくりと祠に近づく。


 途中、気づかれないようにそっと横目で妖怪の方を見る。姿は人間に似ているけど、体にはボロボロのみずぼらしい服を纏い、顔には覆い隠すように包帯が幾重にもぐるぐると巻かれていた。

 不気味に思いながらも、それを無視して箱の蓋を開ける。その途端、箱の中から勢いよく何かが飛び出し、辺りにけたたましい音が響いた。


「きゃっ!」


 驚いて思わずその場に倒れる。何が起きたのと、一瞬頭がパニックを起こしそうになる。けれどそれを見て、一緒にいた子が吹き出した。


「大丈夫?これびっくり箱だよ」


 その子は笑いながら箱の中を覗き込むと、それを掴んで私に見せた。


「びっくり箱?」


 驚きながら中を見てみると、そこにはバネのついた人形と、箱を開くと音の鳴る仕掛けがされていた。

 単純な仕掛けではあったけど、意識が妖怪の方に向いていた事もあって、思わぬ不意打ちだった。

 その横では騒がしく思ったのか、妖怪がちらりとこちらを見ていた。本物の妖怪の横でびっくり箱に腰を抜かすという、なかなかにシュールな光景だった。


「五木、驚きすぎ」


 近くに妖怪さえいなければここまで驚きはしなかったのに。そうは思ってもとても言えるはずが無かった。

 まあ、恥ずかしい思いをしたけれど、妖怪に気づかれてないだけまだマシだ。妖怪は少しの間私達を見ていたけど、飽きたのかすぐにまた明後日の方を向く。

 その様子を見届けると、立ち上がり、倒れた拍子についた汚れを払った。

 箱の中にあるカードを取り、再び蓋をして元の場所へと戻しておく。これで後は戻るだけだ。


 祠を後に、再び山道を歩きだす。少し歩いて、念のためさっきの妖怪がついてきてやしないかと後ろに気を配ったけどその気配もなく、道の両脇にある雑木林から時折虫の鳴き声が聞こえてくるだけだった。

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