第4話 クラスメイトの朝霧君

 朝霧君に告白したと言う、顔も名前も知らないその子の事を想像してみる。私自身は恋愛や失恋といった経験は残念ながらまだ無いけど、意中の人の好きな相手を知りたいと言う気持ちは理解できた。

 たとえ一度断られたとしても、多分その子はまだ朝霧君のことが好きなのだろう。たとえ知ったとしてもどうにもならないかもしれないけど、それでも知りたいと思うのが恋心だろう。


 こういう時相手が女の子なら、好きな人は割と簡単に調べることができる気がする。恋バナは女子の会話の定番だ。好きな人がいれば仲の良い友達同士の会話の中で自然に、あるいは半ば強引に名前がでてくる。例え直接名前は出さなかったとしても、見ていて何となく察したり推測されたりする事もある。

 その上、周りの数人がそれを知ってしまうと、そこからさらに人づてに話しは広がっていき、最終的には噂という形で本人の知らないうちにそれなりの人数に知られてしまうということもある。


 けれどそれが男子となると、そこは男女の差なのだろうか。実際に付き合っているとかならともかく、告白もしていないただ一方的に好きなだけの相手となると、たとえ親しい友人でもあまり話さない人もいる。さらに男子の場合その手の噂の広がりかたは、女子のそれと比べて規模も速度も小さい。

 おまけに今回の場合、当人である朝霧君があまり周りと話すタイプではないというから、調べるのはなかなかに難しそうだ。


 他の皆も同じような事を思ったみたいで、少しの間沈黙が流れる。そんな中一人が朝霧君のことを指して言った。


「朝霧君って愛想が無いわけじゃないけど、なんかちょっと近づきづらい感じだよね。なんて言うんだろう、人と距離があるみたいな」


 その意見に周りも同意する。怖そうなわけでも無愛想なわけでもなく、むしろ傍から見ていると人畜無害な感じがするし、誰かが彼のことを嫌っているという話しも特に聞かない。

 けれど、周りから一歩引いていて、必要以上に踏み込むこともなければ立ち入らせることもない。常にそんな距離感を保っているようだった。


 ちらりとサッカーをやっている男子の方に目を向ける。うちのクラスの男子も何人か混ざっていたけれど、そこに朝霧君の姿は無かった。


「あ、でも相良君とは割と仲が良かった気がする」


 一人がそう言ってクラスメイトの名をあげた。けれど久美子は、その人には既に聞いてみたという。結果はもちろん、知らないという答えが返ってきたそうだ。

 それにしても、周りから距離を置くかのような彼の普段の様子に、自分だったら考えられないと私は思った。


 妖が見えるというこの体質のせいで、小さい頃は周りの人から気味悪がられたり、変な奴だと言われたりしたりしてきた。そのたびにごまかし、取り繕い、なんとか大きな問題をおこすことなく周りと付き合ってこれた。けれど、もし一度でも関係が壊れたら、みんな私の事を怖がって二度と元には戻らないかもしれない。そんな思いはいつもどこかにあった。

 もちろん私の悩みは特殊な例だろうし、彼の場合は孤立しているわけではないだろうし、誰かから嫌われているというわけでもない。周囲に迷惑をかけていない以上、人との付き合い方なんてそれぞれだし、こんなことを思うのは余計なことかもしれないけど、私からして見ればそれは不思議に思えた。


 そういえばと、一人が思い出したように呟いた。


「朝霧君って私と同じ中学だったんだけど、前に変な噂があったな」

「どんな?」


 聞かれるとその子は、自分も人から聞いただけだから本当かどうかわからないという前置きをした後、小さな声で話し始めた。


「親が旧家の出だとか、両親が駆け落ちした末にできた子だとか、色々あったけど、一番多かったのはあれだったかな?」


 そう言ってその子はますます声をひそめる。


「小さい頃は虚言癖があったり挙動不審だったりして、周りの子にケガさせたこともあるって話だった」

「…………」


 聞いてみるとなかなかに重くてあまり気持ちのいい話ではなかった。今まで大人しい印象しかなかったから余計に重く感じる。

 言った本人も凍ってしまった場の空気に困っている。そんな中、一人がおずおずと尋ねた。


「それってやばくない。本当なの?」

「だから噂だって言ってるじゃない。そんな風には見えないでしょ」


 さすがに本人に悪いと思ったのか、慌ててフォローを入れ、根も葉もない事だと強調する。実際、普段教室で見かける彼の姿からは、その噂にあるようなイメージとは結びつかなかった。


「まあ、噂なんていい加減なものだしね」


 他の皆もそう思ったのか、噂だからと納得したようだった。

 しかし、たとえ事実ではないとしてもこういう噂を立てられた方は嫌だろうなと、好奇心から無責任に聞いてしまったことを反省する。

 噂というのはえてして、事実かどうかよりもその内容が面白いかどうかで広まっていく。特に学校のようなある種の閉鎖された場所では広まるスピードも早く、無責任に大きくなっていく。


 少し前に、今は他の高校に通っている、同じ中学の先輩が子どもを作ったという噂が流れたことがあった。数日後、近くのショッピングセンターに買物に行ったときに偶然その先輩を見かけたけれど、同じ学校の友達らしい人と一緒にと遊んでいた。その姿を見て、噂の真意をわざわざ確かめようという気すら起きなかった。きっと噂を聞いたら一番驚くのは本人だろう。


 そんなことを考えているうちにしだいに話題はそれていき、いつの間にか今度のテストや夏休みの予定といった関係のないことへと変わって行った。

 おしゃべりに花を咲かせていると時間のたつのも早い。気がつけば昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。

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