一章 瞳に映る妖たち
第3話 昼休みの恋バナ
前にテレビで見た話だけど、気象予報士はたとえ雨が降っても天気が悪いという言葉は使わず、天気が崩れると言う表現をするそうだ。
農家の人にとっては、雨は作物を育てるために必要なものだし、夏の暑い日に少しだけふると、それによって涼しさを感じることができる。恵みの雨などと言うように、雨は全ての人にとって悪いとは限らないというのがその理由との事だった。
それでも昨日までのように雨が三日も続くとさすがに気が滅入り、こうして久しぶりに青空が顔を出すと少しほっとする。
だからだろうか。昼休み校舎から出て、外で昼食をとろうとする人の数も心なしかいつもより多いような気がした。
私も普段の昼食は教室で食べることが多いけど、今日は美紀に誘われ他の女子生徒数人とこうしてグラウンド近くにある屋根の下で弁当箱の包みを開いている。
グラウンドの方に目をやると、まだ地面がぬかるんでいるにもかかわらず、男子生徒数人が制服のままサッカーをしていた。
商業高校であるうちの学校の男女比は女子生徒の割合が圧倒的に多く、中には女子だけのクラスというものもある。普段の男女の力関係もそれに比例するように女子の方が強く、男子があまり前に出ることは少ないのだけれど、それでもこういった時にすぐ体を動かそうとするのはさすがに殆どが男子生徒だ。
「汚れるのによくやるね」
隣にいる美紀がそう言いながら、手に持っているパンの袋を破った。ここに来る前、戦場と化した購買で入手した戦利品だ。登校前にもコンビニで買っていたけど、二時間目の休み時間には彼女のお腹の中へと消えていった。
「卵焼きいる?」
「おお、ありがとう。お礼にパンを一切れ贈呈しよう」
美紀はパンを一口サイズにちぎりながら私の先出た卵焼きへとかぶりついた。
美紀は中学からの友達で、こうして同じ高校へと進学した後もその付き合いは変わらない。なぜ美紀と仲良くなったかというと、実は私自身うまく説明できない。何か特別なきっかけがあったわけではなく、初めて言葉を交わしたのもたまたま席が近かったからとか、そんな理由だった気がする。
ただ、こっちの中学に転入してすぐ、私の境遇を知る人からは必要以上に同情されたり、好奇な目で見られたりした事もあった中、美紀はあくまで自然と自分に接してきた。たぶん本人は特に意識したわけでもないだろうけど、私にとっては変に同情されるよりもありがたかった。
そんなことを思いながら美紀の方を見ると、彼女は早くも二つ目のパンの袋を開こうとしていた。
私も食が細い方ではないけど、食事量は明らかに美紀の方が多い。それでも体型がそんなに変わらないのは、美紀が部活でソフトボールをやっていて、摂取した分のカロリーをきちんと運動で消費しているからだろう。
一方、体育の授業以外、あまり体を動かすことの無い私は、少し前に体重計に乗って以来、しばらくの間休み時間中の間食は控えることにしている。
「ねえ、そういえば知ってる?」
隣に座っていた
「うちのクラスに
「好きな人?」
久美子の口から出てきたのは何だか恋バナの臭いのする発言だった。それを聞いて周りの子達が一斉に色めきだつ。
女の子というのは大抵がこの手の話題への食いつきが良い。みんなが会話を止めて記憶をたどるように、私も件のクラスメイトの顔を思い浮かべた。
朝霧晴。同じクラスの男子だけど、知っているのは名前くらいで特に話しをした事は無い。
彼の顔を思い出す。白い肌に二重の瞼と長い睫毛、やや中性的な顔立ちだけどそれぞれの顔のパーツは整っているように思う。体は全体的にほっそりしていて、背は高くもなく低くもないといったところ。顔の特徴と合わさって、落ち着いて物静かという印象だ。
とは言っても、外見を除いてはどんな人なのか殆ど知らない。もちろん、好きな相手なんて聞いたこともなかった。
「ごめん、私は知らない。美紀は?」
けれど美紀もまた首を振る。
「私も聞いたことないな。あんまり話したことないし」
他の皆も同じく知らないと答える。それ以前に、この場にいるほとんどが、彼のことをあまりよく知らないでいた。
「大人しそうなタイプだよね。顔は悪くないけど」
誰かがそう言った。私も漠然とだけどそんな印象を持っている。話しかけるとそれなりに会話はするし無愛想というわけじゃないけど、自分から積極的に話しに加わったりするタイプじゃないらしい。
「一度席が近くだった事があるけど、他の男子といっしょに騒いだりすることもなかったと思う」
みんなに聞いて分かったのは大人しいというくらいだった。これでは、好きな人は誰かという本題にはとてもたどり着けそうにない。
「それで、なんでそんなこと聞くの、告白でもするの?」
最初に話を始めた久美子に、美紀がワクワクした顔で尋ねる。けれど久美子は微妙な表情を浮かべた。それでも言いにくそうではあるけど、なんとか答える。
「するっていうか、告白はもうして、それでふられたんだよね」
その言葉に全員が押し黙る。失恋という事実に、みんな何と声をかければいいかわからず、困っている様子だった。私もこう言う時の上手な慰め方なんて分からない。
「違う、私じゃなくて3組の子!知ってるなら教えてほしいって言われたの」
周りから向けられた憐みの眼差しに、久美子が慌てて叫んだ。
「その子、朝霧君と同じ中学で、前から好きだったみたいなんだけど、この前思い切って告ったんだって。でも、他に好きな人がいるって言われて、断られて……それならせめて好きな人が誰か知りたいって」
振られたのがこの場にいない第三者とわかって皆ホッとする。もっとも、どちらにしても振られた人がいるという事に変わりは無いけれど。
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