第2話 抱えた秘密

 私には小さいころから人には言えない秘密があった。生きていたころの両親にも、友達にも、お婆ちゃんにだって言えなかったことだ。


 この世には私にしか見ることのできない『何か』がいる。初めてそれを見たのはいつだったろう。少なくとも物心がついたころには、その『何か』は時々、私の前に姿を現わしていた。



 ある日のことだ。私のそばを一匹の犬が横切った。最初は何げなく目を向けたのだけど、よく見るとその犬は顔だけ毛の量が少なくて、形もどこかおかしかった。まるで人間の顔の皮を無理やり犬にくっつけているようにも見えた。驚いて思わず声を上げると、その人間の顔をした犬は意地悪そうな顔をこちらに向け、まるで人間のような声でニタニタと笑った。


 またある日、夕暮れ時に一人近所の公園で遊んでいると、長く伸びた自分の影の横にもう一つ、本当ならそこにあるはずのない影が現れた。辺りを見回してもその場には私以外誰もいない。私が動くと、そのもう一つの影もぴったりとついてくる。気味が悪くなり、走って逃げだしたけど、その影は私がどれだけ必死に走っても決して離れることはなく、日が落ちるまでまとわり続けた。


 最初それは誰にでも見えるものだと思っていて、怖いのがいると両親や友達に話したこともあった。だけど皆そんなものはいないと言う。大人達からは空想好きな子どもと笑われ、友達からは嘘つきと言われ、そこで私はようやくそれが見えるのは自分だけなのだと気づいた。


 その事は私にそれまで以上の恐怖を与えた。自分がどんなに怖い目にあっても、誰にも分かってもらえることはなく、守ってくれる人もいない。幸いと言っていいのか分からないけど、その『何か』も私が見えているという事に気づかなければ、わざわざ向こうから近づいてくることは少なかった。


 だから、たとえ見えていたとしても、何も見えていないかのように振舞うようにした。決して目を合わせないよう、見えるということを悟られないよう心がけた。

 怖い目に合うのも嫌だったし、もしそんな所を誰かに見られたりしたらきっとおかしな子だと思われる。それが怖くて、私は必死に見えるということを隠し続けた。


 けれど、それで全てが隠しきれるわけじゃなかった。いくら見えないふりをしていても、それら実際にそこにいて、動き、声をあげるのだから。

 一度目に入ってしまったら、声を聞いてしまったら、もう気にせずにはいられない。

 突然視界に飛び込んできたら驚きもするし、時には人間そっくりの者もいて、気づかずに声をかけてしまうこともあった。


 そのせいで周りから不思議がられることもあった。見えない人からすると何もない空間に向かって突然驚いたり話しかけたりしているのだから当然だろう。そのたびに必死にごまかした。何でもない、気のせい。そんなセリフは今まで何度言ったかわからない。

 時には直接的な被害をうけたこともある。びっくりするくらい強い力で腕を掴まれた事もあったし、寄ってきたそれから逃げる際に、転んで服を汚したり怪我をしたりした事も何度もあった。


 全て打ち明けることができればと何度も思ったけど、言ったらまた周りから変な奴だと思われ、孤立してしまう。そう思うと何も言えなかった。


 それらは恐らく、妖怪、あるいはあやかしと呼ばれる存在なのだろう。

 名前があると言うことは、もしかしたら世の中には、私以外にもそれらが見える人がいるのかもしれない。

 だけどそんな人見たこともなければ、簡単に会えるとも思えない。


 だから私は秘密にする。妖怪、あるいはあやかしが見えてしまうという、この事実を否定する。

 そうすることが、身を守る唯一の方法と信じていた。

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