Chapter.3 Break the Rule!

Episode.23 Storyteller Always Loves Tragedy

あるじ、都市内で争っていた2名の準血種を始末して参りました」


 街から離れた森の奥。廃墟にしては騒がしい音を響かせ、幾多もの気配を感じさせる古城があった。

 そんな古城の最上階かつ最奥のある一室に、3つの影が。

 1つは幼い様子で、背中に回した手を組みながら立っており、1つはなまめかしい体躯たいく駆使くししてそっとひざまずいている。

 そして、最後の1つはその長い足を組みながら、堂々たる態度で豪華なソファに腰掛けていた。


 ワインレッドを基調にしたそのソファは金色の装飾をあしらったもので、貴族を思わせるきらびやかなデザインだ。それでいて、古城の醸し出す薄暗さにも同調できる程度に、おごそかで落ち着いた雰囲気も持ち合わせている。

 廃墟たる古城は、それらしく怪しい陰鬱いんうつな様子であるものの、そこに住まう者たち独特の空気が影響してか、いささか廃墟からは程遠い高貴さをも見せている。

 どこか妖艶な雰囲気のその場所は、浮世離れしているようにさえ思われた。


 その中で告げられた言の葉。発した影――ひざまずいていた女は、そっと顔を上げてソファに腰掛ける自身のあるじたる男・クリードを見つめた。

 その紅い瞳は、敬愛というより崇拝に近い。

 真っ赤なドレスに真っ赤なピンヒール。腰辺りまで伸びたウェーブがかった金色の髪は、強調された胸元に落ちかかって前側に流れている。

 抜群の媚態びたいは見る者を惑わせるだろう。赤みがかった頬もまた、魅力的だった。


 クリードは優雅な雰囲気を漂わせながら、「そうか」とつむいでみせた。

 低く、少々厳格な色を込めて発されたが、年齢を感じさせないつややかさは、彼の持ち味なのだろう。


「ご苦労だったな。さすが私のロゼだよ」


 女は頬を染め、「有難きお言葉」と感極まった声で返す。そんな女――ロゼの様子に、クリードがその鮮やかな紅を細めた。


「ロゼ、その準血種、分かるか」

「いえ、特定には至りませんでした」

「北の奴らが動き始めたかと思ったが……情報がなかなか取れぬな」

「っ、申し訳ありません」


 クリードの言葉に彼女はその綺麗な顔を歪め、苦々しそうな表情で頭を下げた。

 彼女にとって、クリードは絶対的主。そんな彼に自身を認めてもらい、さらには必要とされることこそが、生き甲斐であり全てである。

 しかし、彼の期待に添えることが出来なかった。自身の力の無さを実感し、彼を満足させられなかったことを詫びることさえ、許されるか否か。

 なかなかとれない情報、つかめない相手の動き。もっと自分に力があれば、もっと自分が賢く動けていれば、彼をわずらわせることなく事が進んだかもしれないのに。


 俯いていて彼女の表情は分からないが、それでもクリードには彼女の様子が簡単に予想できてしまった。きっと悲痛な面持ちで、己を責めているのだろうと。

 そんな彼女にまた目を細める。それは、慈しむような色を持っていたかもしれない、優しく暖かい色を持っていたかもしれない。


「ロゼ」


 唇を噛み締めて悔しさを露わにしているだろうロゼに、彼に似合わず、少しだけ優しいともとれる声色を発した。

 その瞳はやはり生暖かいものを含んでおり、きっと「皮肉屋な半端物」がいたならば、「気持ち悪い」とこの様子を揶揄やゆしたことだろう。


「お前を責めているわけではないぞ、ロゼ」

「主、しかし……」


 困ったような表情でクリードを上目遣いに見上げたロゼ。彼女の目には、戸惑いが露わになっていた。

 そんな彼女に彼は笑い、もう1つ、先ほどからこちらを見ている幼い影に視線をやった。


「ミレイシア、お前はどうだった。何か収穫はあったか」


 クリードにそう問いかけられた少女は、嬉しそうに目を輝かせた。ピンク色のリボンで結い上げたツインテールの黒髪を揺らしながら、ドア付近からクリードの元へと駆け寄ってくる。

 黒色のゴシック・アンド・ロリータを思わせるワンピースがひらり、風になびくように舞ったとき、ミレイシアと呼ばれたその少女はロゼ同様地面にひざまずき、クリードにこうべを垂れた。


「北の奴らじゃなかったとおもう! ……です。でもでもっ、つながりはありそうだった! ……あ、ます!」


 たどたどしい敬語を使用し話す少女は、元気の良い声を古城内に響かせる。暗く重々しい場には、たいそう不釣り合いなものだった。

 それでも、彼女の持つ雰囲気は、紛れもなく溶け込んでいる。


「ミィ、敬語が無茶苦茶だ……」

「うぅ、ロゼ、ごめんなさい」

「私ではなくクリード様に謝りなさい」

「えーん、クリードさまぁ」


 しゅんとしながら自身を見上げてきたミレイシアにクリードは再度微笑み、「気にしてはいない」と告げる。そんなクリードに一気に表情を明るくしたミレイシアは、「ミィもがんばったんだよ、クリードさま!」と言って、褒めて褒めてと彼に向かって走り出した。

 その様子に、「まったく」とでも言いたそうな、呆れた表情をしたロゼは、ひとつ、わかりやすい溜息を吐く。

 クリードの座るソファまでやってきたミレイシアは、足を組んだその上で指を組んでいる彼に、ものすごい勢いで抱きついたのだった。


「ね、ごほうび!」

「ふっ、ならば今度飴でもやろう」

「わーいっ、クリードさまだいすきっ」


 にっこり笑ったミレイシアの頭を軽く撫で、彼は頭を下げたままのロゼに視線を投げた。それが、せっかく自分に構ってもらえたのに、という気持ちを起こさせ、ミレイシアの表情をわずかに曇らせる。

 「頭を上げろ」クリードの命令が響く。ゆっくりそれに従ったロゼが、彼の瞳に宿るものに気が付き、そっと立ちあがった。その動作を見届けたクリードが、少女の名を呼ぶ。


「ミレイシア」

「なんですかー」


 コテンと頭を傾けた少女。彼に優しい声色で言われたことが嬉しかったらしい。さっきまでの不機嫌さはどこかへ消えている。

 そんな彼女にやはり優しく微笑んだクリードは、頭を撫でながら言い聞かせるように言葉を発した。


「ミレイシア、私はロゼに用がある。お前は部屋に帰りなさい」


 なにかに勘付いたらしい。ミレイシアが納得のいかない表情で、まるで訴えるかのようにクリードを見つめる。その瞳には、「少女」とは決して似付かないような、剣呑な、そして大人びた嫉妬の色が浮かんでいた。

 これから2人が何をするのか、少女には分かっていたのだ。

 なぜなら同室であるロゼが夜中、クリードに呼ばれたきりなかなか帰ってこないことがこれまでにも多々あった。帰ってきたとて、ロゼの表情は同性から見てもずいぶんと色気のあるものだった。


 だからこそ、表情が変わった2人に彼女は潔く気が付いてしまったのだ。

 これから行われるであろう遊戯に。きっと自分は交わることの出来ないであろう遊戯に。


「むっ、ミィだって……!」


 1人クリードから離されるのが嫌なのだろう。泣きそうな顔で抗議したミレイシアだが、彼はそれでも少女がその場に残ることを良しとはしなかった。

 「命令だ」そう言われてしまえば、逆らうわけにはいかない。忠誠を誓い心から崇拝する相手からの命令なのだから。


 それでも彼を敬愛するからこそ、そう簡単には彼女も引き下がれない。

 どうして自分だけ相手にされないのか。どうして自分では駄目なのか。

 成熟していない身体が原因だということは百も承知。でも、心がわかってくれない。


「クリードさま、ミィのことは相手にしてくれないの!」

「……さすがに私も、お前を相手にするほど困ってはいないよ」

「っ、ミィは子供じゃないモン!」

「そういうところがまだ子供なんだ」


 反論は出来ない。自分が子供っぽいことはわかっている。今の発言だって、まさしくそうで、なんとも言えない感情がミレイシアを襲った。

 悔しそうに発信源であるクリード、ではなくロゼを睨む。

 けれど、見えた先には艶めかしい肢体したいを惜しみなく露出し、誘うような唇でなにかを言おうとしている「女性」の姿があった。


 血のようなドレスに身を包んだ彼女の髪の毛は、陰鬱な様子の廃墟に光をもたらすような金色であり、整った顔立ちは彼女の気品さを際立たせる。

 そして何より、惜しみなく主張された胸元は自分には無いもので。

 まるで男を誘惑するのに「完璧」と称しても良い容姿の持ち主を前に、これ以上自分が反論できることは何もないと、彼女の存在すべてから暗に言われているような気がした。

 くやしい。くやしくて仕方がない。心が乱れるにつれて、殺気にも似た冷たさが生まれた。


 そんなミレイシアにロゼが「ミレイシア」と、彼女を制するように呼びかける。その表情は子を見守る親のように温かなもので、少女は自然と口を閉ざした。

 一瞬、場を突き刺した殺気のようなものは、徐々になりを潜めていく。


 納得いかない。自分だってこんなにも彼を敬愛しているというのに、その思いが届かないなんて。

 そうは思っても、どうしようもない。

 ミレイシアは素直にクリードから離れ、その手を取って軽く口付けた。


「クリードさま、ミィはクリードさまがだいすきだよ」

「……そうか」

「ね、クリードさまは」

「ミィ、クリード様をあまり困らせるな」

「むぅ。じゃあクリードさま、また任務くださいね」

「ああ」


 クリードの返事にすぐに笑顔になった少女は、重々しそうな装飾のついたドアを開け、部屋から出て行った。


 ドアがゆったりと閉まるのを見届けて、ロゼがクリードの元へと向かう。そうして彼にまたがった彼女は、クリードの真っ赤な瞳をその赤で見つめる。

 交わり合う視線。そのままクリードの首筋に顔を近づけ、舌をわせようとした――瞬間、彼はそれを手で制し、ドアの向こう側に視線をやった。


「クリード様?」


 訝しげに自身を呼ぶロゼの腰に腕を回すも、視線は彼女にいっていない。そのことにロゼが悲しそうに口を一文字に結んだが、彼は気が付いていないようだった。

 その代わりクリードは、ドアに向かって口角を上げる。そして「入れ」と一言、愉しそうに告げたのだった。


「えっ」


 驚愕の色をみせて背後を振り向くロゼの目に映ったのは、1人の少年の姿だった。

 銀髪を後ろで1つにくくり、端正な顔立ちをしてはいるもののまだ幼い。それでも鋭い紅の眼光が、前髪の隙間から見え隠れしていた。

 まとう雰囲気はとてもでないが、穏やかなものとは言えない。けれどもそれが彼のデフォルトだということは、最近になって分かったことだった。


 何しにきたの、と訝しげに見てくるロゼの視線を無視し、少年イオンはクリードの元へ歩き出す。

 その堂々たる態度はクリードにとっては新鮮かつおかしなもので、ふ、と息を零して笑みを浮かべた。


「イオン、戻って来たか」

「ええ、只今」


 クリードの近くまで辿り着いたイオンは、呼びかけられたのと同時にひざまずいてみせた。そんなイオンに目を細め、彼は「どうだった」と問いかける。

 ロゼはその様子に不満そうにしながらも、沈黙を守った。この会話は業務的なもの。いくら自分が邪魔された側だったとしても、邪魔するつもりはないし、してはならない。


「例の半端物、始末に失敗。ネロがくだらぬ欲望に負けて裏切った」


 裏切り――その言葉に殺気立ったロゼをクリードは一瞥いちべつする。

 しかし、何を言うでもなく、むしろそんなことなどなんとでもないかのように、クリードは「そうか」とだけ零した。

 眉を寄せたイオンに、彼はその理由を話してみせる。


「奴は非常に貴重。故に、手放したくはない戦力でな。今は好き勝手にさせておけ」


 その言葉に、イオンは納得がいかないという表情をした。それもそうだろう。彼はいつしかの戦いで、ネロにいとも容易く殺られそうになったのだ。

 好き勝手、といって本当にそのようにさせていれば、任務達成が厳しくなるのは目に見えている。


「――お言葉ですがクリード様、ネロを野放しにするのもまた危険では」

「だが、今奴を失うのは惜しい。そして、敵に回したくないのも事実だ」

「クリード様……」


 さらに眉間の皺を深くしたイオン。その様子を見ながら、クリードが笑う。


「ネロもキルと同じ、戦闘主義だ」

「!」

「半端物――シンの戦闘能力に興味が湧けば、自ずと殺りに行ってくれる」

「なるほど……その機会に乗じて死神刀を?」


 頷いてみせたクリードの肯定に、イオンはようやく納得したのか――それでも眉は寄せられたままだったが――彼はクリードを真っ直ぐに見据え「クリード様」と呼んだ。呼ばれた彼が、目を細める。


「引き続き奴の始末で構いませんか」

「奴は危険だ。そして我らの外れ物」

「ええ、そうですね」


 半端物――シン。その存在は、吸血鬼の中でも特殊であり、そして脅威でもあった。

 半端物でありながら並外れた能力を持っているのは、やはり生まれの影響だろうか。とにもかくにも、自分たちの存在を脅かす危険な存在にはかわりがない。


「手段は問わん。確実に仕留めよ」

「――御意」


 立ちあがったイオンの瞳に、鋭く射抜くような視線がクリードから向けられる。その紅を、イオンも無感情な色を宿して見返した。

 しばらくそのまま、沈黙の中で視線のみが交わされる。スッ、とクリードの紅が細められ、イオンが微かな悪寒を感じ取った瞬間、彼がゆっくりとイオンの名を紡いだ。


「イオン」


 その言葉に、視線だけの返事を送る。

 それでもクリードは構わなかったらしい。彼のそのような態度を咎めるでもなく、口を開いた。


「信頼しているぞ、イオン」


 その言葉に、イオンも真っ直ぐとクリードを見る。2つの視線が交差して、強い紅が互いを刺激し合っているその最中。自嘲にも似た笑みを口元に浮かべたイオンは、ゆっくりと頭を下げた。


「……有難き御言葉」


 そうして部屋から出て行ったイオンに、くつくつと喉で笑うクリード。

 その笑いはもう部屋を出たイオンには聞こえなかったが、壁に背を預けて片手で顔を覆った彼の表情は、苦々しそうなものだった。


 そっと顔から手を外し、壁に背を預けたままで天井を見やる。小さめのシャンデリアが目に映るが、彼の視覚を支配しているものはそれではなかった。何かに耐えるように握りしめられた手。その手は、微かに震えている。

 ギリ、と歯軋りまでしたイオンは、やはり切なげに上を向いたまま瞼を閉じる。そうして小さく紡がれた音は、部屋の中から聞こえてきた女の甲高い喘ぎ声にかき消され、存在を無くしたのだった。


「リリー……」


 無色の、哀しみ。

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