Chapter. 2 It's Show Time

Episode.15 Hey, Tagger, I'm Here!

 ざわざわ。森が叫び出す。

 それは来客を知らせる呼び鈴のようなもの。だが、鈴と言えるほどかわいらしい音でも空気でも、ましてや訪問者でもない。

 異様な空気が包み込むその場所は、暗澹あんたんに呑み込まれてしまいそうだ。


 訪問者の影が、ひとつの影に向かった。素早い動きが風を切る。地面を蹴りつける音が響き渡る。

 キラリと闇夜に光るその者特有の長い爪が、ニヤリと弧を描く影に向かい、勢いよく振るわれた。


 それを難なく避けた影――隻眼の男は、目にしてある眼帯を手でさりげなく確認し、バック転で距離を取る。

 両者の素早い動きを表現するかのように砂塵さじんが舞い、二人の視線が交差した。互いの動きを読もうとしているようだ。


 銀髪を後ろでしばった少年。

 髪を下ろせば、肩につくぐらいの長さだろう。幼さ残る顔立ちには似付かないほどの鋭い眼光を持ち、ある一点――漆黒の髪の毛をした隻眼の男を見ていた。

 睥睨へいげいする赤が捉えたその影は、口元に笑みを浮かべながら自分を見据えている。

 ああ、不快だ。少年はそう思った。


 ざわざわ。騒ぐ木々は、どこか不気味だ。その不気味さに呼応するように、少年の瞳が鋭さを帯びる。

 隻眼の男も同じように、少しだけ目を細めた。その見定めるような視線は、それでも愉悦の色を浮かべている。

 そこに見える明らかな余裕の表れは、やはり少年の苛立ちを誘うほかなかった。


「お前に死んでもらいにきた」


 銀髪の少年は、隻眼に向かって言葉を出した。淡々と機械的につむがれたその言葉は、物騒なものを含んでいる。

 だが、そのセリフは隻眼の男をたいそう笑わせるものだったらしい。

 男が隠すことなく声を出して笑う。それは「おかしくてたまらない」という感情を、存分にあらわにしたものだった。


 銀髪の少年の顔が嫌悪感に歪められる。馬鹿にしたような男の態度が気に入らないのだ。


「いやー、毎日毎日ここまでご苦労サン。今日はこれまた大勢で、よくぞここまでいらっしゃったもんだ。アンタのお友達かい」


 隻眼の男――シンが馬鹿にしたように口にしたセリフに、少年――イオンが「友達なわけないだろう」とシンを睨みつける。

 「おー、こわ」

 言いながらも、シンの表情は愉しそうだ。視線は、イオン以外の二人の訪問者に向けられていた。


 彼の右隣に、まず一人。

 少年イオンと同じく銀髪であるが、顎下あごした程度の適度な長さで揃えられている。左目の下に泣きボクロがあり、ふちなしのスタイリッシュな眼鏡が光を放つ。シャツの上に白衣をまとい、どことなく危険な空気をただよわせている男だ。

 彼の名をキル。

 口元に浮かべられた、妖艶ようえんにさえ思える笑みが印象的だ。視線は鋭くもあやしい雰囲気を兼ね備えており、奥に眠る狂気がしかと感じ取れた。

 きっとコイツは危険だ――そう思わせるだけのものを持っている。


 さらに。

 キルの反対隣りには、深い群青色ぐんじょういろの髪の毛をしたタレ目の男がいた。適度な長さの髪の毛はすこし癖っ毛なのか、ところどころで跳ねている。本人もにこにことしており、緊張感のない表情だ。

 彼の名は、ネロ。

 瞳が紅いことを除けば、見た目は一般的な吸血鬼で特殊な要素は感じられない。にこにことした様子は何のためにここで対面しているのか、目的を見失いそうなまでに敵意の一切も見られない。

 調子を狂わせるための伏兵か。厄介そうなことには変わりはないが、思わず気を抜いてしまいそうだ。


 シンがクツクツ笑っていると白衣の男――キルが、優雅にも思えるなめらかな動作でイオンの隣に立った。

 一挙一動をじっと眺めていれば、赤がシンを向く。そうしてシンとキルの視線が交差した、その一瞬。

 確かにキルの瞳に「」という形容詞だけでは片付けられない、ひどく傲慢ごうまんな狂気が見つけられた。

 この男の奥に潜んでいるのは、誰にも制御不能な猛獣。そう確信し、警戒心が強くなる。


「ふふふ、わたくし、キルと申します」


 ご丁寧にあいさつを一つ。

 自然な動作で下げられた頭を見やるに、このような優雅な振舞いに慣れているようだ。

 けれど、その自然な動作がここまで不自然さをかもし出すとは。不釣り合いな優雅さは、逆に危険を感じさせた。


「自己紹介など不要だろう」


 イオンが不機嫌に意見する。

 けれどもキルにとっては重要なものらしい。「いいえ、大切ですよ」と笑った。


「ふふ、実を言うとイオンくんは私の標的でしてね。彼とも早く死合いたいと思っているところです。けれどもどういうわけか彼にはなかなかお相手願えず、機会が訪れないので少々残念に思っているんですよ。嗚呼、いつになったらりあってくれるのか……」

「へぇ、そりゃおもしろいもんだな。そこ二人でりあって互いに自滅してくんねぇかなぁ」

「黙れ。そんなことがあるはずないだろう」


 イオンがキッとシンを睨む。その様子に「はは、だよなぁ」と、なんとも適当な言葉を返した。

 イオンの言葉通り、さすがにそんなことはあるわけないと分かっているから。

 とは言え、どうにも一風変わった訪問者らしい――このキルという吸血鬼は。


「自滅……ほう、なるほど。なかなかにして面白い提案ですね。全員でりあうのもまた一興か。ちょうど、イオンくんとはり合いたいと思っていたところですし、おまけに今日は、貴方という素敵な標的もいる。最高のシチュエーションに興奮してきましたよ」


 よくしゃべる男だ。そう印象を持つ。

 シンも他者のことは言えないが、こうにも自分のことを大っぴらに話しはしない。口はわざわいのもと、だから。

 それでも、そのようなことに一切気を遣っていないように思えるのは、そう見せられているだけなのか、それとも手口を明かしたとして致命傷にならないという絶対的な自信の表れか。

 どちらにせよ興味深い。シンは見定めるようにその目を細めた。


「おや、しゃべりすぎてしまいましたね。シンくん、でしたか。素敵なお名前です。以後お見知り置きを」


 そう言って、うやうやしく頭を下げたキルは、うれしそうにシンに向かって目を細めた。その奥にひそむ狂気は、相変わらず獰猛どうもうだ。

 こいつと殺り合えばただでは済まされないだろう。けれども、だからこそ殺り合いたいという気持ちもある。


 そう考えているそのときだった。

「しかし」

 キルが言葉をつなげたのだ。


 その逆接に、イオンが睨みの焦点をキルにあてる。

 いったい何を「しかし」の後に続けるつもりなのか。イオンの鋭い視線は明らかに牽制けんせいを意味していた。

 シンはそんな目の前のやり取りを、おもしろそうに目を細めて傍観ぼうかんする。


「私、今日はとてもやる気がおきません」

「……は?」


 イオンから聞き返すような声がもれた。

 そんなイオンにキルは眉を寄せ、「非常に蒸し暑い。当然でしょう」とためらいなく言ってのける。キルの表情は言葉どおり、当たり前のことを当たり前に口にしているようなものだった。

 唖然としたイオンに、さらに追い打ちをかけるようにネロが嬉々として口を開く。


「で、で!? オレ、超絶可愛い女の子がいるって聞いたからここに来たんだけど、どこかなっ、どこかな、そこかなぁ!」


 ぴょんぴょんと飛ぶようにして移動しながら、木の後ろを確認している。

 いるわけがないだろう、というイオンのツッコミが来るかと思ったがそんなこともなく、ツッコミ担当である彼は呆然とその様子を眺めているだけだった。

 どうやらキャパオーバーらしい。


「最近はメイドさんにハマっててね、それでね、それでね、ピンクのメイド服もたまんないけど、やっぱり黒も捨てがたいよね! うん、うん。すごく気分上がってきちゃったよ、えへへ! それがね、聞いてよ、今日完璧なんだ!」

「……おい、すこし黙れ、ネロ」

「何が完璧かってねっ」

「聞け」


 イオンの制止を完全に無視して、何やら語り始めるネロ。どうにも残念な頭をしているらしい――いや、もはや吸血鬼とはそんなものだろうか。

 ここにちはるがいれば、シンを見ながらうなずいていたことだろう。


「えっとね、えっとね。オレ、来るまでにどういうプレイにするかとか、真剣に真剣に考えてきたし、ついでに媚薬も用意してきたんだっ! 今回は即効性なんだけど、実は実は割と弱めでね! これを使ってメイドさんを犯すんだ!」

「おい待て、お前は何しに来たんだ!」

「え、え? メイドさん、犯しに来たんじゃないのっ」

「そんなわけあるか!」


 何でメイドを犯すなんて話が回っているんだ!


 叫んだイオンに、「じゃあ、じゃあ、猫耳プレイ?」と首をかたむけるネロ。完全にイオンの目的とたがえている。

 しまいには「生クリーム持ってくれば良かったなぁ」と真面目に別のことを考え始める始末。

 もはやイオンの手には負えなくなってきた。


 そんなネロとイオンを見てか、キルは妖しい笑みを口元に浮かべ、「ネロ、ここに来たのはそのためではありませんよ」とさとす。

 すこしの期待をもってイオンが振り向く。逆にネロは「えー」と不満の声を発した。おバカにも、メイドを犯すことに全力をかけて来たらしい。

「教えてやれ」

 苦労性なイオンはキルに答えをたくした。その言葉を受け、「そうですね」とキルが笑みを浮かべて口を開く。


「女性を犯すなどといった低俗ていぞくな遊びはしません」

「てーぞくな遊びじゃないもん! 盛り上がった方が美味しくお食事できるでしょ、でしょ! 雰囲気作りは男のたしなみ、オレにだってそれくらいはわかるよ!」

「私はね、あふれるほどの極上の血を、この体にたいそう気持ち良く浴びることができると聞いてきたのですから」

「待て、そんな召集をした覚えもどこにもないが」


 恍惚こうこつとした表情で、「ふふふふふ」と言いながらどこか遠くを見つめるキルに、イオンの鋭いツッコミが入る。

 どうにも話が食い違っているようだった。そもそも会話さえ成り立っていないのだが。

 よくここまで一緒にたどり着けたものだと、シンは静かに感心する。

 ある意味良い組み合わせなのかもしれない。楽しいコントを前に、シンは普通の顔でその様を眺めていた。木にもたれかかって、ポケットに手を突っ込んでいるあたり余裕なようだ。


「……完全に選択ミスだ」


 先ほどからズレにズレまくって、ななめ45度を目指したキルとネロの会話に、律儀に突っ込んでいたのは他でもないイオンだ。疲れた様子で額に手を当て、頭を抱えてしまうのも無理はない。

 人選ミスをなげいてしまっているが、確かにこれでは一向に話が進まないどころか、目的達成も怪しいだろう。もちろん、他の吸血鬼を連れてきたところで、遂行できるか否かは不明だが。


「はっ、最高の漫才だ。こんなに愉快な吸血鬼は初めて見たぜ。アンタらのあるじなんてクソみてぇに堅物かたぶつだからな」

「クリード様に無礼なことを言うな。それに、今なら見物料としてお前の魂、もらってやるぞ」

「おうおう、この程度の漫才にくれてやるような安っぽい魂は、あいにく持ち合わせちゃいないもんでね」


 両手を上げてみせるシンに、イオンが無表情に鼻を鳴らした。その様子を見ながらシンが笑う。

 互いに言葉遊びを楽しんでいるような節があった。けれどもそのような状態でさえ、空気が和らぐことは一切ない。そして――。


「んな気難しい顔してっと――シアワセが逃げるぜっ!」


 シンが仕掛けた。


 彼の姿が一瞬のうちにイオンの視界から消え去る。ハッとしたイオンが、反射的に振り向いたのは背後。そこには確かに、紅瞳をきらめかせたシンの姿があり、長い彼の足がイオンに向かって蹴り出されていた。

 足全体が自分の背中に向かって来ている。ハッとしながらもとっさに自分の腕で受け止め、シンから距離を置いた。が、受け止めたところが痛みとしびれを持っていることに気付き、静かに眉を寄せる。


 腕が使いものにならなくなったわけではない。しかし、蹴りひとつでここまでの痛みを与えられるとは、という気持ちが強かった。

 チッと舌打ちをしたイオンに、シンがヒューっと口笛を吹く。それは、良く反応したなと言っているようだった。


「今日は死神サマ、連れてきちゃいないのかい?」


 シンの示す「死神」とは、言わずもがな死神刀である。

 イオンもそれをきちんとみ取ったらしい。「お前に教える必要はない」と切り捨てた。


 そのときだ。

 イオンの空気が変わる、動きが変わる。シンが目ざとく気付いた。


 イオンが突然、自分の胸元からスーツの中に手を突っ込んだ。それにシンが気付いたのとほぼ同時。素早くイオンが手を引き抜き、取り出したものを向けてきた。

 黒光りするそれ――銃。その銃口がシンを捉えた瞬間、彼はすぐに引き金を引き、シンはすぐに体を逸らした。


 パアァンッと、一発の銃声が鳴り響く。

 それが合図というようにイオンはシンに体を詰め、足を引っ掛けようと体の体勢を低くして足を回した。

 避けるために後ろに勢い良く飛び退いたシンだが、それに合わせて再び銃口が彼を向く。

 持ち前の運動神経と反射神経で彼は見事避けてみせたが、それを待っていたとでも言うように、イオンの銃があまり速くはない間隔で二度、轟音を聞かせる。

 自分の真横を通りすぎる銃弾。軽い動作で避けたが、木に食い込んだそれを横目で確認し口を開いた。


「ふうん、とりあえず俺を弱らせようって魂胆こんたんかな」


 シンは相手の意図を探る。


 シンの強さは本物。急所狙いで銃を撃てども、そうそうやられてくれるはずがない。ならば彼の体力をできるかぎり落としたり、地道にケガを負わせていったりする方がはるかに賢明と言える。

 吸血鬼という特殊な生き物であれ、1分1秒で回復するというわけでもないのだ。

 ならば使える武器は使い、シンを弱らせてしまおうということだろう。もちろん、使い慣れていない武器などに喰われるつもりはないが、体力を奪うという点では効果的だと、狙われているシン自身も感じていた。


「キル」


 静かに名前を紡いだイオンに、呼ばれた主――キルが「おや」と呟く。

 どうしましたか、なんて首をかしげてみせた様子に、かわいらしさの欠片もない。

 そんな彼をわずらわしそうな表情で非難したイオンだったが、すぐに気を取り直し、冷静な声色で話し始めた。


「今のアイツの戦い方を見たな」

「ええ」

「認めざるをえないことだ。見ての通り、奴は強い」

「ふむ」

「しかし、だ。お前の空腹とやら、満たされるかもしれないぞ」


 瞬間、森のざわめきが止んだ。

 嵐の前の静けさにも思える空気には、自然と身が引き締まる。

 ゆったりとキルの口元が弧を描き、ぬるい風が肌を撫でて逃げた。


「ほう。この私の血のかわき。彼が満たしてくれると?」

「ああ、殺し合いをしていいんだからな」


 イオンが言えば、キルは「ふふふ」と笑いをこぼした。冷たい風が肌を突き刺す。

 ナイフで切り裂いているかのような風は、巨大な殺気のように思えた。


 垣間かいま見えた狂気の根が、いま露わになったのだ。

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