雪花石

位置を特定しようとするほど、在るものの占める座標は拡散してゆく。

離散した皮膚を再び同じ骨の上に張り合わせて、

起きた出来事を整えようとしても、

見えるものの裏側でひそかに進行していた亀裂を、見つけ出すことはできなかった。


手摺に身をもたれ、骨の微かな弾力を感じ取ってみる。

するとはらはらと涙のように手摺りの下縁したべりから滴が落ちる。


雪はかろうじて、道路の直上までふわふわと舞い落ちてきて、

アスファルトに薄い氷雨の染みをつくる。

忙しそうにハンドルを握り、人々の往来はせわしない。

雨の日のような音を立てて、タイヤは路上を転がりまわる。


目を瞑れば、そこには6月と12月と、

まるで異なる二つの季節が

ひとつのレコードのなかで歌っているみたいだった。


均一な灰色に丁寧に塗られた空は、

それでいて変幻に充ちている。


遠くで、山は動かないはずなのに、

目を凝らしていると、

鉄でられた機関車のように、

その黒い影は、動輪を回しながら走りはじめたような気もする。


低く立ち込めた雲が、生きた微細な粒子で織られているせいか、

それに包まれた景色すらも、たぶん原子の細胞でかたどられているからか、

まるで息をするかのように、

あの横たわった人の寝顔のように、

近くも遠くも動いている


ベランダのガラス戸を閉めて、部屋に戻ると、肘の裏に生き残った小さな血潮の跡がある。

体の奥深くへと流れ去った血の足跡のような、そんな儚い赤がある。


部屋に残ったわずかな蝋燭の残り香に、

鼻をそばだてながら、

ダルマストーブのオレンジに、

静かに体を当てていると、

血は再び湧きあがり、

あの悲しい、少し混乱した気持ちも、

どこかに吐いて忘れた息のように、

いつの間にか、

僕の内側からいなくなっていた。


さよなら君

と僕は言う。


さようなら、愛した人


再びあの目と鼻の先の河川敷で、

君と寄り添って見た、

あの降り積もる春の雪を


たとえ

来る年のはじめに

独りまなこに映すとしても


どうか僕を泣かせないでくれ


遠い春よ

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