ちゃらいオレが雨女のキミに感謝を捧ぐ理由
久里
Ⅰ オレの救世主はまさかの同じ教室内にいたらしい
教室の窓ガラスを執拗に叩きつける雨の音が、耳に心地よい。
ホームルームが終わり、クラス中にはどんよりと気怠い空気が漂っている。
オレは、口元がにやけそうになるのをどうにか抑えつけながら、神妙な面持ちを作って窓越しに灰色の空を見上げた。
奇跡、だ。
奇跡が、起きた……!
こんなこと、十六年間生きてきて、初めてだ。
オレは…………運命に、勝利したんだ!!
神様、仏様、キリスト様、その他そういう類のありとあらゆるもの。兎にも角にも、今日という決戦の日に雨を降らせてくださった偉大なる力の持ち主に、全身全霊で感謝の念を送る。
貴方様は、胃が引き絞られるようなしんどい窮地から、オレを救ってくださったメシアだ。昨日はもはやこれまでかと腹を括ったけれど、貴方様のおかげでどうにか首の皮が一枚繋がりました。
マジで、本気で、有難うございます。
「あーっ、もう! 楽しみにしてたのに! 雨が降って台無しだなんてマジでありえない!」
「ハァ……通常授業とか、マジだるいわ。今日は、もう勉強なんてできる気分じゃねーよなぁ」
どこからともなくオレの学習机の周りに群がってきた倉田と百瀬は、そんなオレの高尚な心境なんて勿論知る由もない。予想通りというべきか、アホな悪友共は、オレの救世主に対して酷い憎まれ口を叩いている。てか、倉田に関しては、そもそも勉強の気分だった日なんて一日もねーだろ。
ふっ、残念だったなお前ら。
やるせなさそうに降りしきる雨を睨んでいる奴らの姿は、最高に滑稽だ。
笑いを噛み殺すのに必死過ぎて、もはやお腹が痛い。
だがしかし、ここで噴き出してしまったら、折角恵みの雨がもたらしてくれた僥倖を台無しにしてしまう。それは、本末転倒も良いところだ。
そこで、表面上はどうにかアンニュイな表情を保ってみせる。
オレの鍛え抜いた俳優力を、今ここでこそ発揮すべきだ。
「ホントだよなぁ……」
あたかもこいつらの言いぶりに同調しているように頷き、本気で残念がっているようにみせるため盛大に肩をすくめることも忘れない。
倉田も百瀬も、オレが内心ではほくそえんでいることに全く気付いていない様子だった。この天才的演技に騙されて、オレも自分たちと同じように、心底今日の雨を憎んでいると思いこんでいるようだ。バカな奴らだ、ちょろいな。
「速水も、体育祭楽しみにしてたもんね~。あーーっ、雨が憎い! 今からでも、止んでくれないかなぁ」
ぴきり。
……はあ? 誰が、楽しみにしてただって!?
冗談も大概にしろ! ふざけんな、この陸上馬鹿女!
百瀬の能天気すぎる悪態に、青筋が浮かびかけたが胆力で引っ込めた。
代わりに、内心ではマリアナ海溝よりも深いため息を吐く。
体育祭。
それは、オレが数ある行事の中でも最も忌み嫌っている堂々一位の鬱イベントである。
正直に洗いざらいぶちまけるなら、あんなおぞましいイベントを本気で楽しみにしてるような奴の頭は、狂ってるとしか思えない。
小学時代も中学時代も、この鬱イベントが近づいてくるたびに、心が地面にのめり込みそうな勢いで沈んだものだった。
どうにかこの鬱イベントを回避すべく、オレは体育祭の前日が訪れるたびに、ありとあらゆる雨を呼び寄せる儀式を行ったものだ。具体的には、てるてる坊主を逆さにつるしまくり、雨乞いのダンスを踊りまくった。この他にも、効果があると耳にしたものは藁をもすがる気持ちで全力で試してみたが、結果は惜しくも惨敗だった。
当日はいつも、どうにかして雨を呼び寄せようとしたオレを嘲笑うかのように、太陽が眩しく笑うんだ。忌々しい思い出だ。消し炭にして葬り去りたい。
今の高校に入学してからは、もうすぐで一か月と少し経つ。
目の前の倉田と百瀬は、入学したての頃に仲良くなった。
初っ端から、教師に目をつけられるか否かの際どいラインを試すように金に近い茶色に髪を染めてた倉田と、派手なネイルを決めてきた百瀬は、正真正銘のアホで悪目立ちしていた。そして、オレはといえば、ちゃらいという言葉を体現するかのように生きているこいつらに対して親しみを覚えてしまった。
つまり、同類なのだ。同じ匂いを感じてしまった。
ためしに声をかけてみたところ、思った通り、気の良い奴らだった。
二人ともバカみたいに明るくて、すぐに意気投合して仲良くなった。つるむようになってからはまだ日は浅いが、これでも、奴らの人格は保証できる。
が、しかし。
唯一、体育祭を楽しみにするというこの習性に関してだけは、解せない。オレにはどうやっても理解できそうにない。いや、理解はできるけれども、共感はできないといったほうが正しいのかもな。
きっと、倉田や百瀬みたいな恵まれた奴らにはオレの苦悩は一生理解できないのだろう。
一抹の淋しさが胸によぎったその時、ふと、どこからともなく視線を感じた。
直観的にそっちの方へ振り向いたら、廊下側の一番前の席に座っていた女子が、恐々とオレら三人の様子を伺っていた。
肩下あたりで真っ直ぐに切りそろえられているストレートの黒髪が、印象的な子だった。長い前髪が顔を隠していて、いまいち表情が読み取れない。
髪の黒さと対をなすような肌は真っ白で、このまま透けて消えてしまいそうな程だ。
あの席ってことは、出席番号一番のはず。
名前はたしか…………ええと、なんだっけな。ダメだ、全く思い出せない。
見つめあうこと、数秒間。
ん? と首を傾げてみると、彼女はぎょっと肩を跳ね上がらせて、華奢な身体を小刻みに震わせた。
その激しい狼狽ぶりにあっけにとられていたら、続いて即座に視線を外される。そのまま、ガタリと派手な音を立てて立ち上がったかと思ったら、彼女はそそくさと教室を出ていった。
へ……?
まるで、幽霊でも見てしまったかのような徹底的な拒絶ぶりに、呆然。
「ちょっと、速水! アタシの話聞いてた?」
「どー見ても、聞いてなかったな」
「なあ」
「何よ」
こいつらのどうでもいい話どころじゃない。
これは、紛うことなき事件だ。
自分で言うのもなんだが、オレの高校生活の幕開けは華々しかった。
良い感じに着崩した制服に、ほとんど金に近い茶髪。
不良とまではいかない絶妙な匙加減のちゃらさと、元々そう悪くはない面、人当たりの良い性格があいまって、気がつけばあっというまにクラスの人気者キャラに押し上げられていた。
つまるところオレは、どの学校のどのクラスでも必ず水面下で行われているカースト戦争で、見事勝利を収めたのだ。
正直、初見で人から舐められたことはまずない。
だからこそ、衝撃的だった。
名前すら知らなかったような女子に、まるでGに遭遇してしまったかのような塩対処を下されたことが、ショックで信じられなさすぎた。
たった今、主のいなくなった空っぽの勉強机を指差し、ひそひそ声で確認する。
「あの子、名前なんだっけ?」
二人ともにぎょっとされた。
特に、百瀬の、マスカラに縁どられた猫っぽい瞳なんて、ぱちくりと驚いてる。
さらりと聞いたつもりだったが、そんなに驚くことか?
「はーん……速水って見かけによらず、あーゆう大人しい子がタイプだったんだ」
「はあ? ちげーよ。ただ、目が合っただけで拒絶されたから、ちょっと気になっただけで」
「……あー、そっか。今日、雨が降ったのは、あの子のせいだ」
「は?」
グロスの塗られた唇から漏れた不審な呟きに、きょとんとするオレと倉田。
いつにも増して真剣な面構えになった百瀬は、顔を近づけてひそひそと耳打ちした。
「……
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