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 結論から言えば死ななかった。

 光がスーッと体の中を通ってそのまま東の方へ進んで言った。扇状に広がりながら、面積を拡大させながら東へと進む。宇宙から中継をしたら、絶対に面白かっただろうが、この光が何か分からない時点でそのようなことを言うのは不謹慎な気がする。

「なんだよ今の」

「え?なになに?さっきのチョーヤバくね?」

「え?え?俺だけじゃないの?皆なの?」

 と、周囲の人々がパニックになり、どうしたらいいのか分からなくなっている。

 この現象が分からず、しばらくの間道の上で棒のように立ち、思考を回すよう努力する。

(あ、そうだ。スマホで調べてたんだ)

 僕はそれに気づき、スマホの検索の続きをしようとするが、「青いひか」で文字が確定していたので、一旦検索欄を削除する。

 もう一度検索しようと思ったが、その行動を起こす必要は皆無だった。

 検索画面の下のトレンドランキングには、「#光」「#青い光」「青い光」などと書いてあり、そこを押すだけでよかった。この現象はこの地域だけではないのかと思いつつ記事を見ると、「青い光がなんか体通り抜けたんですけど」や「え?何今の光。気味が悪くね?w」などの投稿があり、その光のもたらす物について書いてあることは一切無かった。皆動揺している。ただそれしか僕は知ることが出来なかった。

 もしかして外国語では乗ってるかもしれないと思い、「BLUE Light」で検索しようと思い、キーボードを英語に変えようとした時、電話がちょうど入った。アキからだった。

「もしもし?ヤマタケ?ねえねえ、そっちどう?なんか青い光が身体の中すり抜けていったんだけど…」

 動揺を隠して話そうとしている様子だ。しかし、スマホ越しでも感じるアキの恐怖心。

「まあまあ、落ち着け、一旦深呼吸だ。はい、吸って。吐いて」

 これはアキの動揺を抑えるために言ったことだったが、一応自分も深呼吸をする。すーーー。はーーー。

「う、うん。すーーー。はーーー。ごめんね心配させて。で、そっちはどう?」

「うん。僕の身体にも光が通ったよ。不謹慎な言い方になるけど、学校の平和学習で習う放射線が身体をすり抜ける感じだったよ」

「そ、そうなんだ。ちょっと、今から会えないかな?私、正直言って怖い」

「おーけー。今から行くよ。で、今どこ?」

「えっと、今丁度本屋さんから出たところらへん。ほら、名前は、えっと、そうそう!北山書店!えっと学校出て東の方にあるクリーニング屋の近くの」

「あ、あそこか。ちょっと待ってろ。マッハで走る」

「このタイミングで微妙なボケを入れないでよ…」

「まあまあ。じゃあまた後で」

「うん、また」

 僕は電話を切り、走り出す。アキは僕より東の方にいるらしかった。光が見えて直感で東に走っていて良かった。

 走りながらあたりを見ると、車が渋滞したり、歩道に人だかりができたりと街全体がやはりパニックになっていた。みんな一旦深呼吸をするべきなのだがここで僕が「皆さん!落ち着きましょう!まずは深呼吸を!」なんて言える人間だったら良かったが、僕にはそんなことが出来ない。これができるなら学校でボッチをかましていない。

「すみません。すみません。すみません通ります。すみません」

 と人混みの中を泳ぐかのように手で走ることに障害となる人を払って走った。

 あとすこしで着く。あと少しで。どいてくれ。ここで僕がアキの場所に行かないとアキが悲しむ。僕の彼女から貰った恩を返さなければ。

「くっ…どいてくれよ!!」

 僕は叫んだ。恥ずかしがり屋の、人前に出るのが怖い僕が叫んだ。しかも大通りの真ん中で。

 人の目が一点に集まる。皆の視界に僕が入る。その目は皆、怒りの目、軽蔑の目だった。

 僕はそれに気づき、ハッとする。

 そうだ。僕だけじゃないんだよ。みんなどうしたら良いのか分からないのに、ここで自己中心的な行動をとるべきでない。

「あっ、えっと、ご、ごめんなさい…」

 僕は謝り、歩みを進める。周りの人のことを気にしながら、進む。

 北山書店へはここを曲がればつくはずだ。僕が道の角を曲がった瞬間、身体がまた重くなる。また青い光が来るのか?最悪だ。と思ったが、その心配は杞憂だった。重いと感じたのは身体全体ではなく、特に腹の部分だったからだ。アキが抱きついてきていた。

「うわっ!ど、どうしたの?」

 僕は動揺を隠せず、驚きを声に出してしまう。

「うぅ。うぅぅ。怖がっだぁー」

 そこには美人で僕に評判のアキが涙で顔をぐしゃぐしゃにして僕の顔を見上げている。

「う、うん。僕が来たから大丈夫だよ。えっと、要望できるなら、ラグビーのタックルみたいに突進してくるのだけはやめてくれる?背骨がなんか曲がってはいけない方に曲がってしまった気がするんだけど…」

「あっ!ごめん!いきなり抱きついて。大丈夫?背中見せて!」

 涙でぐしゃぐしゃだった顔が一瞬で心配する顔に変わり、僕の背骨を見る。

「うわ!!あ、うん。大丈夫そうですよ…」

「おい、ちょっと待て。なんだ今の感嘆符は。あといきなり敬語なんてどうした。僕の背骨がおかしいのか?変な方向に曲がっているのか?折れてるのか?」

「い、いやー。だ、大丈夫ですよ?はい」

「ま、まあいいや。いや、良くないけど…で、えっと、今からどうする?」

 僕は緊急事態なので、心を仏にして、背骨のことに触れないようにして言う。僕の緊急体制が解除されたら問い詰めてやる。

「あ、考えてなかった。どうする?」

「いや、僕に聞かれても…とりあえずニュースだ。ニュースを調べるぞ。ワンセグ使えるか?」

「いや、ワンセグ使えない。あ、amabeTVならニュースチャンネルあるよ!」

「たしかに。テレビアプリだったら見れるかも。ちょっと待って」

 僕はスマホのamabeTVを起動させ、ニュースチャンネルを合わせる。このアプリはリアルタイムで視聴している人数も見ることができる。映像取得中の文字が出てる間、僕はしたに映された数字とアルファベットで視聴人数を確かめる。視聴人数は果たして四千万人だった。おいおい、日本人口の三分の一じゃないかよ。

「おっ、ついた。緊急ニュース扱いになってるぞ」

「ちょっと私にも見せて!」

 スマホをアキにも見えるようにセットする。アキはアキで他のニュースアプリで調べている。

 テレビには総理大臣と、与党のトップの人と思われる人、そして、自衛隊のトップと思われる人と、防衛省の人がいる。

『総理!総理!あの青い光はなんなんですか!』

『何か実験でもしてんのか!ふざけるな!国民が動揺しているだろうが!』

 と、質問、バッシングの嵐。

『えー、落ち着いてください。この件に関しては現在調査中です。もしもし他国からの軍事攻撃の場合、自衛隊を派遣、同盟国との連携で、攻撃態勢を整えています』

『つまり戦争をするということですか?国民の安全とは言え、それは流石にないのでは…』

『これはもう、アメリカ大統領と決めたことです。現在○○米軍基地では戦闘機の準備を始めていますので、決定を覆すことはできません』

『これって最近ニュースになってる各地での青い光の現象と関係があるんですか?』

『えー、それについても現在調査中です。情報が入り次第、報道させていただきます』

 すると、一人の男のキャスターが、

『おい!ふざけんじゃねぇよ!何かはっきり言えよ!ホントは何かわかってんだろ?少しでもいいから情報を寄越せ!国民が困ってんだぞ!』

 と言いながら総理の方に近づくが、ボディーガードに抑えられる。それに便乗して、周りのキャスターも口を悪くしながら総理の方に近づいていき…

『プツン』

 中継が切れた。

 キャスターも気が動転してしまっている。

『えー、現場からの連絡は以上でした。またニュースが入りましたら、引き続き報道していく予定です。また、この件によりまして、今日のプロ野球のゲームは全て中止ということになります。』

 僕はアプリを閉じる。

「くそ!どうしたらいいんだよ!」

 ドン

 壁を殴る。痛い。八つ当たりするべきではないな。しかもダサい。見られた。アキに痛がってる様子を見られた。恥ずかしい。

「ね、ねえ!とりあえず避難用の道具を集めない?あと親との安否確認!」

「た、確かにそうだな。じゃあお互いに電話をしよう」

 アキの提案を受け、母に電話する。

「もしもし?母さん?大丈夫?」

「タケル?タケルなの?大丈夫?私は大丈夫だけど!」

「そうか。良かったー。母さんも青い光を?」

「うん。家で今日の夕食の準備をしていたんだけど、突然青い光が壁を通り抜けて入ってきて、それで今色々と調べているの」

 母は大丈夫のようだった。ん?屋内だったのか?

「母さん、屋内にも光が入ったって本当?」

「ええ、本当よ。もう、本当に怖かったんだから」

 壁を通り抜ける光なんて聞いたことがない…

「わかった。今アキといるんだけど、今から一旦緊急時の避難道具取りに帰るから」

「アキちゃんと一緒なのね?分かったわ。じゃあ私は家で準備しているから。あんたは男なんだからちゃんとアキちゃんを守りなさいよ?」

 分かってるよ。じゃあまた後で。と、電話を切った。アキの方もちょうど終わったようだ。

「ごめん。今日私鍵持ってくるの忘れて、親も仕事でいないからついて行ってもいい?」

「いいけど。てか、何歳だよ。鍵くらい常備しとけよ」

「ごめんなさい」

 シュンとするアキ。

「じゃあとりあえず僕の家に行くよ」

「うん」

 僕達は歩き出した。離れないように手を繋いで。アキの手は温かく、握ると安心するような気分になった。ヤバい。動悸が…緊張する。

 僕達は大通りへと出る。相変わらず街は込み合っていた。クラクションの音が耳につく。

 やかましい。僕達は人の流れに乗って歩く。

 いつもの街並みが、突如都心に変化したような雰囲気だった。平安京ができる前にそこに住んでいた人が都が平安京に移って、いきなり賑わいだし、動揺を隠せないのと同じ気がしていた。実際はそこに住んでいた人は引越しさせられたのかもしれないけど。比喩だから許して欲しい。

「まるで、いきなり都心にワープしたみたいだね。」

 と、アキ。同じことを考えていやがった。

 道の左手に見えるスーパーには大行列が。右手のコンビニにも大行列が。何が起きているか皆分からず、とりあえず食料を買い置きしようとカゴにたくさん詰め込んでいる。

 いやオイルショックかよ!

「いや、オイルショックかよ!」

「え?どうしたの?」

「あ、いや、何でもない。ごめん」

 口に出して突っ込んでしまった。

 その時だった。

「おいどけっ!どけよ!」

 と、人をなぎ倒しながら僕らの方に進んでくる男がいた。僕はこの人を見た瞬間、先程の自分の愚行を大変恥ずかしいものであると更に思ってしまった。当人は理性を失っているから周りが見えないだろうが、周りの人はとてもイライラする。

 そんなことを考えながら横に避けようとする。

「ちょっ、ヤマタケ!痛い痛い!」

「あ、ごめん。大丈夫?本当にごめん。後ろから人が来てるからこっちに来て」

「うん。分かった」

 アキをこちらに引っ張っていると、僕とアキのあいだをあの男が通って行った。そのせいで僕とアキの手は離れる。僕がおもいっきり引っ張っていたので、反動で、僕が倒れてしまった。

「痛ててて…チッ、ふざけんなよな」

 僕が立ち上がろうとした時、

「ヤマタケ!後ろ!後ろ!危ない!遅いでこっちに来て!!」

 とアキが叫んでいる。後ろに何かいるらしいから振り返ってみるとそこには、バイクがいた。

 もちろん止まったバイクで無いことは明白だった。交通規定の速度のバイクだ。そのバイクが僕を轢く。その反動で僕は空中に浮く。

(嘘だろ?このタイミングで死ぬのか?いや、死にたいと思ってたけど…流石に今ではないだろ!どうにかして着地しなければ)

 と思い、うまく着地をしようと思うが、浮遊時間約三秒の間に体をひねってうまく着地するなんてことを凡人の僕にできるはずがない。ましてバイクに轢かれたばっかりなのだ。

 そのまま僕は背中から地面に落ちる。

「っ………!!」

 僕は痛みに耐えられず、そこから動けない。しかし、本能的に手で背中を触る。その手には案の定赤い液体が付着しているわけだ。それを見て僕は自分の痛みを更に確信する。

 アキが助けようとこっちに来ているが、目の前でいきなり止まる。

「くっ………ア…キ」

「○○○。○○○○」

 ごめん。ヤマタケ

 僕にはこの声を聞くことが出来なかった。

 口の動きでしか認識出来なかった。僕が更に他の何かに跳ねられていたからだ。

 そう。僕が着地した場所は運の悪いことに車道だった。皆パニックになっており、自分のことしか考えられなくなっており、道路の下で横になっている奴なんか気にすることが出来なかったのだろう。

 僕の耳には「ドンッ!」という車と接触した時の音が繰り返される。アキの声なんて聞こえない。聞きたくても聞こえない。

 また僕が地面に落ちた時、やっと聴力が回復し、周りの音が聞こえるようになる。

「イヤーーーーーーーー!」

 アキの叫び声が聞こえる。その声を聞いた辺りの人がみんな僕の方を見ている。

 しかし、僕はもう知っている。バイクと車に約一分の間に二回轢かれて生きていられるような肉体を僕が持っていないことを。

(嗚呼。僕は死ぬのか。今日一日で二回も死を実感するなんて…)

 動くこともできずにその場で意識が朦朧としていると、アキが駆けつけた。周囲の車が止まってくれたようだ。

「ヤマタケ!ヤマタケ!大丈夫!?お願いだから死なないで!絶対生きて!私ヤマタケがいないとこんな世界楽しくないよ!私は…私は…ヤマタケのことが…」

 僕は最後の力を振り絞って右手でアキの顔に触れる。最期くらいカッコつけてもいいだろう。僕は最期の言葉に

「ありが…う。僕はア…のことがす…だった…」

 と力を振り絞って言った。僕の想いは届いただろうか。

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