エピローグ【2】
休日の僕は、本の虫になっていた。
趣味も無く、ただ無意味にATMに突っ込まれていただけのお金が、まさかこんな所で役に立つとは思いもしなかった。
ウォーターベットを囲むように積まれたダンボールを見て、僕のやるべき事を再確認する。
近々引っ越すことになったのだ。
店から近い、そして安い、ただその条件だけで住んでいたこの部屋は、この数カ月であまりにも狭くなってしまった。
また、劇団の練習場にも遠く、何かと不便になってきたからだ。
ぼうっとしている間に貯まった金は、行き場を無くしていた。僕はそのお金を少しでも有効活用するために、次の部屋は少しグレードの高い、2LDKになった。
あ、ガムテープがきれた。
退出日はあと一週間後に迫っていた。
僕は、組み立てただけのダンボールを一箇所にまとめ、財布を持って部屋を出る。
車でスーパーに出向く気分ではなかった。
少し高くはなるが近くの書店に向かった。
折角、あの書店にも馴染めたと思ったんだけどなと、少しばかりの後悔をしてみる。
いや、案外店員の方は、そんなこと無かったりするんだ。
耳が聞こえないと、この道も随分と風情のある景色に見えたが、雑音が混ざってしまうとどうしてもその要素がかき消されてしまう。
もしかしたら、上京してきてここを歩いたのは、あの日が初めてかもな。
僕は、鼻の頭がツンと痛くなったので、パーカーの袖を引き伸ばし、書店へと急ぐ。
帰路の途中、電気屋の前にいる店長に会った。外から店を覗いているようだ。
その姿はまるで不審者のようだった。
「どうしたんですか。」
僕は、堪らず声をかけた。
「橋本さん!よかったです。店のモニターが壊れてしまって、新しいものを購入したかったんです。」
マフラーを口元ギリギリに巻いた店長は、頬を赤くさせ、無邪気に言った。
「モニターとかって支給されるんじゃないんですか?」
「そうなんですけど、都市部の積雪の影響で遅れるみたいなんです。さすがにモニター無しだと作業に支障をきたす、という訳で。ちなみにこれは経費で落ちます。」
「だから、駅前のやっすい電気屋じゃなくて、ここに来たんですね。」
ここの電気屋は、テレビやモニター等の液晶に強い。その為、海外製ではなく、日本製の値段のいいものが売ってある。しかし、客足が少なく、営業しているのかも定かではない日がほとんどだ。だが、ガラスケースに入れられた見本用のテレビでは、いつも何かしらの番組が流れている。
正直、店主の顔も知らない。
意を決し、僕は店長と店に入った。
「いや、いいものがあって良かったです。機械系には疎いもので、こだわりがなかったんですが、やはり日本製は、技術が確かですね。」
やや大きめのモニターを二つ買い、店を出る。何年も住んでいるが、改めて知らないことが多かったんだ、と再確認する。
店主は、瓶底のような眼鏡をかけた、人の良さそうなおじいさんだった。
「店長、これから仕事ですか?」
「いえ、今日はお昼までだったので、このモニターを設置するだけです。」
じゃあ、僕も店まで運びます、と言おうとしたその途端、雪が降ってきた。
「あ。雪、だ。」
店長は両手を広げ、上を見ながら言った。
「店長、車ですか?」
電気屋の軒下に置いたモニターは、一人で抱えるには少し重く、これから雪が降るとなると濡れてしまう可能性もある、
「近かったもので、歩いてきてしまったんです。雪が降る場合は…考えてませんでした。」
「じゃあ、ここから家近いんで、送っていきますよ。」
苦笑いをした店長が痛々しかったので、つい反射的に言ってしまった。
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