第16話

「悲しいですか?」

店長は僕の顔を深くのぞき込んで言った。

「峯田さん、辞めてからもう二ヶ月経ちましたね。」

「そうですね。僕的にはもう一人くらい、人を増やしても大丈夫なのかなって思いますけど。」

配達の注文表をまとめながら言う。

「あの時、休憩室に入らなければよかったな、って思うんです。」

店長は自分のデスクに座らず、僕の隣に座った。

「三日前、本社に出向いた時、峯田さんにお会いしました。あの辺に引越しをなさったみたいで、ランチに誘われたんです。旦那さんとの写真も見せてもらって、印象のいい好青年でしたよ。小柄だからか、もうお腹目立ってました。」

僕は反応を返さなかった。

決して無視をしたわけではない。

僕がこんな不安定な気持ちになるのは、峯田さんのことが好きだったから、いつの間にか他の男に取られたから、結婚するから、妊娠したから、そんなんじゃない。


峯田さんは、変わった。

学生だった彼女は、僕の知らない間に誰かの妻になり、母親になった。

その事実が、僕には耐えきれなかった。

彼女にもし、当時夢があって、副店長を任されたことによって、その夢を諦めてしまっていたとしたら、その事実を知った周りの大人は、何も変わっていない僕を、糾弾するだろう。

実質、責任から逃げたことになる。

いや、逃げてしまったのだ。

言ってしまおうか、店長なら、この人なら、僕の話を取り留めのないお喋りとして、一従業員として、受け止めてくれるだろう。



「変わりなかったですか?峯田さん。」

結局、僕の口から出たのはつまらないものだった。

「すごく、不自然に笑いますね。」

ハッとする。

僕は今、笑っていたのか。

店長は身体を僕の方に向け、微笑んで言った。

「変わりましたよ。母親の顔になってました。また随分と綺麗になられて、驚いていたんです。」

変わりました、変わった、変わることが出来た。

僕の耳は、何の音も拒絶する様に酷い耳鳴りと痛みを伴い、口はパサパサに乾いてる。

これを治す方法を僕は知っているはずなのに、一時の沈黙であるはずなのに、僕の耳では大警報がなっており、もうどうしようにも、止めることは出来なかった。

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