第15話
「お前、そんなめんどくさかったっけ?」
煙たい立ち飲み屋で菱本が言った。
結局、店を出たその後、二週間も経たないうちに峯田さんは店を辞めた。
僕は彼女にとって、最悪を纏いながら印象に残るだろう。
「さすがに印象悪すぎでしょ。て言うか、俺にしか言ってないの?その、劇団に入ってた~とか、俳優志望だ~とか。」
「言ってないよ。所詮、夢だから。まぁ、芸能界デビューしたら言おうかなって思ってた。」
菱川はビールを勢いよく飲み干し、ジョッキを机に叩きつけ、僕を睨む。
「恥ずかしくないよ。橋本、お前は自分に自信が無いだけなんだよ。俺は、馬鹿だけど大学行けたし、こんな形だけど、会社からも頼られてる。営業成績でいい結果を残して、新人賞もらったりもしてる。こんなポジティブだけが取り柄みたいなやつでも、活躍出来る世界があるんだよ。お前はそれに気づいてないだけ。えーと、峯田さん?の後任になるか、もういっそ店を辞めて、俳優の道に戻るか。その二択だと思うわ。」
この店の面積に合っていない、人口密度のおかげで、会話なんて簡単にかき消されてしまう。
だが、菱川のその声だけは、その声だけが僕の鼓膜を振動させる。
どちらか、だ。
二兎追うものは一兎も得ず、これは僕にも父にも当てはまるのだろう。父は俳優を捨て、家族を得た。
僕は収入と夢、どちらを得るか。でも得た結果、選んだ結果が正解だとは限らない。
父は多分、間違えたのだろう。
「もし仮に、これからの将来を見据え、合コンしまくって、彼女作って結婚して子供出来て、ってそれはお前にとって幸せなのか?違うだろ。人にはそれぞれ幸せがある。お前にとって何が当てはまるかは、お前次第だー、なんてな。」
口に広がった焼き鳥の味が濃くて、ビールを流し込んだら喉が張り裂けそうになった。
何が幸せ。
幸せとは。
考えたこともなかった。
「新しいことやりたいなら、俺のとこの会社も人募集中してっからまぁ、色々選択肢はあるよ。俺ら、まだ若いし。」
菱川のその屈託のない笑顔は、同情なんかじゃない、そう気づかせてくれる。
ビールのアルコールが効いてきたのか、胃のあたりがジクジクと熱くなってきた。
僕の喉には、たくさんの言葉が詰まっているが、思うように排泄されない。
「そうだな」
菱川はそれ以上、僕のことにあまり触れることは無かった。
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