第13話
「いや、大丈夫です。今終わったところなんで。」
僕は荷物を持ち、席を立つ。すると、峯田さんはわざとらしく音を立て、机を叩く。
「大丈夫じゃないです。今、大切な話をしていて、ごめんなさい。店長、もう少しだけ外してて貰えますか。」
荒ぶった峯田さんの声が響く。先程まで聞こえていた従業員の声が聞こえなくなったのはきっとピークが終わり、夕方に向けての仕込みを始めたからだろう。
「峯田さん、僕は君が思ってるより頭が良くないんだ。」
だから、僕は君の気持ちを汲み取ってやれなかった。その時、僕はまだ夢を見ていたかったんだ。諦めかけていた舞台への道を、表現者としての道を。
僕は、俳優になりたかった。
周りからは恵まれていると言われ続けたこの顔も、身長も、全ては死んだ父親譲りだった。父は、僕が物心着く前に亡くなり、それから女手一つで母は僕と妹を育ててくれた。
あなたのお父さんは、強くて立派な人だった。
母が口癖のように言っていた言葉だ。
お父さんのようになりなさい。
僕は母に、その言葉に、酷く縛り付けられた。
母は僕を箱に入れ育て、私ではなく父に似るように一生懸命に尽くしてくれた。父はどんな人だったのか、詳しく聞いたことがない。ただ、立派な役者だった、と言う事を小学校の卒業式、帰りのバスで僕の顔を眺めながら母は言った。
ただ、残念ながら有名になる前に母と結婚し、僕の父になった。僕が産まれ、一年後に妹が出来たと知り、父は家族の為に役者の世界を切り捨て、工場で働くただの作業員になった。
なぜ死んだのか。
母は答えることは無かった。僕がその質問をすると必ず、「あなたはお父さんの子。あの人の血と私の血で出来ているの。」そう言って微笑んでいた。
それから僕は、中学校生活の中で、父や母の影響ではなく、純粋に演劇の道に惹かれた。舞台や映画、ドラマなどの俳優になりたかった。
だがそれを他に口外することなく、表面上は公務員という夢を振りかざし、高校まで卒業した。
だが、母は気づいていただろう。
大学へ進学はしない、そう告げた時、母は何も言わなかった。
家を出る、その日までいつも通り、接してくれた。
僕がバスに乗るその時、両手に大荷物を持った僕を優しく抱きしめ、「あなたはお父さんの子。」そう言って母は微笑んだ。
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