第9話

「君ってさ、意外と女の子の扱いなれてるよね。」


荷解きが一段落し、ベランダで涼をとっていると彼女が話しかけてきた。

「そう?どっちかって言うと、苦手なんですけど。」

「ほら、そういうとこ。完全に敬語じゃなかったり、ちゃんと目を見てくれるところ。親しみやすいって言うか、早く仲良くなれそう。」

地味な見た目の割には恋人もそれなりにいた。そういうとこが原因なのだろうか。

蒸し暑さが僕らの首元を刺激し、頸動脈を通る血の温度を一気に上げていく。

イチョウの木の青さが今は鬱陶しい。

「ちょっとだけさ、幸樹の話していい?」

彼女は俯きがちに言う。

「私たちね、同期なんだけど、歳は私が五歳上なの。おばさんだよね、歳の差って、五歳でも結構感じるの。必死に若作りして、他の同期のかわいい女の子に負けないようにさ、追いついてないって言うか、もう古いよね。」

僕の後ろでさっき組み立てたダイニングテーブルのイスに腰掛け、なにか難しい書類を眺めながら言った。

僕は彼女の方へ向き、開いたベランダの窓枠に寄りかかる。

通り抜ける風は、相変わらず生温いが、鉄の窓枠が心地よい冷たさだ。

「私ね、仕事辞めたの。幸樹の転勤が決まった二か月前なんだけど、辞めたの、ちょっと後悔する時あるんだ。もう三十で、でも俺と来てほしいって言われて、幸樹のこと信じてついてきちゃったけど、今後のこと、どう考えてるかなんてわかんないし。結婚の話、全くしなかったわけじゃないんだよ。でもさ、私、捨てられちゃったらもう何も手につかないかも。」

唇を噛み締めながら、一言一言を大切そうに発する彼女を見て、何年も前に夢を諦めかけたときの僕と勝手に姿を重ねてしまった。僕はそのあと諦めた。でも彼女は違うだろう。必死に彼、を追いかけてる。また彼も、彼女を、受け入れる準備をしているだろう。


「僕は…結婚とか考えたことないですけど、菱川は、何も考えずに大事なことを提案するような、そんなやつじゃないですよ。」

そっか、そうだねと呟いて、彼女は隣の部屋に向かった。

数秒後に、勢いよくダンボールを開く音がした。




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