はあとフル4話b「ブリキの仮面」
フウカ達一行は、ショッピングモールの管理事務所へと入っていった。
喜多島アユミの次の仕事は、モール内で開かれる、新作映画の宣伝イベントだ。
「いいなあ。いいなあ」
……1キロメートル離れた雑居ビルの中。
「うらやましいなぁ」
レイシーはぶつぶつ言いながら、喜多島の後ろ姿を光学スコープの中心に捉えた。
狙撃銃(盗品)とケーブルで繋がった軍用通信機(盗品)を身につけて、彼女一人が監視にあたっていた。
理由は言わずもがな……。
「喜多島アユミって言ったら、実力派カメレオン女優ですよ。代表作は食客商売!女暗殺者ニトって、二面性を持つ主人公を見事に演じきったんですからねぇ!
私のお気に入りは『ビューティーバニー』と、『残念C組・カンパチ先生』かなあ。特にビューティーバニーは喜多島さんのデビュー作で、まだ初々しい姿が堪らんのですな、これが!」
……うるさいのである。
否、うるさいどころの話ではない。やかましいのだ。
[ストーカーと良い勝負ができるかもだ]
と、セラの呆れ声。
[で、いつまで続くんだ?クソ芸能コーナー『レイシーの部屋』はよォ!?]
フウカに至っては我慢の限界らしい。
「はいはい、分かりました。それではまた来週。この後はフウカが司会の『壊してバッテン』です。どうぞ打ち切りに!」
レイシーは狙撃銃をオート操作に切り替えて、傍のタッパーを引っ掴む。
中身はテレビ収録で使われたイタリア料理だった。
プラスチックのフォークをぐるぐる回し、トマトスープを吸ったパスタを、口に押し込んだ。
「ああ美味しい!どうして、料理番組の消え物は冷めても美味しいんでしょうねぇ!?」
レイシーはやけっぱちに叫びながら、パスタをもしゃもしゃ食べ続ける。
「レイシーちゃんはね、野暮なフウカより喜多島さんの事よく知ってんだぁよ。それに、フウカが『芸能人ヤバ杉ワロタ』とか草生やしてる間に仕事だって済ませてンだぁよ。とか何とか言ってる間に、デザートのティラミスだよ、馬鹿!」
[ンなもん食ってる暇あるんなら緊急メッセージを読め、アホ!]
と、通話アプリでフウカは怒鳴り散らす。
「読んでるし、把握もしたわ、無駄乳。犯人に逃げられたって、デカ尻?何をおふざけしやがってるのよ、駄牝牛!?」
罵倒を返しながら片ひざを着き、狙撃銃を構える。モール内外の監視カメラを掌握して、状況を把握。同時に通信機を介して不審な通信回線まで見つけた。
ログ解析。ショッピングモールの見取り図とシュミレータを展開。逃走経路……計算開始。
[ぎゃんぎゃん喚くな、まな板!貧しいケツまで赤くしてる暇あったら、犯人探しやがれ駄馬女!]
BLAM!
狙撃銃が返事代わりの火を噴いた。
「……仕留めた。モールの隣、立体駐車場の4階に転がってる」
スコープ越しに見えるのは、無様な格好で倒れる男だった。
数秒間黙り、心を落ち着けてから通信再開。
「麻酔弾です。ちゃんと生きてますよ……満足しました?」
[満足じゃ]
フウカは上機嫌に返答する。
さっきの罵倒合戦はなんだったのか。レイシーは呆れることも忘れ、苦笑することしかできなかった。
[レイシー、車を西側の搬入口へ。少し……いや、だいぶ面倒なことになった]
セラの説明を聞きながら、レイシーは撤収準備を始める。食べ損ねたティラミスもリュックサックへ仕舞った。
「ティラミスは、後でスタッフが美味しく頂きやがりますからね」
……………………………
「それで、マネージャーは?」
と、フウカが尋ねる。インパラの後部座席に寝そべり、青島ビールを一本、飲み干していた。
このインパラはセラの持ち物で、今の時代には珍しい本物のガソリン車だ。
「軽い脳震とうと打撲。生きてるよ」
セラはため息をついた。
起こってほしくない事態が、宣伝イベントの最中に起きてしまった。
ステージに喜多島が登壇しようとしたその時、突然何処からか、
「爆弾だ!」
……という、悲鳴が聞こえたのだ。
結局は愉快犯によるガセだったのだが、会場は大混乱に陥り、マネージャーは押し寄せる人波に呑まれて怪我をした。
それでも、喜多島が無事だったのが幸いであった。
今、愉快犯はレイシーが放った麻酔弾で今も寝ている。セラは愉快犯を押し込んだトランクへそっと目をやった。
どうせフウカが喜んで質問役に立候補するだろう。厚くて大きな袋が必要になるかもしれない。死後硬直した人間がすっぽり入る大きな袋だ……。
(血でシートは汚すなよ?)
セラは少し心配になった。
ところで……。
「マネージャーの青木さんは、既に病院に運んでおいた。彼女の護衛は暇していた友達に頼むつもりだよ」
「そいつへの駄賃はセラが払うんだよなぁ?」
フウカの低い声色には、若干の脅しが混じっていた。
「分かった、分かった。お前の取り分には手を出さない」
そしてセラは、後部座席に乗り込んだレイシーに振り返る。
「レイシー。ストーカーは複数犯かもしれない。しかも……」
「主犯を除いた全員が、金で雇われただけのゴロツキである可能性が高い、ですよね?」
レイシーが言葉を継いだ。
「なぁんだ、知ってたか」
フウカはレイシーに膝枕されながら言う。
「悪戯メールを解析して、単独犯ではないと気づいたんです。して、これは何待ち?」
「喜多島待ち。隠れ家に連れて行くんで、着替えとか所持品の準備をさせている。モールの騒ぎもあったから、念のための用心かな」
セラは握ったハンドルを指で叩きながら言う。
車は喜多島が住むマンションの裏側に停めている。合図の後、マンションから少し離れたダイナーで、彼女とは落ち合う手筈だった。
「喜多島を少しの間、世間から離さんとな。今日の騒ぎは、ネットのブン屋が面白おかしく記事にするだろう。もしくは模倣犯がでてくるかも」
「まさか、仕事いっさいを投げ出して貰うつもりで?あの人、今季の大河ドラマ『二重の梅』に出るんですよ?」
思わず身を乗り出したレイシー。膝枕をしていたフウカは投げ出され、足元に落ちた。
「それはテレビ局の連中が考えてくれる。俺たちは、今すべき事を考えて実行しよう」
と、セラはバックミラーを指差した。
レイシーがこっそり覗く。ちょうど、建物と建物の隙間に、小さな影が入って行くところだった。
「では、私が」
レイシーはするりと車から降り、足音も立てずに隙間へと消えて行った。
「なして誰もあたしの心配をしねぇのさ?」
ようやくフウカが身体を起こした。
「とっておいてるんだ。ヤバい時に備えて」
「ヤバい時って?」
フウカは前のめりになり、セラに顔を近づけて尋ねる。
直後に悲鳴。レイシーの声だった。
「こういう時」
セラが懐からリボルバー拳銃を抜く。フウカは忌々しげに首を振った。
「浮かれてドジ踏みやがって、レイシーめ」
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