4話「ブリキの仮面」

はあとフル4話a「ブリキの仮面」


 数ある休日の中で特に最悪なのが「金と用事はないのに、時間だけはたっぷりある」だろう。


 フウカは気怠げに天井を見上げた。


 フリーランスの賞金稼ぎにも休日はある。自分達が休みだと宣言すれば良いのだ。

 だが、特にやりたいことがない。

「たまんねぇ……」

 ベッドに寝転がってから、きっかり3時間が経過。このまま目を閉じて寝てしまおうかとさえ考えている程、彼女は時間を持て余していた。


「おほほおぉう」

 リビングから気味の悪い歓声が聞こえる。

 相棒のレイシーだ。彼女はソファを一人占拠して、朝からずっと昔の映画やドラマを観ていた。


「なぁにが面白いンだろうなぁ?」

 寝返りを打ちながらボヤいた。

 またしばらくぼんやりしていると、首筋に軽い刺激がはしった。

 視覚操作で端末を起動。

 仕事仲間が昔ながらの音声通話で、呼びかけている。

「今日は定休日だ。出直せ、筋肉ダルマ」

 接続から秒の速さで罵倒。

「不機嫌以外の感情も学んだらどうだ?」

 相手は慣れているのか、飄々と用件を話し始めた。

「アルバイトに興味はあるか。知り合いからボディーガードの話しが舞い込んだ。人手が欲しいんだとさ」

「セラ……お前、調達屋だろう。畑違いも良いところだぜ?」

 セラは賞金稼ぎや始末屋といった筋者相手に、武器や道具を仕入れる調達屋で生計を立てている。そして、フウカとは腐れ縁だった。

「それとも、調達屋は儲からねぇってか!?」

 カラカラ笑いながら、フウカは上体を起こして、身支度を整えはじめた。

「いちいち突っかかるな。報酬は3人で山分けしても充分割に合う。美味しい話だぞ。今、メールを送った」


 受信。添付ファイルのウイルスチェック。問題なし……開封。


「女一人を送り迎えするだけでこの額?いいぜ、乗った。レイシー、仕事だ!」

 にんまり笑い、フウカはリビングへ。

 嫌そうな顔で睨むレイシーを無視して、勝手に通話を共有させた。

 それから革ジャンを羽織り、銀色のナックルダスターをポケットに押し込んだ。


「……これからシーズン2を見る所だったのに。それで、セラさん。誰のボディーガードですって?」

 やっとレイシーが口を開いた。

「警護するのは女優の喜多島アユミ。だいぶ前に時代劇の主演をやっていたとか何とか。その方面は、レイシーが詳しいだろう」

 女優の名前を聞いた途端、レイシーの口から白い魂魄のようなものが出てきた。

「ベタ過ぎるぞ、そのリアクション」

 呆れるフウカだったが、テレビモニタを見てすぐに理解した。

 映っているのは、レイシーが朝からずっと観ていた時代劇ドラマだ。


 一かけ 二かけ 三かけて、

 仕掛ける殺しは……命懸け。


 感情を押し殺した女の低い声。

 ナレーションに合わせて切り替わる地獄絵図と、出演者達の顔、顔、顔。

 やがて口上が終わり、ギターによる乾いた劇伴と共に題名が表れた。


『食客商売』


 2-

「どうぞ、よろしくお願いします」

 女性は丁寧に頭を下げた。

 フウカは久方ぶりの緊張感に肝を冷やし、セラも居心地の悪さを覚えていた。

 レイシーだけ、子供のように目をキラキラさせている。


 女性……喜多島アユミはゆっくり頭を上げた。

 三十代も半ば過ぎた筈なのに、形の整った顔には老いが感じられない。

(イジってないとしたら逸材だ)

 サイバネティクス、バイオ系の美容整形が当たり前になった昨今は「永遠の美」さえ、金を積めば難なく手に入る。

 過激なセッティングで美貌を保持する芸能人もいる中で、彼女はその手のゴシップとは無縁だと、専らの噂だった。


「どうかしましたか?」

 彼女は相対して座る3人の異変に気付き、少し怪訝な顔をした。

「ええと。なんつぅか、実感が湧かねぇんスよ。有名人が目の前にいるってのが」

 と、フウカが答えた。

「あら……そうでしたか」

 喜多島アユミは微笑んだ。

(俺達、場違いだよなあ)

 セラはおそるおそる、アユミのマネージャーを伺い見た。

 初対面の印象は、アパレルショップの店員といった所だった。案の定、見た目と中身が逆だった。

「先ほども言った通り、この件はかなりナイーブな話です。くれぐれも他言は控えてください」

 説明は精確かつ簡潔。交渉では有利なポジションを取ろうと、素早く反応してみせる。

 そして何より、女優に負けず劣らずの圧倒的プレッシャー。

(下手に刺激しない方がいいな)

 セラは小さく頷き、話を進める事にした。

「恐縮ですが、念のためにもう一度、話を整理させてください。

 ええと、つまり……俺達は喜多島さんを、ストーカーから護ればいいんですよね?」

「ええ。喜多島に危険が及ばないよう、お願いします」

 と、マネージャー。彼女の目の端が強張るのを、フウカは見逃さなかった。

「そんなに酷いんスか?」

 フウカは尋ねる。

「最近、特に。ウイルス入りの電子メールや脅迫状が送られて来たり、悪戯で撮影が止まる事もありました」

 そう言うと、喜多島は俯いた。

 そんな時にレイシーが身を乗り出す。そして、自慢の俊敏さを無駄に活かして、喜多島の手を握った。

「大丈夫!まぁかしてください!」

 おまけに目には暑苦しい炎まで宿っている。

「まあ、頼もしい」

営業用なのか、それとも本心なのか。喜多島は慈愛に満ちた表情で応えた。


(張り切ってるなぁ)

(不安だ)

 フウカとセラは、揃ってレイシーを不安げに見た。


 ……………


[やっぱし釈然としねぇ]

 フウカは歩きながら言った。

 口は動いていない。端末による音声通話だ。

[どうして警察は腰を上げない。半分は民間資本の企業だぜ?有名女優のお守りなんてハクをつける絶好の機会だぞ?]

[やりたくてもやれないんだ]

 聞き慣れたセラのハスキィな声が、フウカの耳奥で機械的に生み出される。


[警察は人も予算も不足して余力がない。そんな時にVIPの御守りをしくじってみろ。運営会社の株価は大暴落だ]

[なるほど。功名心よりリスク回避か]

 数メートル先を歩く喜多島の背中を見ながら、フウカは小さく頷いた。


 時刻は午後3時を回った。テレビ番組の収録を終えた喜多島は、すぐに別の仕事へ向かう。

 その後、劇団の事務所に戻って雑務とレッスン。

[いやはや。どこかの誰かさんより、ずっと仕事し過ぎですよ、これは]

 別行動中のレイシーが話しかけて来た。

[口より手ェ動かせ。黙って手がかり見つけろ!]

[ふーんだ。レイシーちゃんは、あと2分で悪戯メールの発信者を特定できちゃうんですよぉ]

[マジか……]

 セラが呻く。

[それより2人ともズルい!どっちかポジション変われぇ!喜多島さんと同じ空気を吸わせろぉ!]


「頭ン中で怒鳴るな、馬鹿!」

 思わずフウカは口を開いてしまう。喜多島達が足を止めて振り返った。

「あの、どうかしました?」

「すんません。こっちの話しです」

 フウカは端末を埋め混んだ首を指差した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る